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恋ってなあに?

オレがきみを、想う気持ち



クラスの中に月穂が溶け込んでいることが嬉しかった。
日本舞踊だけでなく彼女の世界が広がっていることに安心した。
オレが『安部さん』と呼べば、月穂は『日下君』と返してきた。
ホッとする反面、苛つく。
それでもあたり障りなく毎日を過ごすオレに、それは突然訪れた。



勉強を嫌がる平に手を焼きながらも、歴史の年号を諳んじながら少し遅い下校に着く。

「大化。」
「645〜649。」
「白雉。」
「650〜654。」
「大宝。」
「…」
「へー?」
「…なあ、あれ安部じゃね?」

答えない平を見れば、通る道の前の方を見ている。
その視線の先には、同じ学校の制服を着た女子が座り込んでいた。
一つに束ねられた長い黒髪。
間違いない。

「月穂っ!?」

思わず昔のように名前で呼びながら、万里は彼女に駆け寄った。
平も後から慌てたように追ってくる。

「安部っ!?大丈夫?」

振り向いた顔は真っ白だった。
焦点の合わない瞳で、月穂は困ったように笑う。
貧血だと思うから放っておいていいよ。
そんな言葉は受け入れられない。
平も同じだったのか、万里んちで休めばと声を掛けた。
謝罪しながらも万里達の提案を受け入れた月穂の身体を、さっと持ち上げる。

…こんな軽かったか?

初めに思ったのはそんなことだった。
平に月穂の荷物を持たせ、自分の家へ急ぐ。
こりゃ多分、平にあれこれ聞かれるんだろうな。
苦笑を零しながら月穂を見れば、万里の腕の中で寝てしまっていた。



家に戻って月穂を母ちゃんのベッドに寝かせてリビングに戻ってみると、案の定待ちかまえていた平が詰め寄ってきた。
それを何とかかわし、代わりに大量の勉強を押し付けて平んちに戻らせた。
リビングの片隅には月穂の荷物が置かれている。
学校の鞄に、スーパーのビニル袋。

…そう言えば、月穂は一人暮らしだったっけ。

おそらく夕飯の材料であろうものに、あの時を思い出す。
一人では食べない鍋を月穂の部屋でよくした。
激辛党の彼女が容赦なくキムチをドバドバと入れるから、舌がおかしくなったっけ。
ごめんね、なんて言いながら一向に直す気配がなく。
でもその後で一緒に食べたアイスがとてもおいしかった。
今夜は鍋にしよう、と鼻歌を歌いながら万里はキッチンに向かった。



粗方の支度が終わって月穂の様子を見に行くと、少し前に起きていたようで上半身をおこしていた。

「起きた?」
「うん…ごめんね、迷惑かけて。」
「いいって。貧血は?」
「うん、すっかり平気。」

ニッコリと笑う月穂に閉じ込めていた感情が甦ってくる。

「今、何時?」
「8時半ぐらい。」
「うわっ、遅くまでごめんね。日下君、私もう帰るから。」

慌ててベッドから降りると、月穂はすっと万里の横を通り抜けた。
その腕を、万里は掴んで押さえる。

「…日下君?」
「万里、だろ?月穂。」
「…」
「オレ、ちゃんと現実に帰った。今、すっげえ楽しいよ。平の面倒みるの大変だし、クラスの連中はバカばっかだけど。飽きないし、毎日疲れるまで笑ってる。月穂は?」
「私も…踊る以外にたくさんのことを知ったよ。友達もできた。前の学校もだけど、今は真や雛ちゃんとか。」
「家族は?今も一人暮らしでしょ?」
「うん。寂しくないって言ったらウソになるけど…でもね、もう誰かを代わりにしようとは思わない。」

振り返った顔は消えそうな笑みでも作り笑いではなかった。
安心したように笑い返すと、万里は月穂の両肩を掴む。
そしてぐっと真剣な顔で月穂と目線を合わせた。

「なら、今のオレらに何の問題もないってことだね。月穂はオレに『本当の人を捜して』って言ったけど、オレにとっての本当の人は月穂だよ。」
「万、里…?」
「あの時は納得いかなかったけどムリヤリ現実に帰った。だけど、月穂のことを忘れられなかった。」
「万里…」
「月穂は?オレのこと、忘れられた?」
「私…は…」
「誤魔化さないでね?誤魔化しても無駄だよ。あの時の涙、分かりやすいっしょ?」

ニヤリと悪だくみをするような笑顔で万里は月穂の顔を覗き込む。
それだけでもう、涙が溢れてくる。
幾筋も流れている彼女の涙を指で優しく拭い取ると、万里は月穂を抱きしめた。

「…好きだよ、月穂。」

ギュっと腕に力を込めれば、胸に縋っている手が万里の洋服をきつく掴む。

「わ…たし、も…」
「月穂、好きだよ。」

…オレがきみを想う気持ち。
絶対、月穂には負けない。
思えば…初めてあんたの踊りを見た時から、きっと心は奪われていたんだ。
それからそばにいた時期も、離れてしまった時期も。
気が付けばいつも月穂のことを考えていた。
納得いかなかったけど…月穂が言ったことだから、月穂が決めたことだからと自分に言い聞かせたこともある。
それでも心が求めていたんだ。
あんたのことを…
月穂のことを。
オレはまだまだガキだから、男友達とつるんでいるのが楽しい。
平の面倒をみなくちゃいけないし、受験だってある。
だけど、どんなことがあってももう離さない。
月穂、ずーっと一緒にいよう。


2013.05.08. UP



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夢幻泡沫