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セイレーン 番外編

照れ屋な彼のセリフ なんつーか、その、 



水泳大会から一週間後、舞台は校庭に移った。
同じように軍団ごとに纏り、出場選手に熱い声援を送っている。
渚は水泳大会にフル出場したので、体育祭では団体競技のみと気楽に構えていた。
目の前では今、男子による騎馬戦が行われている。
学年関係なく騎馬を組み、5軍団が一気に乱れ戦う様は見ていて圧巻だ。
三井も騎馬の一人となって次々と敵から鉢巻を奪い取っていた。
いかんせん、メンバーが怖い。
不良だった頃より仲の良い仲間とチームを組んで臨むのだから、周りからは避けられるに決まっている。

「…三井君達の騎馬って卑怯だよね。」
「うん、私もそう思う。」

渚と円香はそこだけ白けた表情で彼等の騎馬を目で追う。
だが札付きの不良が学校行事に素直に参加しているのを良しとしているのか、教師陣をはじめ温かい目で迎え入れているのも事実。
楽しそうに目を輝かせながら敵を狙い定めている三井に、渚は細かいことは言うまいと苦笑した。



「俺の勇姿、見てたか?」

席に戻ってくるなり自慢げに口の端を上げる三井を呆れたように迎え入れる。

「すごい避けられ具合だったね。」
「まあな、俺達の強さにビビったんだろ?」

円香がそれは違う…と小さく呟いているのに内心で同意しながら、渚はニッコリと三井に笑った。

「やっぱり男子の肉弾戦って迫力があるよ。単純に格好よかった。」
「そうか?」
「うん。三井君も楽しそうだったし。」
「おう!」

小さい子供のような満面の笑みの三井に、渚の頬がカアッと染まる。
不意打ちで見せる様々な表情にまだまだ慣れない。
パッと視線を逸らした渚に、三井が怪訝な目を向けた。

「どうした?」
「…何でもない。」

そう言った顔が赤いのに気付いて、三井はニッと笑いながら覗き込む。

「惚れ直したか?」
「っ、違うもん…っ!」

言葉に詰まりながら否定する渚に、そんなん逆効果だと教えてぇ。

三井はクックッと忍び笑いを洩らしながら、完全にそっぽを向いてしまった渚の頭をポンポンと撫でた。



体育祭は運動部の天下になることが往々にしてある。
三井も多分に漏れず、出場枠いっぱいに登録されていた。
次の出番は障害物競走。
運動部ではなくてもよさそうだが、人数合わせでかり出された。
跳び箱を跳び、ネットを潜り、平均台を渡り、最後に借り物が待っている。
身体能力が高い三井は小器用に障害をクリアしていき、あっという間に借り物まで辿り着いた。
たくさんある封筒の中から何も考えずに一つ掴み、その場で開封する。
出てきた課題に一瞬目を大きくするも、ニヤリと笑って応援席の方へ走り出した。

「…あれ?三井君がこっち来る。」
「本当だ。お題は何だろうね?」

席では渚と円香が出場者の様子に笑っている。
そこへ迷いもせずにやってきた三井は誰に何を借りようとするのか。
ワクワクしながら待っていた渚に、度肝を抜く大声が飛んできた。

「渚っ!来いっ!!」
「っ!?」

思考が瞬間的に停止する。

今、名前で呼ばれたよ…ね?
三井君が…私を、名前で…

「えっ!ちょっ…三井の奴、松島のこと名前で呼んでるぞ!?」
「はあっ!?えっ!?二人ってそんなに仲良かったっけ!?」

一瞬の静寂の後、どよどよとざわめきが起こる。
当の本人である渚も目を大きくしたまま動けないでいた。

「来いよ、渚っ!!」
「はっ、はいっ!」

再度大声で呼ばれて、反射的に立ち上がる。
好奇心丸出しの円香や周囲の唖然としている視線を痛いほど肌で感じながら三井のところへ駆け寄った。

「…あの、三井君?」
「行くぞっ!!」

むんずと渚の手を掴んで三井は走り出す。
訳が分からないまま渚は引っ張られた状態で走った。
1位でゴールはしたものの、出されたお題を見た係の生徒から審議サインが出てしまう。

「えっと…三井先輩、お題は『大切なもの』なんですけど…」
「ああ、んなもん見りゃ分かるだろ?」
「何で松島先輩を…?」
「それはこいつが俺の彼女だからだ。お前らが何を勘違いしてるか知らねえが、俺の彼女は渚だ。」

放送部が向けてきたマイクに堂々と宣言した三井の言葉が、スピーカーを通して全生徒に伝わる。
途端に起こった絶叫は校庭を揺るがした。

「なあ、渚?俺の彼女はお前だよな?」

ニヤリと笑いながら掴んでいた状態から指を絡めるように繋ぎ直す三井に、渚の顔からボッと火が出たようだった。
悪いけれど、それどころではない。
初めて名前呼びをされただけでも驚くのに…。
それが公衆の面前で、更にマイクなんかを使って関係を説明されて。
目元を空いている手で押さえて、渚は俯いた。
この程度で熱を持っている顔を隠すことはできないのは重々承知している。
けれど少しでも隠したい。
恥ずかしさで涙が出てくる。

「…あの、松島先輩。三井先輩が言ってることは本当ですか?」

係の生徒が恐る恐るマイクを向けて聞いてきた。
湘北高校の旬なネタだけに、会場はシン…と静まり渚の言葉を待つ。
それが一層羞恥を誘った。
渚が恨みがましく三井を見れば、ニヤニヤと見てきた後そっぽを向いてしまった。

…悔しい。
だけど、嬉しい。

「松島先輩?」
「…本当。」

コクンと頷きながら認める渚に、また絶叫が響く。
体育祭は予想外のところで盛り上がった。



「渚、帰ろうぜ。」

体育祭の興奮が冷めやらぬ教室で円香とおしゃべりをしている渚に、ドアから顔を覗かせた三井が声を掛けてきた。

「あ、うん。…支度するから少し待って?」

校庭での大胆行動を思い出し、教室内が二人を囃し立てる。
ひゅうと口を鳴らす男子を睨みながら渚は自分の席に向かった。

「なあ、本当に松島と付き合ってるのか?」
「当たり前だろ。」
「くそー、よりによって三井かよ。」
「ふん、羨ましいか?」

軽口を叩き合いながら三井は気分良く渚を見る。
横にかかっているバッグを机の上に移動させながら円香にゴメンと謝っているところを見ると、もしかしたら一緒に帰る約束でもしていたのかもしてない。
そんなにない荷物をバッグに入れ、渚はすぐに三井の傍へ来た。

「お待たせ。」
「…帰る約束してたのか?」
「あー…うん、円香と。」
「急に悪かったな。」
「あっ、ううん!『三井君が来たら一緒に帰れば?』って円香も言っていたから大丈夫だよ?」

チラリと円香を見る渚の視線を追えば、分かってるわよと言わんばかりに片手を挙げて振ってくる。
自分の行動がバレバレなのが癪に障るが、ありがたく渚と帰途についた。



「疲れたぜ。」
「そう?私は出番が少なかったから。」
「ああ、お前は先週大活躍だったな。」
「三井君は今日大活躍だったね。」

行事後の気だるさからいつもよりゆっくりと歩く渚の歩調に文句を言うこともなく、三井もボスボスと足を鳴らしながら隣を歩く。

「終わっちゃったね、体育祭。」
「おう。」
「あとは文化祭ぐらいかぁ…」
「…そうだな。もう何をやるか決めてるのか?」
「家庭科部はね、3年は毎年当日だけなの。決まってはいるみたいだけど、何をするのかは聞いてないし。クラスはまだ決まっていないよ。三井君は?」
「俺も両方とも知らねえ。」
「文化祭も終わっちゃったら、あとは受験に向けて一直線だな…」

1年も2年も学校行事は楽しかった。
だけど、3年の体育祭は格別に思えた。
三井の姿を目で追っていたらあっという間に終わってしまった体育祭。
自分の出番も楽しかったが、彼の姿を見る度にドキドキしっぱなしだった。

騎馬戦、徒競走、リレー。
走る姿が格好良すぎて、心拍数が上がるのを止められなかった。
それに障害物競争では…
もっと、もっと三井君を見ていたかった…。

少しだけ寂しそうに笑う渚の顔が夕日に映えてより美しく見える。
三井はスポーツバッグを持ち直すと、渚の手を包み込むように握った。
パッと自分の方を見た渚に、三井は優しく笑いかけた。

「渚…」
「…ねえ、三井君…」

話そうとした三井を遮って渚が隣に声をかける。
特に急ぐことでもなかったので、三井は渚の話を聞くことにした。

「何だ?」
「…何で急に…名前で呼んだの?」
「…なんとなく。何でだ?」
「ビックリしたから…あんな人前で、その…私のこと彼女って言うし…」
「本当のことだろ?」

俺の彼女は渚なんだ。
円香は渚の友達だってだけだ。
それに、渚の彼氏は俺だろ?
間違っても流川なんかじゃねえぞ!!

自分の耳にも入ってくる噂に辟易していた三井は、障害物のあのお題に瞬時に閃いた。
いつ名前で呼ぼうかタイミングを読んでいたところだったので、これ幸いに渚の名前を呼んだ。
…ずっと渚のことを名前で呼びたかったのだから。

「そうだけど…本当に何となくで?」

ジッと見てくる渚の瞳が綺麗で、三井は迂闊にも噂のせいだと口走りそうになる。

噂が気になって、少しでも渚は俺のものだと他の奴等に知らしめたくて…。
…言えねえな、こんなこと。
情けなくて言えるかってーの。

ポリポリと顎の傷痕を指で触って渚から視線を外した。
本心を見透かされそうになって、強引に話題を逸らす。

「なんつーか、その…まあ、何でもいいじゃねえか。イヤと言われても、渚って呼ぶからな。お前も寿って呼べよ。」
「…やっ、あのっ…」

逆に夕日に照らされた以上に赤くなった渚は、キョロキョロと目を泳がせた後で無理…と消え入りそうに言った。

「ああ!?何でだよ?」
「…言えない。」
「言えよ。」
「…」
「ホラ、黙ってないで言えよ。」
「…本当に勘弁して?お願い…。」

困ったように眉を下げて上目遣いで様子を窺ってくる渚に、三井はグッと言葉を詰まらせる。
そんな仕草をされてしまっては、これ以上言えない。
三井は可愛いと緩みそうになる頬筋を引き締め、然も妥協したような表情をあえて作った。

「チッ、仕方ねえな。今日のところは引いてやるよ。」

渚の手を覆う自分のそれに力を入れ、お前は俺のモンだと示す。
くすぐったそうに笑った渚は、少し空いていた二人の隙間を埋めるように三井の方へ身体を寄せた。


2013.10.02. UP




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夢幻泡沫