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セイレーン 番外編

 横顔も見慣れた頃に 



初めての賭けは俺の負け。
しかもバスケ部員がたくさんいる中で。

「三井先輩、諦めた方が利口ですよ。」

マネージャーのからかい気味な言葉に、ムカっとして反論する。

2年のブランクがあるからって女に負けたまま黙ってられるかってんだ。
三井寿、これでも中学MVPを取った男だぞ?

「ふざけんな。ぜってー諦めねぇ!」

部員達が黙々とアップを始めた静かな体育館に俺の声が響いた。



2度目の賭けも俺の負け。
前回はサドンデスで負けたから、確率で勝負を申し込んだ。

「10本中、何本入るか勝負だ。」

毎日バスケ三昧で1週間が経ち、体だって以前のように動くようになってきた。

大体、俺はシューターだぞ?
邪魔がいないフリースローなんてお手のモンだってんだ。

「木暮、パス出し頼む。」
「…三井、松島さんを巻き込むなよ。」
「松島がやるって言やぁいいだけだろ?」

お前が当番をサボらなきゃいいんだよ、と苦笑しながらもゴール下に移動する木暮はいい奴だと思う。
…膝壊した時も最後まで見舞いに来てくれたし、俺がバスケ部をめちゃくちゃにしようとした時も本気で怒ってくれたしな。

「松島さん、いつでもいいよ。」

木暮の声に、松島は頷いてボールを構えた。

ん!?
あいつ、左利きだったのか?
先週は驚くことばっかで気付かなかったぜ。
…相変わらず綺麗なフォームだしよ。
てか、ブレザーを着たままで打てるのがスゲぇ。
しかも外さねえし。
何だよ、9本も入れやがったっ!!
精密機械かっての!
チクショウ。



3度目の賭けも俺の負け。
半分意地になって、3P勝負を挑んだ。
これで負けたらシャレになんねえ…。
流石にブレザーを脱いでボースハンド打ちになる松島をちらりと見る。

…スカートがジャンプする度にふわりと捲れてるじゃねえか。
無意識か?
無意識なのか!?
それとも何か?
俺の気を逸らそうって作戦か!?
…いい脚してるよな、松島。
こりゃ男は黙っていねえって。
ホラ、あいつらだってガン見してやがるし。
見るんじゃねえよ!
それに、捲れるならもっと捲れろっ!!
最後まで見せやがれ!!

「…2本外しちゃった。三井君の番だよ。」

軽く息をはいてボールを差し出してきた松島を見れば、少し頬が紅潮していた。

「残念、8本しか入らなかったよ。」
「…充分だろ?」

屈託なく笑う松島は俺にボールを渡す。
80%の確率ってなんだよ。
信じらんねえ…
苦々しく思いながらも、俺は受け取ったボールを手に馴染ませるようにくるくると回した。
そういえばこいつ、俺と話す時にだいぶ緊張しなくなったよな。
緊張していた原因が分かっているだけに、自然体になってきた松島がこそばゆい。

「三井サンの番っすよ。」
「そうだぞ、ミッチー。さっさとやれ、そして渚サンに負けろ!」
「うるせー!宮城も桜木も黙ってろ!!」

脇から囃し立てる後輩達にガン飛ばして、ラインの上に立つ。

…負けたのは腕のせいじゃねえ。
松島がスカートなんかでやるから悪ぃんだ!!



4度目も結局俺が負けた。
もう、完膚なきまでに。
あんなプレイができるなんて聞いてねえぞ!?

「ダブル、クラッチ…」

木暮…そうだよな、そりゃ驚くよな。
他の奴らだってざわつくのも当然だぜ。
何より、射抜かれたって感じたあの目。
ゾクリとした。
同時に妙な昂りを感じた。
あいつは…松島は一体何モンなんだ?



5度目の賭けはなかった。
松島の昼休み当番と俺の放課後当番を、暫くの間交換することにした。
それを提案したのは松島。
一も二もなく飛びついた俺に、松島は笑いながら頑張ってねと言った。
そんなあいつの妹は松島湊と言うらしい。
木暮が驚いているが、俺は聞いたことのねえ名前だった。

「なあ、松島湊って誰なんだよ?」

休憩中に松島からもらったドリンクを飲みながら木暮に聞く。

ガンたれてくる流川なんぞ知るかってんだ。
羨ましいんだろ、ザマァミロ!

「彩子、言っちゃっていいのかな?」
「…もうこの際いいんじゃないですか?言うのは木暮先輩だし。」
「おいおい、無責任な。」
「いいから教えろよ!」

困ったように頭を掻く木暮に軽くすごめば、彩子と流川をちらりと見てから教えてくれた。

「松島湊はミニバス出身で去年の中学MVPだよ。ある意味、三井の後輩だよな。でもって、全国制覇もだっけ?」
「そうです。」
「マジかよ!?スゲエな…」
「流川と同じ富ヶ丘中の出身で、あの子と並んで大層な有名人でしたよ。」
「ほお。ま、そりゃそうだろうな。」
「今はどうか知りませんけど渚先輩、去年までは湊の相手を毎日していたそうですよ。だから、あれだけのテクニックを持っているんじゃないですか?因みに、中学の時は合唱部でした。」
「バスケ経験者じぇねえ?運動部すらでもねえのか!?」

驚く俺にさもありなんと彩子は首を縦に振る。

「あ、湊は今年から瑞穂みたいですよ。聞いた話ではレギュラー確定だとか。」
「やるなあ!」

木暮が感心するのに、俺も内心で頷く。
瑞穂高校は神奈川県下No.1の女子バスケ部で有名な高校。
男バスで言えば海南ってことだろ?
そこで1年からレギュラーを勝ち取るって…

「すげえな、松島妹。」
「同じ中学MVPでも、誰かさんとは違いますよね?」

ニヤッと笑った彩子に思わず拳を握りしめる。
彩子め…余計な一言抜かしやがって。
俺が殺気だったのに気がついたのか、首を竦めてその場を離れた背中を睨みつける。

「まっ、まあまあ三井。今はこうしてバスケやってるんだし。彩子だってお前の実力は認めてるんだから、な?」
「…おう。」
「それにしても、松島さんは凄かったよ。三井からゴールを奪うんだから。」
「ああ、あいつを甘く見てたぜ。…木暮、後でマフィン一個くれ。」

木暮は頷くと俺の肩を叩いて赤木の方へ行った。
それを視線だけで見送って、床に転がっていたボールを拾う。
松島とは顔を見掛ければ世間話をするくらいまでには打ち解けていた。
廊下なんかで立ち話もしているので、あいつの横顔も見慣れた。

…美人だよな。
いい身体してるよな。
だけど、さり気なく出してくる話題がなんつーかバッチリなんだ。
バスケのことだったり授業のことだったり色々あるけど、ダルくもなく気疲れすることもない。

フッと自分の口が緩んだことで、意識が飛んでいたことに気付く。

…また松島のことを考えていた。
どうしてあいつのことが頭から離れないんだ?
一体どうしたいんだ、俺は?
勘弁しろよ、今はバスケだろ!?
これじゃ、まるで…

その先を考えないように俺はブルブルと頭を振った。


2013.06.12. UPIT
2013.06.19. EDIT



『セイレーン』前半の三井視点。




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夢幻泡沫