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問答無用の魔法

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「あのう…」
「んー?」
「結構遅い時間ですけど、台本を読んでいて大丈夫ですか?」
「大丈夫って、何がー?」
「声が響きそうだなあって。お隣の梓さんにご迷惑じゃありませんか?」
「…大丈夫じゃね?」

テキトウな返事をしてくる椿に、汐音の眉がくっつきそうになる。

「まー、それはともかくー。今日の台本はコレー♪」
「…恋愛モノの台本ですか?」
「うん、そーだけど?なんで?」
「だって椿さん、今度の仕事は時代劇風なギャグアニメって言っていませんでしたか?『超ドSの役をやるから楽しみ★』って張り切っていましたよね?」
「うん、言った★」
「それなら、どうして…」
「でも今は練習なんだから、どんな台本を使ったっていいだろー?いつ恋愛モノの仕事が舞い込むかもわからないんだし!俺はどんな役を与えられても、きちんとこなせる声優になりたいんだよね★」
「それは、そうでしょうけど…」
「わかったよ…。汐音がそんなに嫌なら違うのにする…。この台本で練習したかったんだけどな…。」
「…そうやって職業を武器に使うのってズルいです。」
「あっ、バレたー?」
「…もう、分かりました。いいですよ、それで。やりましょう。」
「やったー!じゃあ、ここのシーンからいこっか★主人公の女の子がソファで本を読んでるところ、な。」
「ええと…あ、ここですね。」
「じゃあ、いっくよー?」

一つしかない台本を挟んで、ベッドに座る椿の隣へ汐音は腰をかける。
パン、と椿が手を鳴らせばベッドはソファに変わった。



「ねえねえ。」
「何?」
「好きだよ。」
「はいはい。分かった、分かった。アンタの告白は、もう聞き飽きたわ。」
「なんだよ、それ。全然わかってないだろう?お前、本ばかり読んでないで少しぐらいこっち見ろよ。」
「…」
「ずっとそんな態度を取り続けるなら、ボクにだって考えがあるよ。お前がボクをもう二度と無視できないように、お前を力ずくでボクのものにしてしまえばいいんだ。」
「…何よ、それ。脅しのつもりなら、つまらないわよ。」
「…ふっ。やっと…ボクを見てくれたね。そんなふうに怒った表情も、全部…全部好きだ。お前を一瞬でも離したくはない。」

普段とは違う、切なくて優しい椿の声。
やはり現役のプロは違う、のだが…

「…どうして近寄ってくるんですか…っ!」
「雰囲気出すためー?」
「雰囲気って…もしかして、最初からこうするつもりだったんですか?」
「ヤダなー。この台本で練習したいって気持ちは本当だよー。」

不敵な笑みを浮かべてさらに近寄ってくる椿に、汐音はじりじりと追いつめられる。

「それにさー。俺ら、コイビト同士なんだしー。ちょっとくらい、くっついたっていーだろ。ねっ?」
「…っ!」
「どしたの、汐音。急に真っ赤になっちゃってー。そんなにうれしかったー?『コイビトどーし』って言葉♪」
「椿さんっ!!」
「あははっ!かーいい。」
「…もうお終いです!」
「あははっ、怒んないでよー!俺のかーいいカノジョさーん?」
「知りません!」
「えー。機嫌、直してよー。」

プンとそっぽを向いた汐音に寄りかかるように背中越しに抱きしめて、椿は彼女の首筋に顔を埋める。
くすぐったさと一緒に聞こえてきたのは、椿の夢。
そのために努力を惜しまないという決意。
誰かが幸せになることは椿自身の幸せにもなるということ。

「でね、汐音にも言っておきたいコトがあるんだよ。」
「…私に?」
「俺は声でみんなを幸せにしたい。だけど、キミのことは俺の全部で幸せにしたい。こんなふうに思えんのは…世界中でたった1人、汐音しかいないよ。」
「椿さん…」
「汐音は…俺の全部を受け止めてくれる?」
「当たり前です!」
「ははっ、マジで?俺、キミに出会えて、すげー良かった。世界で一番幸せかも?」
「もう…椿さん…」
「良かった。機嫌、直してくれたー?」
「…直りました。」
「じゃあ、汐音。こっち向いて…?」

椿の手に促されるように振り向いた汐音の視界が銀色で埋まる。

「…んっ…」
「好き。マジで大好き…。汐音は?俺のこと、好き?」
「…好き、です…」
「うん…。なあ、今晩…泊まってくだろ?」
「え!?私は台本を読むつもりで、ここへ…」
「知ってる。でも、途中から目的が変わったってことでー。」
「…もう…」
「汐音…キスしよ…。」

魔法を紡ぐ唇そのものが汐音を甘やかす。
何度もキスをした後、リップ音を残して離すと椿は断られないことが分かっていてなお聞いた。

「ね、泊まってくの…ヤダ?汐音。」
「…嫌だなんてことは…」
「そ?じゃ、決まり★そしたら、一ついいこと教えてあげよっか?」
「はい?」
「俺の部屋は、防音仕様になってんだよ。」
「防音?」
「うん。発声練習とか台本の読み合わせをする時に、どーしたって声を出すだろ?だからこのマンションを建てる時にさ、俺の部屋はあらかじめ防音の効いた作りにしてもらったんだー。」
「へえ、そうだったんですか。」

何の疑問もなく納得する汐音に椿から苦笑が漏れる。
けれどすぐに獲物を追い詰めるような瞳で恋人を引き寄せた。
腰と後頭部に添えたまま、自分の体をベッドに倒す。
当然のように汐音は椿の体の上に乗るようにして倒された。
ようやく意味を理解して慌てる彼女が可愛くて仕方ない。

「つまり、ね。俺ら2人の声は、外には聞こえないってこと。だからどんな声出しても、誰にも迷惑かけないんだよねー。」
「…」
「ははっ。また、顔がすっげー赤いよー。汐音。」
「…何を言い出すんですか、椿さん…」
「だってさー。仕方ねーじゃん。俺、今やっばいんだよ。こーして話してるだけなのに、頭ん中はどんどんえろいことに浸食されてるしさー。」
「…」
「つーか。キミのことが好きすぎてもうガマンとか無理。ほんと、どーにかなりそー。」

汐音を抱きしめる腕の力が強くなり、椿の唇が再び彼女のそれに重なる。

「…汐音を俺に頂戴。俺のこと、世界で一番ダメな男にして。」

間近で囁かれビクリと汐音の身体が跳ねる。
その柔らかさを逃さないようにさらに抱きしめると、椿は汐音の服の中にそっと手を入れた。


2015.12.10. UP




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夢幻泡沫