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君に、恋をした

全身で、



「そう言えば市葉、あれから暫くオレのこと『藤真さん』って呼んでたし敬語だったよな。」
「…だって知り合ってからずっとそうだったから。」

ベッドに寄りかかりながら寛ぐ藤真に、食後のお茶を渡しながら市葉は苦笑する。
カチャカチャと食べ終えた食器をシンクへ運び終えると、小さいテーブルを挟んで藤真の前に座った。

「…何でそっちに座るんだよ?お前の席はここだろ?」

長い脚を広げて空間を作る藤真の行動に、市葉はうっすらと頬を染める。
それからモソモソと動いてそこに収まった。
すかさず後ろから逞しい腕が温かい錠を掛ける。
白い首元に顔を埋めるように近づければ、くすぐったそうに市葉が身を捩った。

「あの後大変だったのよ?付き合っているって本当ですか、って何人の清蘭生に聞かれたことか…」
「それを言うなら絶対オレの方が大変だった。市葉、自分の立場に自覚なさ過ぎだ。」

苦い思い出が甦って来たのか、藤真は眉をそっと顰めた。



どこからどう話が広まったか知らないが、一週間もしたら藤真と市葉が付き合っていることは両校の皆が知るところとなった。
部員やクラスメイトから根掘り葉掘り聞かれたのは、まあ想定内だとしても。
即座に聞きつけてきた牧には『お前、市葉さんのこと騙していないか?』と問い質され、信長には『どういうことっすか!?』と詰め寄られ…。
それなのに市葉はずっと『藤真さん』と敬語で接してきた。
確かにあの頃は冬の選抜を最優先にしていたから、市葉とはなかなか一緒に過ごすことができなかった。
早々と年内に内部進学を決めた市葉は不満だったかもしれない。
けれどもそんな素振りを全く見せずに応援してくれた彼女に、藤真は神奈川代表で臨んだ冬の選抜大会でその勇姿を見せつけた。
そして推薦で大学へ入った。
進んだ大学が遠かったため、藤真は一人暮らしを始めた。
その頃からやっと敬語が抜け、呼び方も変わったのだ。



「…ホント、長かったぜ。」
「え?何?」

ポツリと言った藤真の言葉が聞きとれなかったのか、市葉が首を捻って後ろを振り返った。

「何でもねー。それより悪かったな、暫く会えなくて。」
「ううん、バスケで忙しかったんでしょ?授業も、かな?私もレポートが重なっていたし。」
「…サンキュ。」
「お礼なんていらないわ。こうして会えたんだから、それでいいの。」
「そっか。」

目の前にある柔らかい皮膚に一つキスを落として、藤真はまわしていた腕を外した。
ちょっと待ってろと声を掛け、背中を向けて箪笥の中をゴソゴソと漁る。
首を傾げながら見ていた市葉だったが、直ぐに探し物を見つけた藤真は市葉の正面に座った。

「今日が何の日か覚えているよな?」
「…うん。」

恥ずかしそうに微笑む市葉に藤真も微笑み返し、スッと彼女の目の前に小さな箱を差し出した。

「…これは?」
「開けてみろよ。」

藤真の言葉に市葉の手が伸びる。

「…綺麗。」

中に入っていたきらりと光るものに、嬉しそうに彼女の目が細められた。

「1年経ったな。これからもオレの傍にいるだろ?」
「ええ…」
「はめるぞ。」
「う…ん。」

差し出されたのは左手。
藤真は迷うことなく薬指にそっとはめた。
電気に反射させるようにいくつも角度を変えて眺めた後、市葉は息をのむような笑みで藤真を見た。

「ありがとう、健司。大好きよ。」

そう言って抱きついてきた市葉に、藤真の頬が朱に染まる。
普段は身体に触れるだけでも顔を赤くするのは市葉の方なのに。
なかなか『好き』と口に出してくれない彼女なのに。

…何度恋をすれば気持ちが落ち着くのだろう。
出逢った瞬間に。
澄んだ声に。
つれない態度に。
泣きそうな笑顔に。

強く市葉を抱きしめながら藤真は諦めたように笑う。
気持ちが落ち着くことなんてないのだろう。
こうやって市葉に惹かれ続けるんだ。

…悪くないな、それも。

藤真は市葉の顎に指を掛け、唇を何度も落とした。

「…今日は泊まって行けよ。」

オレの気持ちを教えてやる。
全身で…。

はぁ、と艶めかしい吐息を洩らす彼女に強請るような命令をする。
真っ赤な顔でコクリと小さく頷いた市葉に、藤真は深く深く口付けた。


2013.10.10. UP
→あとがき




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夢幻泡沫