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君に、恋をした
澄んだ声に、
夏休みの合宿相手はライバル校である海南大付属に決まった。
毎年合同練習をしていたので、互いに連絡を取り合えばすんなりと日程を押さえることができた。
海南大付属は今年も全国行きを決めた。
それも、県大会を制覇して。
合宿初めに『おめでとう』と牧に言えば、彼は複雑な笑みで応えた。
何日か経ったある日、きつい練習を終えて各自で昼食を取り始めていると海南の方が騒がしくなった。
「…あ〜っ!?」
自称スーパールーキーの清田信長がバッグの中を覗いて叫ぶ。
泣きそうな顔で牧の傍へ行くと、情けない声で助けを求めた。
「牧さぁん…昼飯がないっす…」
「はあ?忘れたのか?」
「そうみたいです…」
「ならコンビニでも行って来いよ。」
「…今月は金欠で…」
「お前なぁ…」
翔陽で固まっていた藤真はそれを見ながら笑って花形に話しかけた。
「見ろよ。海南にもバカがいるぞ?」
「ああ、あの一年な。と言うか、藤真。バカって言うなよ。」
「花形も直ぐ分かったじゃねーか。てことは、お前も認めてるんだろ?」
ケラケラと笑いながら自分の弁当を豪快に食べる藤真に、一緒に食べていた高野と永野も同意しながら高みの見物をしている。
海南では他の人の昼食を覗き込みながらくれとねだる清田を、神がからかって遊んでいた。
そのうち牧がふと視線を体育館の入り口に向けて、柔らかく微笑んだかと思うと軽く片手を上げた。
知り合いでも見つけたのかと、藤真は何気なくそちらを見る。
女子生徒だったら後でからかってやろう。
そんな軽い気持ちで見た人物に、藤真は固まってしまった。
夏服では珍しい紺色の半袖セーラー。
袖口と襟にある二本線とタイ止めに縫い取られた校章がスカーフの色と同じの、格式高い雰囲気を醸し出している制服。
有名なそれを着た少女がキョロキョロと体育館の中を見回していた。
「…おい、あれ『お市様』だろ?」
「ああ。何でこんなところにいるんだ?でもラッキーだな!」
高野と永野が小声で交わし合う話が藤真の耳に入る。
「お前ら、あの子のこと知ってんのか!?」
「あ?ああ、有名だぜ。『お市様』と言えば、清蘭三大美人の一人だろ?」
「そうそう。清田市葉、高3、1組。中学から清蘭で華道部所属。あんだけ美人だから清蘭の中でも憧れの的なんだってよ。」
今まで振られた翔陽生は数知れず、なんて嬉しくもない情報を付け足しながら高野が説明した。
「華道部…だからあの時、いっぱい花を抱えてたのか。」
「ん?いつの話だよ?藤真、お市様と知り合いなのか?」
「いや、知り合いって程では…」
「ふ〜ん?でもお前があんな美人知らないなんて意外だぜ。」
「藤真らしくもねー。まあ、お前は自分から行かなくても向こうから来てくれるしな。」
少しだけ妬みの混じった言葉など気にならない程、藤真の目は彼女を捕らえて離さなかった。
「あれ、前にぶつかった子じゃないか?」
「…ああ。」
「へえ、噂のお市様だったのか。確かに綺麗な子だったよな。」
花形も少し驚いて見ていると、誰かを探している素振りをしていた彼女に大きな声で近寄った人がいた。
「…おい、意外な組み合わせだぜ。」
「ああ、お市様とあのバカが!?」
目を丸くする高野と永野に、心の中で藤真も激しく同意する。
信長と市葉が付き合っているなんて信じられなかった。
一人冷静な花形は溜息をつくと、市葉と信長を見比べながらある可能性を示唆した。
「いや、違うだろ?あいつの名字も確か清田じゃなかったか?」
「あっ…ああ、姉弟か!?」
「たぶんな。」
「それでも意外っちゃ意外だろ。お市様とあいつだぜ!?」
「まあ、そこは否定できないが。」
猛ダッシュで近づく信長に驚いた顔をした後、市葉は呆れたように笑いながら待つ。
「市葉ちゃ〜んっ!!」
忠犬のように纏わりつく信長に、彼女は手に持っていた小さな袋を差し出した。
「ノブ、忘れ物。」
「ありがとうっ!もう俺っ、腹減って腹減って!!」
「今からお昼?」
「うん。どうしようかと思ってたんだ。」
「コンビニは?」
「…金欠。」
馬鹿ねとコロコロ笑いながら信長に袋を渡す市葉を、藤真はジッと見てしまう。
「ノブ。これ、海南の皆さんで…」
「やった!牧さんっ、差し入れっ!!」
市葉が言っている途中で別の袋を覗き込んで目を輝かせた信長は、大声で牧を呼ぶ。
昼を食べていた途中の牧だったが、箸を置くと2人の傍へ来た。
二、三言話してから簡単に他校生から物を受け取る。
藤真はその現場を見て驚いた。
勝手な話だが、牧が女と付き合うのが藤真には想像できない。
それなのに、市葉も牧も笑顔で話しているのだ。
「…すまない。ありがたくいただくよ。」
「いいえ〜。いつもノブが迷惑かけているし。あっ、こっちは翔陽の皆さんで…」
「あいつらの分まで?おい、藤真!ちょっと来い!」
市葉達の仲良さそうな雰囲気に少し不機嫌なオーラを出していた藤真は、突然牧に呼ばれたことに目を丸くする。
疑問が浮かんだままそちらに行けば、ビニル袋がズイッと差し出された。
「市葉さんから差し入れ。翔陽の分だと。」
「もしよかったら皆さんで飲んで下さい。」
「…ありがとう。ところで、牧。この子は?牧の彼女?」
違ってほしいと心の中で願いながら牧に聞く。
牧は焦ったように市葉を見てから、藤真の望む答えを口にした。
「違う、失礼なことを言うな。清田市葉さん、こいつのお姉さんだ。」
信長の頭にポンと手を置いて紹介した牧に合わせて、市葉が軽く会釈をする。
それにペコリと返した藤真を、また牧が紹介しようと手を向けた。
「市葉さん、こっちは…」
「翔陽の藤真さん、ですよね?」
市葉の口から自分の名前が出て、ドクンと藤真の心臓が大きく鳴る。
まともに聞いた彼女の声は透き通るように澄んでいて…。
もっと話したい。
いろんな事を話してほしい。
そばで聞いていたい。
…その声でオレの名前を呼んでほしい。
「オレのこと知ってるんだ?」
「清蘭に通っていて藤真さんを知らない人はいませんよ?」
少し目が大きくなった彼に、彼女はクスリと笑って藤真を見る。
「何?何で市葉ちゃん、藤真さんのこと知ってるの!?」
「だから、清蘭の子はみんな藤真さんのことは知っているって。なんて言ったって、『翔陽の王子様』だから。」
「…まあね。」
聞いたことある渾名に苦笑しながら藤真が合わせる。
その笑顔さえも爽やかに輝いて見え、市葉の頬が染まった。
信長が驚いたように姉の肩を掴んで顔を覗き込む。
「ちょっ…市葉ちゃん!?」
「…何?ノブ、痛い。」
「あっ、ゴメン。」
慌ててパッと手を離した信長に、はあ…と市葉は溜息をついた。
こんな弟なら確実に迷惑をかけるだろう。
そうでなくても、普段から度々問題行動を起こすのだから。
…まあ、そんなノブが憎めないんだけど。
市葉は藤真を見ると、深々と頭を下げて申し訳なさそうに言った。
「合同練習中、ノブが…信長がお世話になります。ビシバシ鍛えて下さい。」
「おぉ、任せとけ。っと、そうだ!少し前のあれ、怪我しなかった?」
「え?」
「ほら、ぶつかった時の…」
藤真は頭を掻きながら市葉を見る。
キョトンとしていた彼女だったが、その言葉にああとすぐ思い出してニコリと笑った。
「何ともなかったですよ。藤真さんの方こそ大丈夫でしたか?」
「俺も、別に何とも。」
「よかった!手首とか足とか、捻ったりしたら大変ですからね。」
弟がバスケをしているから余計に心配していたのかもしれない。
擦り傷や打ち身よりも、捻挫を気にしていた市葉に好感が湧く。
目の前ではどういうこと!?とか、いつのこと!?と信長が目をギラギラさせながら彼女に迫っていた。
藤真は嬉しそうに笑うと、信長を軽くあしらっている市葉に提案をした。
「オレ、あの時謝りもしなかっただろ?悪いなあとは思ってたんだけど、会う機会すらなくて。だから、お詫びさせてよ。」
「えっ!?いいですよ、そんな!!」
「いやいや、オレの気が済まないから。今度の週末、空いてる?」
「いや、本当に…」
「いいから。空いてる?」
「…ええ、まあ…」
「じゃあ午後一に待ち合わせね。」
「え!?」
次々と決定していく藤真に、市葉は目を白黒させるだけでついていけない。
そんな彼女を見かねて、牧が助け船を出した。
「市葉さん、制服ってことはこれから学校?」
「あ…うん。午後から講習があって。」
「それなら行かなくちゃまずいんじゃないか?」
「え?あっ、本当だ。もうこんな時間!牧君、ありがとう。」
腕時計を見て慌てて学校の鞄を持ち直すと、市葉はクルリと3人を見た。
「ノブ、牧君や藤真さんの言うことをちゃんと聞くのよ?牧君、ノブをよろしくね。藤真さんもよろしくお願いします。」
それじゃ私はこれで、と市葉は踵を返す。
小走りに去っていく姉を見ながら、信長は藤真に低い声で聞いた。
「…どういうことっすか、藤真さん?」
「清田ぁ。オレのこと、『お義兄さん』って呼んでいいぞ?」
「はあ!?ふざけんなっ!!」
「…清田、落ち着け。藤真も、話を飛躍させすぎだ。まだ付き合ってもないんだろう?」
「まだって…っ!ダメっすよ!!市葉ちゃんは…って、藤真さん!聞いてるっすか!?」
ぎゃあぎゃあ叫んでいる信長など目に入れず、会う約束を取り付けた藤真は上機嫌に翔陽メンバーの元へ戻っていった。
手にはしっかりと市葉からの差し入れを持って…。
2013.09.05. UP
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夢幻泡沫