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君に、恋をした
出逢った瞬間、
夏が終わった。
オレの夏は終わったんだ。
前から聞こえてくる先生の声をBGMに藤真は窓の外を見る。
これからますます暑くなると予感させる日差し。
どんどん高くなっていくと思わせる青く晴れ渡った空。
その熱に蒸された体育館で試合をすることはもうないんだ…。
先日、全国を懸けた県大会で4強に残ることなく翔陽高校バスケ部は新勢力の湘北高校に敗れた。
主将兼監督として翔陽を率い、『牧・藤真時代』と言わしめるほどの実力を持ち合わせていた。
それなのに、積年のライバルである海南大付属高校と対戦すらできなかったのだ。
言葉で胸の内を言い表すことは簡単にはできない。
けれど、まだ冬の選抜が残っている。
高校生活最後の大会。
夏の県大会で敗退した各校は、既に冬に向けて練習を始めているのだろう。
翔陽も出遅れるわけにはいかない。
冬の選抜でもう一度全国に!
教室に響くBGMは既に藤真には聞こえなくなっていた。
当面は体力と基礎の底上げだな、と何をすればいいか頭に思い描く。
受けているはずの現国のノートには、練習メニューがカリカリと書き込まれていた。
「外周5周!」
藤真の掛け声と共に部員達が一斉に走り出す。
黙々と走る者、既に顔を歪めながら走る者。
制限タイムはあるものの、各々が自分のペースで走っているので段々と差が出てくる。
先頭は当然のことながら藤真と副キャプテンの花形だった。
汗をかいているのに涼しい顔でペースを落とさない藤真に、花形は気合の程を感じる。
チラッと隣を走る友人でありキャプテンである彼に視線を向けて、ふっと表情を和らげると花形は声をかけた。
「藤真。」
「何だよ?」
「夏休みの合宿、決まったか?」
「あぁ…いや、まだだ。」
「そろそろ決めないと泊まるところとかなくなるぞ?学校の施設を使うにしても、申請は早くしないと。」
「そうだな。花形、練習終わったら付き合えよ。いくつか候補をあげようぜ。」
「分かった。」
快い返事をする花形に、藤真は頷くと候補になりそうな相手を頭の中でピックアップしていく。
その中でも一番に浮かんだ相手校に複雑な思いを抱いていた藤真は、自分が思っていたより思考に沈んでしまっていたらしい。
「危ないっ!!」
花形の大声にハッと頭を上げたのと、強い衝撃を受けたのはほぼ同時だった。
「…いってぇ…」
壁に手をついてよろけた体を支える。
大丈夫かと心配そうな花形に片手を上げ、顔にかかる髪をかき上げてぶつかったモノを確認した。
まず視界に入ってきたのは、大量の花々。
それらが散乱する中心に、きっとぶつかった相手であろう女子が倒れ込んでいる。
その光景にドクンと藤真の心臓が大きく鳴った。
まるで花畑の中で眠っているかのような様が、小さい頃に読み聞かせてもらった童話に出てくるお姫様のようで…
呆然と立ち尽くしている藤真の横から彼女の友人と思われる人が駆け寄った。
「ちょ…お市、大丈夫!?」
「…うっ、うん。お花は?」
「お花よりお市でしょ?ほら、立てる?」
「うん。」
友人の手を借りて立ち上がった彼女に、藤真の目が釘付けになる。
胸の辺りまで三つ編みの艶やかな黒髪が、太陽の光で煌めく輪を作り出す。
くりくりとした大きな目。
透き通るような白い肌。
…綺麗だ。
すっげぇ綺麗。
じっと見つめていると、立ち上がったその子が藤真を見た。
目が合ったその瞬間、藤真は自分の頬にカッと熱が集まるのが分かった。
「…すみません。怪我はありませんか?」
「あ…おぉ。」
間抜けな答えしか口から出てこない。
『あー』だの『うー』だの気の利いた言葉を探しているうちに、その子は散らばった花を拾い集めてしまった。
もう一度藤真を見てすみませんでしたと頭を下げると、急いでいるのかパタパタと行ってしまう。
一言も声を掛けられなくただ見送るだけの形になってしまった藤真に、後から来たランニング中の部員を捌いていた花形が声をかけた。
「…今のは藤真が悪いと思うぞ?」
「お…おぉ、そうだよな!?」
呆気に取られていた藤真は、花形の言葉にハッとして彼女が去った方向を慌てて見た。
「何であの子、謝ったんだ?」
「知るか。藤真は謝ったのか?」
「…忘れた。」
藤真の返事に、花形はハァ…と溜息をつく。
「あの制服、清蘭だったな。」
「清蘭?…あぁ、隣の女子校か。」
藤真は道路を挟んで翔陽高校と向かい合う学校に目を向けた。
清蘭女子学院。
幼稚園から大学まで併設されている女子校であり、全国でも有名なお嬢様学校。
その上県下屈指の高偏差値をも誇るので、神奈川近辺に住んでいる女子中高生の憧れの学校である。
そんな学校が隣にあるのに知らんぷりをするのは無理というもの。
翔陽の男子生徒の中で清蘭の生徒と付き合うことは、ある意味で一番の自慢になっていた。
当たり障りのない情報はもちろん、特に美人だとか秀才だとかと言われる女子の情報が日常的に飛び交っているのだ。
「あのタイの色だと3年か。中3、高3…どっちだろうな?」
「花形…お前、詳しいな。」
「これくらい詳しいうちに入らないだろう?名前くらい聞いとかなくてよかったのか?」
「あ…あっ、ああっ!!」
「藤真、一体どうしたんだよ?」
たった今思い出したかのように叫ぶ藤真に、花形は怪訝な目を向けた。
これまでの彼では考えられないような行動をいくつもしている。
何人とも付き合ったことのある藤真は、花形から見れば恋愛に関して百戦錬磨のように映っていた。
それなのに、今の彼はまるでど素人のように見える。
まるで初めて恋を知った純朴な少年のように…。
「…藤真。あの子に惚れた…か?」
「惚…れた。すっげぇ綺麗じゃなかったか、あの子!?」
「ああ、まあ…」
「やべぇ、名前聞き忘れた!どうすんだよ、花形!?」
「いや、俺に言われても…」
「くっそ〜!しまった、しくじった!!」
心底悔しそうに顔を歪める藤真に、花形は呆れてランニングに戻った。
「あっ、てめっ!ちょっと待てよ!」
「…部活中だぞ、藤真。」
「そんなことぐらい分かってるぜ!ちっくしょ〜、あの子はどこの誰ちゃんなんだ!?」
そんなことをブツブツ言いながらも藤真は軽々と花形に追いつく。
体育館へ戻ると監督である立場をいいことに、八つ当たりなのを隠そうともせず練習メニューを厳しくした。
2013.08.28. UP
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夢幻泡沫