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愛=煩悩
15
「ねーねー!絵梨、いるよねー!?おーい!お兄様がお探しだぞー、絵梨ー!!」
「…」
「あ、いたいたー★」
「…何ですか、椿さん。」
「絵梨、今日ヒマ?ヒマだよねっ。さっき、ヒマそーにしてたもんねっ!」
昼食後の片付けをしながらあくびをしていたのを見られていたらしい。
よく見ているな、と呆れながらも感心して絵梨は頷いた。
「はい。特に予定はないですけど…。」
「やった♪じゃあさ、俺らと遊びに行こうよ!声優仲間から映画のチケットを3枚もらったんだー★」
「いいんですか?」
「もちろん。キミさえよければ、一緒にどうかな。」
「梓さん。」
「公開になったばかりの映画だから、少し混んでいると思うんだ。先に買い物でもして、時間を潰してから映画館へ行った方がいいかも。」
「ねー、いーだろ?俺、絵梨と一緒じゃなきゃつまんなーい★」
ガバリと抱きついてきた椿を冷静に押し返しながら、絵梨は梓を見る。
梓も同じ気持ちなのか首を縦に振った。
「行きますから、抱きつかないでください。」
「そうだよ。はい、離れてー。」
「あ!?」
第3者の声と共に引き剥がされた椿が驚いて声を上げる。
そこには怒ったような顔の要が立っていた。
「残念だけど、今日の絵梨ちゃんは俺が先約だから。」
「え…要さん?」
要はさっきまでソファに座って雑誌を読んでいた。
それに今日は要との約束はおろか、誰とも約束を入れていない。
「かなにー、どういうことだよ。絵梨、さっきは予定がないって…。」
「俺との約束、忘れていただけだよね?」
「…え?」
「ね?」
「は、はい…」
「はい、よくできました。というわけで、悪いね…椿。」
絵梨を強引に引いてリビングから出ていった要に椿が悪態をつく。
「…『椿』って言いやがった。」
「言ったね。かな兄は深刻な時と怒ってる時は、弟の名前を呼び捨てにするんだよね。」
「ここは俺が怒るところなんじゃねーの?なんなんだっつの、かなにーの奴。」
「そうだね。でも、かな兄にしてはちょっと子供っぽい怒り方だったかな…。」
「てゆーかさー!どーすんだよ、チケット!」
そんなリビングには構わずにずんずんと歩いて自分の部屋まで来た要に、絵梨が流石に声をかける。
「あのっ、要さん!」
「…」
「どうしたんですか…?急にこんな所まで引っ張ってきて。」
「あ、ああ…。ごめん。手首、痛くなかった…?」
「それは大丈夫ですけど…」
「…はあ。」
「…機嫌悪いですか?」
「かもね。」
「…何で、って聞いてもいいですか?」
「…俺自身、よくわからないけど。…なんだ、これ。なんで俺、こんなことを…。」
「…要さん?」
「あ…ごめんね、きみを巻き込んじゃって…。」
どちらかと言うと、要は機嫌が悪いというよりも元気がないように見える。
絵梨は小さく息を吐くと、手を差し出した。
「どうぞ?」
「ん?どうぞって…?」
「イライラしたりムシャクシャした時は、人の体温があると落ち着きませんか?」
「…」
差し出された手を見て要は首を傾げる。
けれど、すぐに笑いだした。
行き場に困っている手を要の大きな手が包み込む。
そして、あろうことか手の甲にキスをした。
「…あー、笑ったりしてごめん。…敵わないな、きみには。」
「…」
「ありがとう、きみのおかげでちょっと落ち着いた。」
「それならいいんですけど。」
「確かさ、初めてきみと会った時も同じことをしたよね。こんなふうに、俺がきみの手を取ってキスした…。」
「でしたね。」
「でも今思い返せば、手にチューくらいたいしたことないでしょ?それ以上のこと…してるし。」
「なっ…」
「照れてる?ふふっ、俺としてはそろそろ先に進みたいところなんだけど。」
「…前にも言いましたよね?もうああいうことはしないって。」
「うん、言った。でも『今はまだキョーダイだけど、この先どうなるかは誰にもわからない』、とも言ったよ?」
「…」
「だってさ…もう誰にも触らせたくないから、なんてな…。」
「え…?」
「…いや、なんでもないよ。」
うまいことはぐらかす要を不思議に思いながらも、絵梨は何も聞かなかった。
きっとまだ確実ではないのだから小さく言うに留まったのだろう。
気にはなるが、深く追求はしたくなかった。
お詫びに、と連れて行かれたカフェのケーキはとてもおいしかった。
「あれ、絵梨。…もしかして、いま帰り?」
「椿さん、梓さん。」
「偶然だね。僕らも今、戻ってきたところ。」
1階でエレベーターを待っていると、明るい声に呼び掛けられる。
絵梨が振り向くと、梓と戯れながら椿が片手を挙げていた。
要は買いたいものがあると絵梨をマンションまで送ると、どこかに出かけてしまっていた。
「今日はごめんなさい。せっかく誘っていただいたのに。」
「絵梨は謝んなくていーよ。で、元凶は?」
「元凶?」
「かな兄だよ。」
「買い物があるとかで、また出かけました。」
「ふーん。それにしても…まさか、かなにーがな…。」
「うん。」
「…何の話ですか?」
「何ってさ、今日のかなにーの行動だよ。」
「要さんの、行動…?」
「かな兄、キミを僕らに取られるのが嫌だったんだよ。」
「まさか。」
双子からのずれた発言に絵梨はクスクスと笑いながら即否定する。
すると2人は顔を見合わせてから驚いたように確認した。
「気付いてなかったの?」
「そんなの、あり得ないですよ。」
「…そーだよな。俺も、あんなかなにーはありえねーって思った。ああやって、わかりやすくジェラったりするよーな奴だったなんて。」
「…」
「…ふん。今日は譲ったけど、次は俺らと出かけような。絵梨、おやすみ。」
「あ、おやすみなさい。」
梓を残して1人でエレベーターに乗ってしまった椿を呆然と見送っていると、梓が探るように聞いてきた。
「気になる?」
「え?」
「かな兄の真意が気になる?」
「え、えと…」
「気になるんだったら、直接本人に聞いてみたら?」
「…珍しいですね。梓さんがそんなこと言うのって。」
「ふふっ。でも目の前でキミを奪われたのは、なかなか不愉快な体験だったよ。…この借りはいつか返さないとね。」
「…」
「おやすみ。」
「…おやすみなさい。」
楽しそうにニコリと笑って絵梨の頭を撫でると、梓も先にエレベーターに乗ってしまう。
取り残された絵梨は2人の言葉を反芻しながら首を傾げるばかりだった。
2014.12.18. UP
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夢幻泡沫