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恋ってなあに?
不意に、胸を疼かせた
出会いは1年ほど前。
万里がまだ少し夜遊びをしていた頃。
その冬一番の冷え込みと言う日に、何故か頭上から花が降ってきた。
冬に見られるはずのない桜の花。
形のいい枝がいくつも束になっていて、そこに広がるほのかにピンクに色付いた花。
「ごめんなさーい!踏まないで下さーい!!」
近くの歩道橋の上から聞こえてきたのは、まだまだ少女だなと思わせる声。
多分、オレとそう変わらない。
万里は一本一本拾い集めながら歩道橋を上がっていった。
「これで全部?」
近くを通る歩行者に馬鹿丁寧に声を掛けながら拾い集めている少女に、自分が集めた分の花を見せる。
「ごめんなさい。どうもありがとうございます。」
ホッとした笑顔を見せながら礼を言ったのは、やはり万里と同じぐらいの少女だった。
違っていたのは、彼女が着物を着ていたこと。
「あっと、お礼を言いたいところなんだけど時間がなくて。今、暇ですか?」
「え?」
「そのまま私のあとについてきて!」
「はい〜!?」
「走りますっ!」
言うや否や、着物を着ているとは思えないスピードでその少女は走り出す。
訳も分からないままついていった万里は、走りながら色々と聞き出した。
彼女の名前は安部月穂。
万里と同じ中2。
仕事の準備時間が迫っているらしい。
てか、中2で仕事って…。
疑問が頭を占める。
息が切れている月穂の腕から抱えている花を奪うと、万里は彼女の隣を走った。
「仕事って?」
「あそこっ!」
目の前には大きな公園があった。
その一角に、歴史を感じさせる日本家屋が立っている。
篝火がたかれた庭先には金の屏風と赤い絨毯が大々的に置かれていた。
「姫っ!間に合った!!」
「よか…った!お待たせっ…しま、したっ!!」
はあはあと息を弾ませながら近くにいる大人に花を渡すように万里に言うと、月穂は膝に手を当てて呼吸を整えはじめた。
幾分か収まった頃、首だけを万里の方へ向ける。
届いた花を飾り付けていく様をすっげえ!と食い入るように見ている彼に、少し照れながら話しかけた。
「ありがとう。すっごく助かっちゃった!…えと、名前は?」
「万里。あんたと同じ中2。」
ニイと楽しそうに笑って答える万里に、月穂も嬉しそうに笑い返した。
「万里、ね。今日って時間ある?」
「うん。」
「そっか。じゃあお礼代わりに観ていってよ。」
「みるって月穂の仕事?」
「そう。私、準備があるからもう行くけど。終わったらこっちにくるから待っててね?」
「準備?」
裏方じゃないのかと首を捻る万里を、月穂は客席の隅の方へ引っ張っていく。
「こんなこと言うのもなんだけど、他の人達は結構高いお金を出して観に来るのよ。楽しんでってね?」
そう言って歩き出した彼女の去り際の笑顔は、同い年とは思えないほど大人びていた。
月穂は日本舞踊のホープらしい。
安部流宗家の孫娘で、既に免許皆伝なんだとか。
何十年かぶりに生まれた宗家の娘だから、『姫』と呼ばれているんだとか。
パンフレットを持ってきた関係者が万里に教えてくれた。
舞台の上の月穂は素顔の彼女と一致させるのが難しいくらい妖艶だった。
独特の化粧や豪華な着物や舞扇なども、月穂にとっては日常と大して変わらないらしい。
万里は日本舞踊と言うものをこのとき初めて観たのだが、見事に惹き込まれてしまった。
何人かが舞台に立っていたが、一番目を惹いたのは間違いなく月穂だった。
表情を作らなくても情景が思い浮かぶような、しなやかな手の動きも。
投げかけられる度にゾクリとくる、憂いを帯びた目の動きも。
少し動いただけで追いかけたくなるような、艶やかな身体の動きも。
金箔を散りばめた舞扇も。
鮮やかな着物も。
真っ直ぐで黒く長い髪の毛も。
化粧をしてより際立った美しい顔も。
単純に綺麗だと思った。
つまらない、たいくつだ。
そんな風に斜に構えていた万里の胸がドクリと音を立てる。
最後に投げかけられた涼やかな視線が、不意に胸を疼かせた。
2013.04.17. UP
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夢幻泡沫