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恋ってなあに?

甘い香り、苦い味



「転校生を紹介する。」

朝のSHRで信じられない言葉を耳にした。
季節外れの転校生。
受験生としてはあり得ないぐらい、外れに外れまくった時期。
職員室も朝から大騒ぎでぐったりとした3−D担任の二下は、碌な説明もしないまま廊下で待機している生徒を呼び込んだ。
ガラリと扉を開けて入って来たその生徒に、いつも騒がしい教室がピタリと静かになる。
横顔だけで分かる、3年随一の美人と言われている相模真に引けを取らない美しさ。
が、相模は凛とした強い美しさを持っている。
対してその生徒は、どこか現実味を感じさせない淡い雰囲気の美しさだった。

「…安部月穂です。よろしくお願いします。」

二下から渡されたチョークで黒板に自分の名前を書くと、月穂は新しくクラスメイトになるみんなの方を向く。
彼女が正面に向いた時、教室内からどよめきが起こった。
男子は誰も彼もが浮き足立ち、女子もきゃいきゃいと歓声を上げる。
そんな中で、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる少年がいた。

「…っ!」

彼が驚いているのと同様、月穂も目を大きくして少年を見た。

まさか…
こんなところに彼がいるなんて…

ウソでしょ?
何で彼女がここに…

互いの視線がぶつかり合う。
動かない2人に、教室が妙な緊張感を持った。

「…あー、日下。知り合いか?」
「…」
「万里?どうしたの?」

二下や親友の声に漸くハッと我に返ると、日下万里と呼ばれた少年はヘラリと笑みを浮かべる。
そして緊張感を崩すような軽い言動を二下に向けた。

「いいえ〜。あんまり美人なもんで驚いちゃっただけっすよ。」
「そうか?ま、と言うわけで転校生だ。仲良くするように。」

最後列に作られた急ごしらえの席を月穂に教え、二下は連絡事項を伝え始めた。
荷物を持った月穂が万里の横を通る。



あの時、月穂はもう会わないと言ったはず。
さみしさを紛らわすのはお互いに止めよう、と。
現実に返してあげる、と。
納得いかなかった。
どうしてさみしさを紛らわしてはダメなのか。
どうして『代わり』を『本物』にしちゃいけないのか。
あれは正しかったのか…
自然と寄る眉を隠すように、肘をついておでこに両手を当てる。
通り抜けた月穂からはあの時と同じ甘いかおりがした。



あの頃の私は外の世界を知らなかったし、それでいいと思っていた。
創りものの世界に色を、命を吹き込むことが私の仕事。
万里はその世界が好きだって言った。
でもそれは現実から逃避しているだけ。
お互いを何かの代わりにしていただけ。
だからケジメをつけなくちゃ、と思った。
不条理でもいい。
あの夜は満月だったから。
嫌われても言う通りにしてくれるなら、それでよかった。
泣いて、泣いて、泣いて…
その後で飲んだ万里が冷蔵庫に残していったものは、苦い味がした。
彼の横を通った時、その味をふと思い出した。


2013.04.10. UP




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夢幻泡沫