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セイレーン 番外編

今はまだ、このままで 01 



「なあ、木暮。」
「何だい、三井?」

問題を解きながら聞いてきた三井に、隣にいた木暮が振り向く。
その横では、宮城がうんうん頭を捻っていた。
木暮が真ん中になり三井と宮城に勉強を教えているのはなかなか大変なはずなのに、文句一つ言わないのは彼だからこそのなせる業。
分からねえと不貞腐れる三井を励まし、ルカワにアヤちゃんを取られたと嘆く宮城を宥めながらの教師役は辛いものがある。

「…松島の奴、頭いいのか?」
「松島さん?ああ、いいよ。」

少し躊躇った後で出てきた名前に首を傾げながら、木暮は答えた。
4教科以上赤点を取った者は、インターハイに出場できない。
湘北高校にある校則の一つに、赤木を除くレギュラー陣が見事に引っかかってくれた。
問題児軍団を抱えた彩子に泣きつかれ、バスケ部とは関係のない渚まで教える側として勉強合宿に参加することになっている。
塾に行ってからと遅れて参加なのだが、教える相手は流川らしい。
三井はそれが気に喰わなかった。

折角惚れている女と一つ屋根の下なのに、何だって別の奴の傍にいるのを見てなきゃなんねーんだよ…

「学年で10番に入っているんじゃなかったかな。それがどうかしたか?」
「ゲッ…マジかよ。」
「本当だよ。三井だって同じ学年だろう、知らなかったのか?」
「ムリムリ、木暮サン。だって三井サン、ちょっと前まで…」
「うるせえっ、お前は黙って問題でも解いてろ!!」
「お前も解くんだよ、三井。」

茶々を入れてきた宮城にくわっと顔を向ければ、木暮が冷静に窘める。
それにチッと舌打ちをして、全く慣れない作業をまた再開した。



「木暮先輩、お疲れ様です。リョータは私が見ますから、三井先輩の方をお願いします。」

それから暫くして彩子がリビングにやってきた。
途端に顔を輝かすリョータにムッとしながらも、三井の胸も高鳴る。
彩子がここに来たってことは…

「松島が来たのか?」
「はい、さっそく流川についてもらいました。てことで、リョータ。頑張るわよ!」
「うん、アヤちゃん。オレ、頑張るから!!」
「三井も続き、頑張ろうな。」
「…おう。」

テンションが上がっている宮城とは対照に、三井はブツブツ文句を言いながら木暮とマンツーマンで教わり続けた。
追試の科目は4教科。
一つ一つに苦戦しながらも3教科まで終え、木暮から休憩がもらえた。
キッチンでは流川が既に勉強を終えて就寝している。
そこにいた渚との会話を楽しんで気分を入れ替えた三井は、リビングに戻って最後の教科に取り掛かった。



一番苦手な英語にお手上げの状態で格闘を繰り返していると、カチャリとドアが開く音がした。
それに反応して顔を上げて見れば、渚が申し訳なさそうに顔を覗かせる。

「…松島さん、どうかした?」
「お勉強中にごめんね。木暮君に聞きたいことがあって…」
「俺に?」
「うん、ここなんだけど…分かる?」

問題集とノートを抱えて木暮の脇に座った渚が、躓いてしまった個所を見せる。
それに目を通しながら木暮は不思議そうに聞いた。

「松島さんって文系だろ?何で数学を解いてるの?」
「センター、受けようと思っていてね。全教科受けとけば、潰しが利くかなぁなんて安易な考え。」

あははと誤魔化すように笑う渚に、木暮が呆れて言った。

「全教科なんてよくやるなあ。俺なんかまだ受験態勢にさえ入ってないって言うのに。」
「でもバスケで全国に行くじゃない。受験勉強の夏休みなんかよりよっぽどいい思い出になるよ。絶対、大人になっても宝物になるって!逆に羨ましいくらい。…で、分かる?」
「ああ、ここはこの方式を当てはめて…」
「えっ!?それってどうやって見分けるの?」
「それはここの記号が…」
「…ああ、成程。ありがとう、何とか解けそう。」

ニッコリと笑ってキッチンに戻ろうとする渚に、横で黙々と問題を解いていた三井が声をかけた。

「戻るのか?」
「うん。だって追試のお勉強、邪魔しちゃ悪いし。」
「お前、今なにやってんだ?」
「…受験勉強。」
「ならこっちでやれよ。一人より大勢の方がはかどるだろ?」
「…そうかしら?」

一人の方が寧ろ…と首を捻っている渚を尻目に、三井は乱雑に広げた自分の勉強道具を纏めてしまう。

「ホラ、片付けたし松島の勉強する場所作ってやったから。荷物さっさと持ってこいよ。」
「う〜ん…じゃあ、そうする。」
「おう。」

渚がいったん荷物を取りに行った少しの間に、宮城と彩子がニヤニヤしながら囁いてきた。

「三井先輩、よかったですね。渚先輩との念願の勉強会。」
「てめっ!」
「アヤちゃん、オレ達キッチンに移動しようか?」
「宮城っ!余計な気ぃ回すんじゃねえっ!!」
「…なに大声出しているの?」
「何でもねえよっ!!」

赤らんだ顔で叫ぶ三井に、荷物を取ってきた渚は驚いたようにその場にいる人の顔を順番に見る。

「…何でもねえから、座れよ。」
「そお?」
「ああ。」

お邪魔しますと三井の隣に座った渚の視線が、彼の前に置いてある問題にいった。

「あ…三井君、英語やってるの?」
「全然分かんねえけど。」
「そうだ。松島さん、三井の残り見てくれないかな?」
「え?」
「そしたら俺、桜木の方に行けるから。」
「あぁ、そうね。そうしてくれるとすっごく助かります!渚先輩、三井先輩を見てくれませんか?」

追試が7教科もある桜木は赤木が見ているのだが、未だに終わりそうにない。
彼もまた、今や湘北バスケ部になくてはならない存在になっているのだ。
追試に落ちるなんて許されない。
彩子も木暮の案にすかさず乗った。

「分かったわ。三井君、よろしくね。」
「おっ、おおっ!」

思わず声が裏返ってしまった三井に、宮城と彩子は二人揃ってブッと吹き出した。



「この長文はここで一度切って…うん、それはこれと一緒で熟語になっていて…」
「あ?…ああ、はあ?」

渚の説明に分かったのか分からないような曖昧な返事を三井はする。
それにふうと息を吐き出すと、渚はゆっくりと三井を見た。

「三井君、分からなかったら正直に言って。勉強は分かったつもりが一番ダメなんだよ?」
「…分かんねえ。」
「そっか。」

情けない顔をしながら、それでも素直に言った三井に渚はニッコリと笑う。

「英語ってね、自己主張の言葉なんだって。自分を指す言葉って日本語だと『私』、『僕』、『俺』とか色々あるでしょう?だけど、英語は『I』だけ。しかも文の始めだろうが真ん中だろうが終わりだろうが関係なしに大文字で書くでしょ?」
「おお。」
「だから何が一番言いたいのかさえ押さえれば、後は少しくらい適当でも大丈夫なんだよ。」
「へえ〜。」
「それから言葉のまとまりに印をつけて、大体の意味を掴んでから細かく訳せばいいの。長文って言ったって、短い文の寄せ集めなんだから。」
「おう。」
「と言うことで…これ、えっと…はい、印つけてみたから訳してみて。」

三井の手元にある英文に渚が横からサラサラと書き込む。
身体を寄せてきた彼女の頭が自分の肩の近くに来て、三井に心臓がドキッとした。
その位置から上目遣いに見てくる渚に、気持ちが落ち着かない。

「分かった…」

ボソリと答えると、顔を隠すように三井は問題に向かった。

「…はあ〜、松島先輩ってやっぱ頭いいっすね。」
「はっ?え…今のどの部分でそう思ったの?」
「全て。ねえ、アヤちゃん?」

過度に感心したように見てくる宮城に、渚は驚いたように見返す。
彩子もうんうんと頷きながら宮城に合わせてきた。

「いや、分かりやすかったですよ。さすが頭イイですね。」
「違うから、それ。塾に行っているからそう見えるだけで、これでも毎日必死に勉強しているんだよ?今のだって塾の先生の受け売りだし。学校のお勉強だけで出来ちゃう赤木君や木暮君の方が頭いいから。」
「いやいや、謙遜しないで下さいって。渚先輩、受験するとこ決まってるんですか?」
「ん〜、ぼちぼち。」
「因みにどこ?」
「清蘭が第一志望。後はまだ決めてないよ。」
「うわぁー、清蘭ですか…」

全国屈指の女子大を挙げられて彩子が脱力しながら渚を見る。

「湘北から清蘭に行けたら凄いですよっ!頑張って下さい、渚先輩!!」
「ありがとう。彩ちゃんも宮城君のお手伝い、頑張って。」
「はっ、そうだ!リョータ、ちゃんとやってる?」
「やってる!!」

その言葉をきっかけに、カリカリと書き込む音だけがリビングに聞こえた。



「出来た。」

コリを解すように首をぐるりと回しながら、三井がノートを見せる。

「…うん、これくらいできればいいんじゃない。じゃあ、次はこれ。」

そう言って渚は一枚のルーズリーフを渡した。

「あ?これを?」
「うん、訳してみて?」

渚の手書きのそれをジッと見ていた三井だが、言われた通りに黙って取り組む。
大きさの整った綺麗な英単語が羅列されている文を渚に教わった通りに印をつけて区切っていく。
教えられたのと同じような構文を直ぐに作り出せる渚をスゲェと思いながら、三井は辞書を片手に訳していった。
段々と内容が分かってくると、三井の手が止まってしまった。

…松島が俺を応援してる?
俺の3Pが必要だって思ってくれてる、のか?

チラリと渚を盗み見ると、そんな素振りすら見せずに自分の勉強をしている。
でもこれは松島の字だし…
こんなピンポイントな文なんてあるわけないし。
思い込みでもいい。
そうだとしても、嬉しい。
緩む口元を手で覆いかくしながら、三井は残りの文を訳していく。
気分が乗ると、勉強もはかどるらしい。
あっという間に終わったそれを無言で渚に見せた。

「…正解。」

ざっと目を通しただけでそう言った渚を見れば、頬杖をつきながら三井を見返していた。

「松島、これ…」
「…頑張って!」
「…おう。」

柔らかく微笑んだ渚に、心臓がうるさい。
今はまだ、このままで。
このくすぐったい気持ちが心地いい…。


2013.07.24. UP
→(おまけ)



『セイレーン』勉強合宿の話。




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夢幻泡沫