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問答無用の魔法

03



「きょーたん、おねーちゃんは?」
「まだ帰ってきていないと思いますけど。」
「えーっ!?僕、おねーちゃんとまだ少しもおはなししてないよー!」
「俺も俺もー!」
「僕も、かな。」
「てか…話したヤツいんのかよ?」

ボソリと呟いた侑介の言葉に、みんなが黙り込む。
そして同時に大きく息を吐いた。

「そもそも、彼女がどんな子かってことも知らないよね…。」
「城智大に通っているそうですよ。3年生、成績も問題ないとのことです。ついでに加えれば、就活も内定済みと聞いています。」
「んー、3年で内定済みって素晴らしいね。才色兼備ちゃんかあ、綿菓子みたいにかわいい子だし。溶けてなくなっちゃいそう。というか、俺が溶かしちゃいたい♪」
「要、弥の前でそういうことを言うのは止めてって言ってるだろ?」
「にしてもさー、帰ってくんのいつもこんなにおせーの?」
「確かに。大学はもうとっくに終わっている時間だよね。」
「バイトなんじゃないですか?」
「こんなに遅いバイトって何してんだよ?」
「あ、ほんとだ。弥、寝る時間だよ。」
「やー!おねーちゃんとおはなしするー!!」
「まったく…遅くなるなら連絡をして下さいと言ったはずなのですが。」
「え!?きょーにー、彼女の番号知ってるの?」
「…」
「だれか知ってるヤツいんのー?」
「…」

再び沈黙がリビングを治める。

「…はあ、自己紹介からのやり直しですね。」

次男の発した結論に、無言で頷く首がいくつもあった。



ピンポーン、と突撃されてピクリと汐音の眉が動く。
休日の午前は汐音にとっては睡眠時間。
至福のひとときであるその時間を機械の音が邪魔をする。
途切れることなく何度も鳴らされるそれに、汐音は深い眠りから漸く這い上がってきた。

「…はい?」
「あっ!汐音、おっはよー★」

スピーカー越しに聞こえてきた明るい声に寝ぼけた頭が刺激される。

「ええ…と…つば、きさん…ですか?」
「あったりー、椿でーす!昼飯だよ、一緒にリビングに行こーぜ★」
「え、あの…私、ご飯は…」
「いいから行くぞー!部屋の前で待ってるから、準備ができたら出ておいでー。」

そう言って玄関越しに早くー!と叫んだ椿に、汐音は呆然とした。
働かない頭で着替え、化粧をし、髪の毛を纏めて身支度を整える。
鍵だけ持って玄関を開けると椿が壁に凭れながら待っていた。

「おはよー。寝起きの声もかーいかったよ!」
「…おはようございます。」
「みんな待ってるから、早く行こー!今日の昼は豪華だぜー。」

やんちゃな笑顔を振りまいて椿が汐音の背中を押す。
何故かウキウキとしている彼に逆らえず、汐音は連れて行かれるがままに5階へ移動した。
ロフトから階段を下りリビングへ行けば、ズラリと並んでいる兄弟達に数々の料理。
わけが分からず汐音が首を捻っていると、可愛らしい仕切りがかけられた。

「せーのっ!」
「朝日奈家へようこそ!」
「え…?」
「おどろいたー?今日のランチはキミの歓迎会だよ★」
「え!?」
「おねーちゃん、こっちこっち!!」

弥に腕を引かれて兄弟の輪の中に入る汐音に、綺麗に磨かれたグラスが渡される。

「妹ちゃんは何を飲む?ワイン?シャンパン?ウィスキーもあるし…」
「あ、あの…」
「ん?」
「昼間からは飲みませんし…これからバイトがあるので…」
「なんだ、残念。じゃあウーロン茶とジュース、どっちにする?」
「…ウーロン茶でお願いします。」

どこぞのボーイよろしく慣れた手つきでグラスに飲み物を注ぐ要に礼を言う。
今日は妹ちゃんが主役だからねー、なんて言われて汐音は戸惑った。

「そういうことで、汐音ちゃん。改めてよろしくね。カンパイ!」
「カンパーイ!!」

長男の音頭に十人近い声が重なる。
汐音が遠慮がちにグラスを掲げれば、いくつものグラスが挨拶をしてきた。



「ねーねー、おねーちゃん!」

まず勢いよく話しかけてきたのは弥だった。
汐音は目線を合わせるべく膝を曲げれば、クルンとしたドングリ眼がキラキラと覗き込んでくる。

「なあに、弥くん?」
「あっ、僕の名前おぼえてくれてたの!?うれしーなっ!!」

無邪気に好意を見せてくる末っ子に、汐音の目じりも下がった。

「僕ね、おねーちゃんとおはなしできるの楽しみにしてたんだよ。おねーちゃんは大学生、なんでしょ?」
「うん、そうよ。」
「お仕事もしてるの?」
「何で?」
「だって、すばるんは大学生だけど夜はお家にいるよ。まーくんやつっくんやあっくんはお仕事していて、夜おそいときもあるの。おねーちゃんは夜あまりいないでしょ?だからお仕事してるのかなって思って。」
「なるほど。あのね、バイトをしているの。」
「バイト?でも、いおりんもバイトしているけど夜はお家にいるよ?」
「バイトって色々な種類があるから、時間もバラバラなのよ。お仕事も色々な種類があるでしょ?それと一緒。」
「じゃあ、おねーちゃんはどんなバイトしてるの?」
「食べ物屋さんよ。」
「汐音さん。話の流れで聞きますけど、少し帰りが遅くないですか?夜遅くの女性の一人歩きはお勧めできませんね。」
「…すみません。」
「気を悪くしないでね。右京が最近取り扱った件の中に、汐音ちゃんぐらいの女性が被害者でいたらしいんだ。それで心配しているんだよ。」
「後程、番号を交換してもいいでしょうか?バイトが終わったら誰か必ず迎えに行きますので。」
「あの、そこまでしていただかなくても…」
「あっ!きょーにー、ずりー!俺も汐音と交換するー★」
「僕もしていいよね?」
「え、あの…ケータイ、部屋に置いてあるので…」
「ではバイトに行く前に交換しましょう。」
「俺も俺もー!」
「僕も。」
「今日の帰りから連絡いただければ、迎えに行きますので。」
「俺にもちょーだいねー。張り切って迎えに行っちゃう★」
「…椿、少し黙っていなさい。梓も少しは椿を抑えてください。」
「えー!?きょーにーだけずりー!」
「僕も連絡が欲しいな。」
「話がややこしくなるだろう!?黙っていなさいっ!」
「わー!きょーにーが怒ったー!!」

茶々を入れるように話に割り込んでくる椿と、それに生真面目に対応している右京。
やはり人数が多いと場が賑やかになるようだ。
いつも一人で静かに過ごしていた汐音にとっては、こういう場所は少し居づらい。
適当に相槌を打っている間に、バイトに行く時間になってしまった。
行き際、右京がアドレス交換を求めてきた。
彼だけに応じたはずなのに、バイト先につく頃にはあの場にいた全員からメールが届いた。


2015.02.26. UP




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夢幻泡沫