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君に、恋をした
泣きそうな笑顔に、
「お市っ、ビッグニュースっ!今年の文化祭、王子が来るんだって!!」
「王子?あ、もしかして…」
「翔陽の藤真さんだよっ!!うわー、楽しみっ!!」
「…彼氏さんに怒られるわよ?」
「観賞用は別腹だもんっ!目の保養だもんっ!!」
「…会えるといいね。」
「ほーんと。華道部なんかに興味はないだろうしなあ。」
疲れたような目で見る市葉を余所に、一緒に受付に座った友人はハアと息を吐いた。
そしてマジマジと市葉を見てニッと笑う。
「今年の着物、すごくよく似合ってる。珍しいね、お市がその色を選ぶなんて。」
「うん、一緒に見てくれた人が勧めてくれて。」
「その人、お市のことよく見てるんだね。シックな雰囲気がいい。誰なの?私も知ってる人?」
「あー…うん。」
「誰?」
「…藤真さん。」
「へえ、藤真さ…はっ!?藤真さん!?」
軽い気持ちで聞いていた友人は、噂の人物の名前にバッと市葉を見る。
「え、えっ!?どうして藤真さん!?なにっ!?お市、知り合いだったのっ!?」
「…落ち着いて。前に道路で人とぶつかったことがあるでしょ?私が転んだ時のあれ、相手が藤真さんだったのよ。それでお詫びにって買い物に付き合ってもらったの。」
「あ〜、あの時の。藤真さんだったのか。と言うか、あれは私達も急いでたしお互い様なんじゃないの?」
「うん、私もそう言ったんだけど…藤真さんが譲ってくれなくて。」
「さすが王子。いいねえ、王子様とデートか。」
「や、違うから。」
「どうかな?お市だって『お市様』なんだし、一緒にいて飽きないし。」
「…飽きないって、失礼な。」
「まあまあ。案外、お市のこと気になっていたりしてね。」
「まさか。そんなこと…」
「あったらどうする?」
からかうような友人の言葉に反論していた市葉の耳に、男の声が聞こえた。
パッとそちらを向けば、今まさに話していたその人が目の前にいる。
「えっ!?あっ…!?」
「藤真さんっ!?」
「そっちの子が言った通りだったらどうする?」
「え…あの…」
「話があるんだ。市葉さん、借りてもいいかな?」
「もちろんですっ!どうぞっ!!」
「ありがとう。行こう、市葉さん?」
「お市っ!代わりの受け付けは私が探すから、早く行きなさいっ!!」
歩き出そうとする藤真と急かし立てる友人の雰囲気に押され、市葉は慌てて席を立った。
「やっぱりその着物、よく似合ってる。」
「ありがとうございます。友達も褒めてくれたんですよ。」
先を歩いていた藤真が振り返って市葉の全身を記憶するように見る。
その視線を気恥ずかしく思いながらも、市葉はにこやかに答えた。
「まさか、本当に来てくれるとは思いませんでした。どこを見たいですか?簡単になら案内できますけど。」
「じゃあ静かな場所がいい。出来るだけ人のいないところ。」
「…え?」
「市葉さんと話がしたい。」
「あ…それなら…裏の森、に…行きますか?」
じっと見つめてくる藤真にドギマギしながら、市葉は頭の中で人気のなさそうな場所を探す。
文化祭でいつも以上に人が溢れかえっているが、裏まで行けば清蘭生ですらあまり来ないだろう。
市葉もたまに一人で過ごすお気に入りの場所の一つ。
「うん、そこでいいかな。」
それだけ言って、藤真は先に行くように目で促す。
市葉は彼の前を歩いて案内した。
怒らせた覚えはない。
だけど、もしかしたら知らないうちに不愉快な思いをさせてしまったのかもしれない。
怖さすら感じる藤真に市葉の喉が上下する。
周囲の喧騒とは裏腹に、二人とも黙ったまま人混みを離れた。
市葉さんは本当に綺麗だと思う。
制服姿ももちろんだが、夏休みに見た私服姿も。
それから今目の前にいる着物姿も…。
紅葉が散りばめられた着物に、菊の刺繍が入った帯。
髪もきっちりと結い上げていて、挿してある臙脂の花簪が艶っぽい。
オレが見立てた着物を身に纏っている姿に優越感を覚えた。
だけどそれ以上に…
「…ここら辺でいいでしょうか?」
「…おぉ。」
「それで…あの、話って…」
クルリと振り向いた市葉の不安げな顔に、藤真は苦笑する。
そんな顔をさせたくはなかった。
だけど、緊張してあまり気を遣えていないのも事実だ。
ふうと一つ大きく息を吐くと、藤真は真剣な瞳で市葉を見た。
「…単刀直入に言う。市葉さんのことが好きなんだ。オレと付き合ってくれないか?」
「…ぇ…えっ!?」
「初めて見た時に、ぶつかったあの時に惚れた。海南で差し入れをくれた時、デートした時…」
「デっ…デートって…!」
「その着物買った時、オレはそのつもりでいたぜ?」
藤真が言葉を発すれば、それに一つ一つ反応して変わる市葉の顔が可愛らしい。
困った顔、驚いた顔、赤くなった顔。
緊張していた藤真はすっかり気持ちが解れ、いつもの強気が戻ってきた。
「会うたびに好きになっていく。もっともっと市葉さんのことを知りたくなる。好きなんだ、付き合わないか?」
「…でもっ…私、藤真さんのこと…そんなに知らないし…藤真さんも、私のこと…その、よく知らないですよね?…それなのに…」
「しょーがねーだろ?惚れちまったんだから!」
ニッと綺麗に笑った藤真にクラリと頭が揺れる。
まるで麻酔を打たれてしまったように思考が停止した。
…ずっとドキドキしていたの。
藤真さんは『翔陽の王子様』で清蘭生の憧れだったから、世間に疎い私でも知っていた。
写真を見せてもらった時にドキリと跳ねた胸を今でも忘れない。
知り合いになれただけでも驚いたのに、その藤真さんとまさかお出かけすることになるなんて…。
まるで全身が心臓になったのではと言うくらいに、藤真さんの行動一つ一つに気持ちが震えた。
待ち合わせの場所で微笑みながら手を上げた姿。
分厚いハンバーガーにかぶりつく豪快さ。
気が付けば道路側にいてくれるスマートさ。
電車の中での楽しい会話。
着物を探している時の自信ありげに勧めてきた顔。
失礼のないように出来るだけ早く別れたけれど、本当はもっと一緒にいたかった。
だから『文化祭に来たい』と言われた時は、すごくすごく嬉しかった。
あれをデートだと思ってもいいの…?
ぼんやりと自分の気持ちを理解してしまえば、じわりと視界が霞む。
きっと惚れたのは彼より先。
都合のいい展開を望んでいるのは自分の方…
「…私、その…あの…」
いざ口に出して言おうとしても、上手く動かない。
足もガクガクと震えて立っていられることが不思議なぐらいだ。
胸の前に手を合わせて祈るように力を込めれば、その手だって震えてしまう。
みっともないぐらい情けない姿にギュっと目を瞑る。
そんな市葉を見て藤真はフッと笑うと、優しく彼女の肩に手を置いた。
「オレと付き合ってくれませんか?」
「…っ、はい。」
小さく首を何度も縦に振った後で見上げてきた市葉の瞳は潤んでいた。
ああ、その泣きそうな笑顔に…。
肩においていた手を市葉の頬へ移動させ、藤真はそっと彼女の唇を塞いだ。
2013.09.19. UP
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夢幻泡沫