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セイレーン

お前が選ぶのは、勿論俺だろ?



「この辺でいいか…?」

たくさん人がいる中で座れそうな場所を見つけると、三井はそう言って座った。
それから羽織っているシャツを脱ぐと、自分の隣に置く。

「この上に座れよ。」
「えっ!?そんな…」
「いいから。立ってると邪魔になるぜ?」

戸惑う渚の手を掴んで勢いよく引っ張れば、逆らえずに彼女は三井のシャツの上に座る形になった。

「…ゴメンね、ありがとう。」
「いや、せっかくの浴衣が汚れるだろ?もったいねぇ。」
「ありがとう。シャツ、洗って返すから。」
「んなもん、気にすんな。」

屋台で買い求めた飲み物に意識を向けつつ、三井はニッと笑った。
「…彩ちゃん達、どうしているかな?」
「心配ねえだろ?あっちはあっちでヨロシクやってるさ。俺達もヨロシクやろうぜ?」
「そうね。楽しみだね、花火。」

ニッコリと笑いかけてくる渚に、ちげえ…と三井は脱力する。
けれど下駄を脱いで寛ぐ彼女に気が付くと、悪くねえかと口の端を上げた。
浴衣の裾から覗く白い足首が艶めかしい。
健全な男子高生をナメんなよ、と渚の足を見てギョッとした。
彼女の両足には絆創膏が何枚も貼られているのだ。

「…あ!?お前、足怪我してるのか?」
「え?…ああ、これは靴擦れ防止。下駄なんて浴衣の時にしか履かないからね。絶対擦れて血が出ちゃうから。初めから絆創膏を貼っておけば、案外平気なんだよ。」
「へえ、なるほどな。」

バックステージを見られてしまってバツが悪そうに渚が苦笑する。
そんなことは考えもしなかった三井が素直に感心すれば、そんなに見ないでよと恥ずかしそうに渚は足をバタつかせた。
それから間もなく始まった打ち上げに、渚が小さく歓声を上げる。
だだっ広い濃藍の空間に咲き誇る光りの華々と、等間隔で体に響いてくる轟音。
天を仰いでいる渚は、無意識に両手を投げ出して体を支えていた。
花火よりその美しくも儚い光に照らし出される彼女の横顔に見惚れる。
三井は黙って隣にあった渚の手に自分のそれを覆い被せた。
触れた時にはピクリと反応したようだったが、何も言ってこない。
チラリと盗み見ると、上向いたままの顔が色づいている。
にやける頬をそのままに、三井は覆い被せていた手を渚の指に絡めるようにして握った。



花火が終わっても2人はそのまま座っていた。
互いに無言でも心地いい沈黙の中で、自由な片手を使って巾着をゴソゴソしていた渚が残念そうに呟いた。

「…そろそろ帰らないと。門限が…」
「…送ってく。」

よっと立ち上がった三井は、同じく立ち上がった渚が拾い上げる前にシャツを掴んで着てしまった。
それから何か言いたそうな彼女の方を向いて、立ち上がる時に離した手を伸ばす。
笑っているのにどこか寂しさを感じる大人びた笑顔に渚の心が波立った。
触れてもいない伸ばされた手に囚われてしまったように感じる。
ドクンと跳ねた心臓で三井の顔をまともに見られない。
それは、きっと…

「行くか…。」
「…ん。」

三井の手に掴まるように渚も自分の手を伸ばす。
繋がった温もりは、当たり前のように指を絡め合っていた。



人通りもまばらな道にカランコロンと下駄の音が響く。
それが花火の余韻と渚に対する想いを引き立たせて、繋いだ手に熱を一層持たせた。
渚から香る匂いも先程より強く感じる。

…言ってしまいたい。
渚が好きだという自分の想いを。

彼女を意識してしまい、三井は渚のことが見ることができなかった。

「…花火、綺麗だったね。」
「おう。」
「今日、すごく楽しかった。誘ってくれてありがとう。」
「おう。」

話しかける渚は三井の方を見ていたが、三井は前ばかり向いている。
返事も何となく上の空に聞こえて、渚は不安になった。

「…三井君?」
「…」
「三井君?どうかしたの…?」

名前を呼んでも答えない三井に不安が募る。
反応のない彼にどうしていいか分からない。
渚は繋いだ手に力を込めた。
反応が欲しくて少しだけ引っ張ってみる。
その途端、振り向きざまに三井の近づく気配を感じた。

「…なあ、松島。俺と付き合えよ。」
「っ…!?」

手を繋いだまま、目の前に真っ直ぐな視線を送ってくる三井がいる。
急なことに渚は視線を逸らすこともできず、浅くなる呼吸を繰り返した。
言葉にならない声が喉の奥から出てこようとする。
目を大きくしている渚を三井は真剣な眼差しで見つめた。

「お前が好きだ。」

そのシンプルな一言に渚の瞳が揺れる。
長い睫毛がパチパチと動き、明るい瞳を隠してしまった。
体が自分のものではないみたいに固くなり、全て心臓になってしまったかのようにうるさい。
静まれ静まれ、と念じるのが精一杯だった。
返事をしない渚に三井は我慢できずに覗き込んで見れば、街灯の光で見えた伏せられた顔に思わず口元が緩む。

「…顔、赤え。」
「三井君のせいでしょ!」

力の抜けた三井の笑い顔に、渚が上目遣いで抗議した。
そんな行動も三井にとっては可愛く映るだけ。

「返事聞かせろよ?」

ニヤリと笑い一歩近づいた三井に、渚の顔が更に色を増す。

「松島が好きだ。俺と付き合わねえか?」
「…はい。」

もう答えが分かっているとばかりの強気な告白に、渚が小さく肯定する。
繋いだ手を自分の方へ引き、倒れ込んできた細い身体を三井はしっかりと抱き締めた。


2013.08.21. UP
→あとがき




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夢幻泡沫