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愛=煩悩

16



「要さん。」
「ん?ああ、妹ちゃん。可愛い格好だね。」

ビシッと決めた装いでエレベーターを待っていた要は、待ちかまえていた絵麻に行く手を遮られた。

「妹ちゃん、これから高校の友達とクリスマス会でしょ?ゆーちゃんと一緒に行くんじゃないの?」
「そうなんですけど、その前に行きたいところがあって。」
「ゆーちゃんが付き合えばいいんじゃないの?」
「もちろん侑介くんでもいいんですけど、大人の人についてきてもらいたいなあって思って。要さん、ついてきてもらえませんか?」
「ゆーちゃんだけじゃダメなの?」

傍らでしょんぼりしている弟を憐れに思いながら要は首を傾げる。

「ダメ、ではないんですけど…大人の人が一緒の方が安心するので。お願いできませんか?」
「…俺、このあと用事があるから少しだけだよ?」
「はい!ありがとうございます。」
「車でいい?取ってくるから下で待ってて。」

ニコニコと嬉しそうな絵麻に笑いかけると、侑介をポンポンと慰めて要は車を取りに行った。
絵麻が案内した場所は一流ホテルだった。
確かに高校生が2人で来るには敷居が高い。
そして偶然なことに、要もまたここに用事があった。

「妹ちゃん、こんなところに何の用事があるの?」
「あ、いえ。用事というか…」

生返事をしながらしきりに左右に首を動かしていた絵麻が、目的のものを見つけたのか目を輝かす。

「りぃちゃん!」

絵麻の声に反応して振り向いた女性に要の目が奪われる。
今日と言う日を意識したモスグリーンの膝丈ドレスに、きっと琉生がしたのであろう華やかでも落ち着きのあるヘアアレンジ。
ダークレッドのポインセチアのコサージュに、スノーホワイトのボレロ。
動くたびにドレスのドレープ部分が柔らかくしなやかに本能を煽っていく。
いつもより華やかな化粧顔は驚いたかと思ったら、じっと固まってフイと横を向いてしまった。

「…あれ、絵梨姉だろ?」
「うん。」
「…キレーだな…ハンパねえ…」
「今日、ここで弾くって聞いたので。でも慌ただしいし、カップルばっかりだし…きっとピアノなんてだれも見向きもしないかなあ。」

ピアノの音を確かめるようにポロンポロンと鳴らし始めた絵梨を、ホテルの来客はあまり関心を持っていない。
自分の姉がそういう扱いを受けていることに絵麻は納得できないように剥れていた。
絵梨はというと、そんなことは気にせず用意されていた椅子に座って静かに弾き始める。

今日はクリスマスイブ。
人も街もとても賑やかで華やかで、でもここのホテルを利用するのは大人のカップルが多くて。
それならば、選曲もそれなりに。
一流ホテルに相応しく、尚且つ甘い雰囲気も忘れずに。

絵梨は微笑みながら指を躍らせた。
…ピアノの音が吹き抜けのエントランスホールに響く。
ざわめきが消えていく。

「…す、げえ…見向きもしねえどころじゃねえ…って…」
「うん…」

一様に足を止めて絵梨を見ている周囲に、侑介も絵麻も…要も絶句する。
いつかのレストランで見た絵梨も見惚れた。
けれど、今日の彼女はどうだ。
それ以上に持っていかれてしまう。

「…要さん、わたし達そろそろ行きます。」
「ああ…気を付けて。送っていけなくてごめんね。」
「気にしないでください。ここ、わたしからのクリスマスプレゼント…ということで。」
「…ふっ、妹ちゃんへのプレゼントは買い直さなくちゃね。」

侑介を促してホテルを出ていく絵麻に、クツクツと笑いながら要は手を振り返した。



ホテルの客を魅了して沸かせて、拍手喝采を受けた絵梨には当然色々な人が話しかける。
あっという間に出来た人だかりのほとんどが男だということがどうしようもなく癇に障った。

「絵梨ちゃん。」

周りの男を牽制するようにはっきりと彼女の名前を呼べば、目が合った顔が安心したように緩む。

「…要さん。」
「とても素敵な演奏だった…俺が一人占めしちゃいたいぐらい。」
「何を言ってるんですか…」
「ねえ、これからって予定ある?」
「これから?特にはありませんけど。」
「じゃあ何も言わずに俺についてきてくれない?」
「え…?」
「忘れられない特別な時間をあげるよ。」
「…」
「ほら、おいで?」

そう言って差し出された手に、絵梨は思わず手を重ねてしまう。
嬉しそうにその手を自分の腕に絡めさせると、要は目的の場所へ向かった。

「はい、到着。」

エスコートされたのは別のフロアにあったレストランだった。

「ここのディナーがおいしいって有名だからさ。一度、絵梨ちゃんと一緒に来てみたかったんだよね。」
「えっ!?でも、ここってかなり高級なんじゃ…」
「そういうことは、絵梨ちゃんは気にしなくていいの。それとも、俺とこういう所に来るのは…嫌?」
「嫌では、ないですけど…」
「それならいいよね?さ、入ろう。」

事前に予約をしてあったのか、入口にいた従業員に名前を告げただけですんなりと中に案内された。
イルミネーションがよく見える窓際の席。
『reserved』の札をテーブルから外すのを見た絵梨は、不思議そうに要に聞いた。

「予約していたんですか?」
「まあね、ここ有名店だから。」
「…もしかして、本当は一緒に過ごしたい女の人がいたんじゃないですか?」
「は?あのね…この店は正真正銘、きみと来るために予約したの。」
「え…?」
「直前になったのは謝るよ。でもぎりぎりまで、仕事の都合がつかなかったんだ。誘っておいて万が一仕事で予定が潰れたら、格好悪いだろ?」
「…私に予定があったらどうするつもりだったんですか?」
「その時はキャンセルして1人寂しく部屋でやけ酒でも煽ってたんじゃないかな。」
「要さん…」
「家で見当たらなくて焦ったけど、妹ちゃんが粋なクリスマスプレゼントをくれてね。…明日はみんなで過ごすんだし、イブぐらいはきみと2人きりになりたいって思ってさ。だから誘った。」

実にタイミングよく出てくるコースに舌包みを打ちながら話す要はとても優しい目をしている。

「ここの雰囲気、ちょっと大人っぽいかなって思ったけど…絵梨ちゃんは負けてない。むしろ、よく似合ってるよ。今日のきみは、一段とキレイだよ。魅惚れた…本当に。」
「そんな…要さんの格好の方が一段と素敵ですよ。」
「…」
「要さん…?」
「…ねえ、上の階に部屋を取ってある…って言ったらどうする?」
「…っ!」
「忘れられない特別な時間にしてあげるって言ったでしょ?この言葉の意味…わかるよな?」
「…」
「今日は2人きりで、甘い夜を過ごそう?」
「…」
「拒否しないんなら…都合よく解釈するけど?」
「…私達は…」
「家族?キョーダイ?何を言うつもり?」
「…何、をって…。」
「俺にまっとうな倫理観を求めたりしないで。俺達がどんな関係であっても…欲しいと思ったら、きみを奪うよ。」
「…本気ですか?」
「本気だよ。」

さっきまでの優しい目はどこに行ったのか、男の瞳でじっと見つめてくる要に絵梨の熱が上昇した。
劣情を駆り立てられるようで思わず俯いてしまった絵梨に、低い声が甘く囁く。

「スウィートを取ってあるんだ。行こうか…。」
「…用意周到…」
「絵梨を手に入れるためだ、何だってするさ。」

逃さないためにわざと俯いている耳元で言葉を紡ぐ。
細い腰に回した手を解かれることはなかった。
部屋に閉じ込めるとすぐに奪うようなキスを何度も落とす。
自分のものだと誇示するべく、白い肌に赤い華をいくつも咲かせた。

「…ん…ふぅ、あっ…」
「悪い兄貴だね、我ながら…」
「…は、ぁっ…お坊さんなのに、こんなことっ…あっ、んぁ…平気でしちゃうところ、が…不道徳…」

熱っぽい瞳を向けながら逆らう絵梨に可虐心が湧く。
彼女の敏感になっているところを可愛がりながら、要はニヤリとした笑いを見せた。

「ふうん…そんなふうに言い返せるくらいの余裕はあるんだ。でも、すぐに…それもなくしてあげる…」
「っ…あ、ぁっ…んぅ…」

焦らないように、絵梨を悦ばせるように。
手荒にならないように気を付けていたつもりだったが、見事にのめり込まされてしまった。
余裕なんてこれっぽっちもなかった。


2014.12.24. UP




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夢幻泡沫