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セイレーン 番外編
照れ屋な彼のセリフ 照れて悪いかよ
「…なにこれ!?」
「松島先輩、今年は気合入れました!!」
「うん、見れば分かる。頑張ったね。それはいいけど…これは?」
「衣装ですっ!今年の文化祭では、歴代最高の売り上げを叩きだしてやるんですからっ!!」
拳を握りしめて気合を入れ合う後輩達に囲まれ、渚の身体から力が抜ける。
「先輩方は当日だけ参加してくれればOKですっ。準備、後片付けは例年通りに私達がしますので。」
「や、でもこれは…」
「いいから着て下さいっ!いろいろチェックしますからっ!!」
集団の勢いは怖い。
渚は他の3年と家庭科準備室に押し込まれた。
部の仲間としばらく互いに押し付けられたものを持ったままどうすると視線で会話する。
そのうち諦めたのか、溜息をついて着替え始める人が出たので渚も盛大な溜息と共に着替えた。
家庭科室へ戻るとキャーッと言う歓声と共に出迎えられ、あちこち細かくチェックが入る。
最終的には撮影会と化してしまったその日の部活に、渚は文化祭当日が思いやられるのだった。
「三井サン。文化祭の話、聞いたっすか?」
「あ?何だよ?」
「今年の家庭科部、気合が入ってるらしいっすね。」
「…それが何だ?」
部活終了後、ロッカーで着替えている時に宮城が話しかけてきた。
心当たりの全くない三井は、怪訝な目で後輩を見る。
「松島先輩、家庭科部でしょ?何か聞いてないっすか?」
「聞いてねえ。」
何も知らねえと答える三井に、宮城は目を細めて白々しく見た。
「何でてめえにそんな目で見られなきゃなんねーんだよ?」
「別に…。そんな余裕ぶっていられるのも、きっと今のうちっすよ。」
「知ってんなら教えろ、宮城。」
「松島先輩に自分で聞けばいいでしょ。」
オレも聞いた話っすから〜、と宮城はニヤニヤと三井の顔を見る。
そのまま先に出ていった宮城にチッと舌打ちしながら、三井は頭の中で渚に必ず聞こうと決めた。
人気のない校舎内を図書室へ向かう。
あまり音を経てないように気をつけながらドアを開ければ、奥で勉強している渚の背中が見えた。
他人がいるところで勉強する時、彼女は集中するためにいつも音楽を聴く。
イヤホンを装着していることが分かっているので、三井は声をかけずに渚の頭にポンと手を置いた。
ビクッと肩を揺らして振り返った顔が、すぐに驚きから微笑みに変わる。
「…三井君。」
「待たせたな。帰れるか?」
「うん。すぐ片付ける。」
そう言ってパタパタと動く渚を、三井は優しい目で待った。
「なあ、文化祭で何やるんだ?」
「え?」
「家庭科部。何やるんだよ?」
「…例年と同じで喫茶店だけど?」
帰り道、三井は気になっていることを聞いた。
自分の質問に微妙な反応を示す渚に、何かあるなとピンとくる。
元来の素直な性格からなのか、彼女は隠し事をするのが下手だ。
特に気を許した相手にはね、と渚自身も苦笑しながら三井に言ったことがある。
「それだけか?」
「え、うん。今年は世界をテーマにしているみたい。…何で?」
「いや、『今年の家庭科部は気合が入ってる』って聞いたぜ。」
「…誰から?」
「宮城。」
一つ下の後輩の名に、渚ははあ…と溜息をついた。
「2年ね…。まったく、あの子達ったら…」
「何だよ、やっぱ何かあるのか?」
「…展示も少しあるみたいだけど、本当に喫茶店だけよ。ただ、ウエイトレスをする時の衣装がね…」
「衣装?」
黙っていても当日になれば分かってしまう。
渚は疲れたように遠くを見ながら最低限のことだけ話した。
話していくうちに三井の顔がニヤリと歪む。
「…楽しみだな。」
「えっ!?止めて、来ないで!」
「てめっ、自分の彼氏に向かって何てこと言うんだよ!?」
「本当にイヤ。お願いだから来ないで!」
「そりゃ出来ねえ相談だな。」
「え〜…」
ギョッとしたように三井を見て、それから渚は全力で拒否する。
三井が拒否に拒否を重ねてやれば、心底嫌そうに眉を顰められた。
「お待たせいたしました、フランスセットでございます。」
「ペルシアセットと日本セットを1つずつですね、かしこまりました。」
「いらっしゃいませ、お客様は何名様でしょうか?」
前評判通り、文化祭当日の家庭科部は長蛇の列ができていた。
三井はちまちまと進んでいく列の中で、逸る心を抑えながらチッと舌打ちをする。
「さっさと進めよ。」
「三井サン、落ち着いて。こんだけ人気があるんだから仕方ないでしょ。」
「うるせえ!大体何でお前らなんかと…」
「あっ、そんなこと言っていいんすか?」
「…チッ!」
宮城がヒラヒラさせているチケットは家庭科部の事前購入券。
倍率が異様に高く入手困難なそれをどうやって手に入れたのか、宮城は自慢そうに見せびらかす。
「アンタ達、うるさい!もうすぐで入れるんだから静かに待つ!!」
「彩子っ!俺は先輩だぞ!?」
「いいぞー、アヤちゃん!」
「アンタもうるさいの、リョータ。」
呆れた目で見ていた彩子は深々と溜息をつく。
そうこうしているうちに順番が回ってきた。
「あら、彩子。宮城君と来たの?」
「そ、リョータと三井先輩と。渚先輩は?」
「…あー、接客中。あそこで中国の衣装を着てるのが松島先輩。見える?」
彩子達が2年の家庭科部員を捕まえて渚のことを聞くと、少し離れたところにいる人物を指した。
「松島先輩ってば、引っ張りだこだよ。まあ、仕方ないよね。だって、ちょー綺麗なんだもん。」
「来てもらえそう?」
「確実な方法は中国セットを頼むこと。」
テーブルに置かれたメニューを見せながらその子が教える。
「フランスセットがクレープとコーヒー。日本セットが大福と緑茶。ペルシアセットがクッキーと柘榴ジュース。中国セットが小籠包と烏龍茶。注文されたセットを、その国の民族衣装を着た人が運ぶってシステムなの。松島先輩のアレ、中国の漢服でね。イメージは後宮の寵姫。マジ、鼻血モンだよ。」
「ふ〜ん、じゃあ中国セッ…」
「中国セットは俺が頼む。お前らは別のモンにしろよ。」
「…独占欲強すぎ。」
「うるせえっ!!」
ボソリと言った宮城にクワっと目を向くと、三井は落ち着きなく渚を目で探した。
宮城と彩子が注文したセットはすぐに出てきたが、中国セットがなかなか提供されない。
痺れを切らし始めた三井の雰囲気が段々と荒れてき始めた頃、漸く横から声がかかった。
「お待たせ致しました。中国セットでございます。」
柔らかなその声に見上げれば、ふわりと笑う渚と目が合う。
「遅くなってごめんなさい。蒸しあげたばっかりで美味しいの持ってきたから、許して?」
「…」
「三井君、本当に来るんだもん、裏で後輩達にからかわれちゃったよ。」
あの2年の家庭科部員の言葉に嘘はなかった。
『後宮の寵姫』、華のような姿は正にそれ。
先に食べていた宮城と彩子も動きをピタリと止めて渚を凝視した。
恥じらうように笑う渚に目を奪われる。
普段なら絶対に目にしない姿に思考を奪われる。
化粧をしていつもと違った雰囲気に心を奪われる。
「…ちょっと付き合えっ!!」
「えっ?あっ!?」
「ちょっ!三井サン!?」
渚や宮城が戸惑う暇も与えずに、三井はガタンと席を立つと渚の腕を取って足早にその場を離れた。
人混みで活気あふれる校舎を縫うように抜け、文化祭中は立ち入り禁止にされている校舎裏に渚を押し込む。
そのまま彼女の身体を壁に押し付けて、唇を奪った。
突然のことに渚は目を大きくしたまま固まる。
この状況は…
目の前にあるのは閉じられた瞼。
唇に感じるのは少しかさついた、けれども温かい…
一瞬で飽和した頭では何も考えられるわけもなく、ただコクリと喉が動いた。
そっと唇を離した三井の眼と交わった時、顔に熱が集まって反射的に彼の体をドンと突き放す。
「…っ…」
茹であがってしまった渚を見て、三井は気まずそうに顎の傷痕を指で掻いた。
「悪ぃ、我慢できなかった。」
三井の言葉に、徐々に渚の頭が動き始めたらしい。
バッと口を両手で覆うとジワリと目を潤ませた。
「ど…して?」
「どうしてって…渚がそんな格好してるから悪いんだぜ?」
「格好って…」
「化粧もしてるし、お前がそんなに…」
「…そんなに?」
自分のことをジッと見て黙ってしまった三井に首を傾げながら、渚は三井に聞き返した。
顔を赤らめさせながら潤んだ目で見つめ返され、小首を傾げられ…。
渚は自分の行動がどんだけ俺を追い詰めているのか分かってねえ。
他の誰にも見せたくなかった。
あの笑顔を一人占めしたかった。
綺麗だから…欲望を抑えられなかった。
仕出かしてしまったことを思い出して、三井の顔が染まる。
柔らかい感触が甦り、今更のことながら渚から視線を逸らした。
「…何で三井君が照れるの?」
「照れてねえっ!てか、照れて悪いかよ!!」
「そんな…三井君が…」
「渚が悪い。」
「なっ…!」
三井の一方的な物言いに渚がカッとなる。
反論しようとした彼女の滑らかな頬に、三井はスッと無骨な手を置いた。
「渚が悪い。そんな格好してるから…他の男にそんな格好で笑いかけるな。俺だけにしろ。」
そう言って今度は真面目な表情で顔を近づけた。
迫ってくる整った顔に渚はそっと目を瞑る。
柔らかく押し付けられた唇が離れる感覚にゆっくりと目を開ければ、近いところで三井が穏やかに笑っていた。
「綺麗な渚が悪い。…好きだぜ。」
「…もう…」
優しい笑顔に何もかも許してしまう。
渚は体の力を抜いて三井の首に腕を回した。
それを嬉しそうに受け止め彼女の後頭部に手を添えると、三井はまたキスをした。
2013.11.06. UP
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夢幻泡沫