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問答無用の魔法

02



日向汐音…いや、数日前から朝日奈汐音になった。
大学3年生、学業とバイトに励む日々。
プチ反抗期に入ってしまったのは、私のせいだけじゃない…はず。
新しい家は、吉祥寺にあるサンライズ・レジデンスというマンション。
そこは美和さんが所有していて、兄弟達が一室ずつ使っているとか。
私は新しい場所を自分で探すからいいと断ったのだが、パパが美和さんに押し切られる感じで許可されなかった。

…今から尻に敷かれているってどうなのだろう。
美和さんのお子さん達はみんな男だと言っていた。
『みんな』というからには、複数人いるはず。

ナビに表示された地図通りに車を走らせていた汐音は、もう何度目か分からない溜息をついた。
駐車場に車を置き、あまり遠くないマンションへと向かう。
腕時計をチラリと見ると約束の時間からは少し遅れてしまっていた。
バッグを肩にかけ、サンライズ・レジデンスの前に立つ。
インターフォンを押してしばらく様子を窺うと、低い大人の声が反応を示した。

「はい。」
「…あの、今日からお世話になる…」
「ああ、私たちの妹になる方…ですか?」
「…はい。」
「少々、そちらでお待ちください。」

その言葉どおり汐音が待っていると、胸にヒマワリのバッジをつけた男性が出てきた。

うわ…この人、弁護士さんだ。

いきなりスゴイ職種の人が出てきて汐音は戸惑う。
だって、この人が新しく兄弟になる1人…なのだから。

「初めまして、ようこそいらっしゃいました。私は次男の朝日奈右京と申します。どうぞ、中へお入りください。」
「失礼します。」

右京に案内されてエレベーターに乗っている間、家のことを軽く説明される。
個人の部屋は3階と4階で、私の部屋は4階に用意されているらしい。
5階は共有スペースとなっていて、食事などは一緒に済ませることになっているとのこと。
当事者である右京自らが『男ばかりのむさ苦しい兄弟』というのだから、この先の生活が思いやられる。
一つ救いに思ったのは、力になると言ってくれた右京の言葉だった。



右京に案内されるままにホテルのエントランス並みの階段を降りて行けば、ダイニングテーブルに多種多様な男の人がずらりと座っていた。
ガヤガヤと騒がしかった食事風景は、右京が声をかけたことでピタリと止まった。
簡単に10を超える瞳が一斉に汐音を捉える。

「紹介します。ここにいるのが全員ではありませんが…」
「…日向さん!?」

右京が紹介をしようと口を開く前に、ガチャンという音と共に立ちあがった人物がいた。

「祈織?」
「…ああ、ごめんね右京兄さん。ええと、彼女は日向汐音さんだよね?」
「知り合い、ですか?」
「いや…僕が一方的に知っているだけだと思う。」

驚きで目が大きくなっていた顔が、絵に描いたように綺麗な笑みを作る。
けれど、そこには感情というものがあまり感じられなかった。
ほんの少し迷った後に出てきた言葉を確かめるように、右京は汐音を見た。
汐音としては彼のことを知らない。
だから肯定する意味で小さく首を振った。

「そうですか。彼は祈織、十男です。」
「急にすみませんでした、日向さん。改めて、今日からよろしく…ね、汐音姉さん。」
「…あの、どこかで…」
「僕、ブライトセントレアの高3なんだ。」
「ブライトセントレア…高3…?」
「…分からないならいいよ。でも、僕の中であなたは特別な存在なんだ。そのことを知ってもらえると、嬉しいな。」
「は、あ…」
「あーっ!祈織ってばヌケガケ!?ずりーなー!俺も妹に挨拶する!」
「椿、落ち着いて。」
「だって念願の妹だよ!?しかもこんなにかーいー妹!この子、ちょーかーいくない!?」
「うん、かわいいね。」
「だろー!?梓だってそー思うだろー?」
「そうだね。だけど、初対面からそんなに興奮していたら確実に引かれるから。」
「えっ!?マジで!?」
「うん。だから落ちつこうね。」
「そうだよ、つばちゃん。かわいい妹ちゃんが困ってるじゃないか。ごめんね?」
「あ…いえ…」
「初めまして!椿でーす★」
「梓です。」

ちょっと派手な感じの人と、落ち着いた雰囲気の人。
息がぴったりなのは、やっぱり兄弟だからなのだろうか?
…それにしてはピッタリ過ぎるけど。
それに、どことなく顔が似ているような気もする。

「妹ちゃん、この2人は一卵性の兄弟なんだよ。それから…俺は要って言うんだ、よろしくね。」

バチンとウィンクを飛ばしながら要がにこやかにあいさつをする。
瞬間的に眉を顰めた汐音だったが、ぐっと堪えてなんとか会釈を返した。

「つばちゃんが言った通り、ほんとにかわいい子だねー!一晩中オツキアイしたいな♪」
「むー、みんなずるいー!僕もおねーちゃんにごあいさつするー!!」

遮るように可愛らしい声が聞こえたかと思うと、ぴょんと椅子を跳び下りて小さい子が汐音の前に駆け寄った。

「はじめましてっ、朝日奈弥です!よろしくね、おねーちゃん!!」
「…初めまして。」
「こら、弥。食事中だよ、席に戻って。…ごめんね、先に食べていて。僕は長男の雅臣です。よろしくね、汐音ちゃん。」
「よろしく、お願いします。」
「遅かったね。心配してたんだ。」
「…すみません。バイトが延びてしまって。」
「あ、いや。謝らなくていいんだけどね。」
「女性の一人歩きは夜遅くだと危ないですからね。次から遅くなるようなら連絡してください。」
「…はい。」
「さあ、汐音さんも食事にしましょうか。」
「あ、いえ…もう食事は済ませてあります。あの、それと…」

右京が支度をしようとキッチンに向かう。
汐音は慌てて断ると、言い辛そうに続けた。

「なんですか?」
「…私の分の食事は用意していただかなくていいです。すみません、よろしくお願いします。」
「ですが…」
「…食事中にお邪魔してしまってすみませんでした。今日はもう部屋に行ってもいいですか?」
「…そうだね。汐音ちゃんも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休んで?食事の話はまた明日にでもすればいいから。右京、悪いけど彼女を部屋まで案内してあげてくれるかな?」
「…わかりました。」
「すみません…。あの…それじゃ、失礼します。」

溜息を吐き出す右京に頭を下げ、他の兄弟には食事を中断させてしまったことを謝る。
たぶん、第一印象はそんなにいいとは言えない…と思う。
でも、それよりも早く一人になりたかった。
思った以上に多い兄弟に圧倒されてしまった。


2015.02.12. UP




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夢幻泡沫