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問答無用の魔法

23



アニメが始まってから椿は身じろぎもせずにテレビ画面を見つめていた。
いや、画面ではなく…。
流れてくる梓の声に、聞き入っていたのだろう。

「…ん、やっぱり梓はうまいなー。」
「…まだ比べていますか?それで不安になったり、落ち込んだりしている…んですか?」
「いや、負けてらんねーな!梓の演技力はハンパねーし、見習いたい部分もいっぱいある。でも、俺は梓になる必要なんかないんだよな。俺は俺の演技をすればいい。そう言ってくれたのは汐音だろ?」
「…よかった。しっかりと前を向いていますね。」
「もっと練習して、仕事こなして、梓をいつか抜かしてやるって決めたしなー。あー、そういえば…。台本の読み合わせはいつも梓と一緒にやってたけど…今度からはこっそりやろっかなー。で、いつの間にかうまくなってる俺を見せて。梓をびっくりさせんのとか、いーよなー。」
「ふふっ。でもそれだと、2人で過ごす時間が少なくなっちゃうんじゃないですか?」
「あのさー…。別に俺、梓と付き合ってんじゃないんだから。いつまでも、なかよしこよしってワケにはいかないだろー?」
「えっ!?」
「つーか、さ。俺にも、そろそろ弟離れの時が来たのかなーって。」
「ええっ!?梓さんの事が大好きで、四六時中梓さんを追いかけ回していた椿さんが一体どうしたんですか!?」
「おーい、さすがにちょっとそれは言いすぎじゃね?」
「でも、椿さんのイメージってそんなかんじですよ!?」
「どんなイメージだっつの…。まあ、今でも梓のことを大好きなのは変わらないけどさー。」

いきなりの梓離れ宣言に、汐音は思わず大きな声を上げる。
そんな反応は予想済みだったのか、椿は笑いながら汐音を見た。

「俺ね、いーこと考えたんだけど。」
「…何でしょうか?」
「今度からさー、台本の読み合わせは汐音が付き合ってよ♪」
「私ですか!?」
「うん!」
「や、その…それはお断りしたいです…」
「えー!?なんでー?」
「プロの前で中途半端なものを見せるわけには…」
「あー。そーやって逃げんだー?俺にあんなことやこんなこと言ったくせにー?」
「でも、私…声優に戻るつもりはないし…」
「最初っから決めつけんの、マジよくない。ちょーかっこ悪い。俺、嫌いだなー?」
「…分かりました。やればいいんですね?」
「うん、そーだよー★」
「梓さんみたいに、椿さんのやりやすいようにはできませんからね?」
「当たり前だろー、そんなの。他の誰でもなく汐音がいいって言ってんのは、俺なんだからさー。汐音が付き合ってくれれば、それで満足なんだよ。…ね?」
「…はい。」
「ははっ★よくできました。」



ふと部屋の隅にある時計を見ると、だいぶいい時間になっていた。

「あ、もうこんな時間…。遅くまでごめんなさい、椿さん。」
「あー…いや、別に俺はいーんだけど。」
「よくないですよ。明日もお仕事があるんですよね?お休みなさい。」
「うん…おやすみ。」

会釈をするように頭を下げたあとで玄関に向かった汐音の後ろ姿に、椿は声をかけようと何度か言い澱む。

…言ってしまっていいものか。
でも…言わずには、いられない。

「やっぱ待って、汐音!」
「…はい?」

クルリと振り返った彼女の体をドアに押し付ける。
宙に浮いた汐音の手を自分の手で縫いつけると、椿は勢いに任せて唇を奪った。

「…!?つ、椿さん…!?」
「汐音のえっろい妄想を…いつでも現実にしてやるって、さっき言っただろー?」
「…」
「ねえ、汐音?俺が俺の演技をしようと思えたのも、俺らしくいることを選べたことも…。どんな俺でも、汐音が俺のそばにいてくれるって思えたから、なんだよ?」
「…椿さん…」
「俺のこの考え、間違ってないよな…?」
「…はい。」
「ははっ、良かった。…うん、俺さ。梓以上に大切にしたい人ができたんだよ。」
「え…」
「好きだよ、汐音。キミが好きだ。」

はっきりと言われた告白に、汐音は目を大きくして固まってしまった。

「妹としてのキミにも、すっげー萌えるんだけどさ…これからは俺のカノジョになってほしい。」
「わ、たしが…椿さんの彼女、に…?」
「うん。ダメ…?」

優しく頬を撫でながら聞いてくる椿の甘い声に、思考が絡め取られる。
心臓の音が聞こえてしまいそうなぐらい高鳴っているのを浅い息で抑えながら、汐音は不思議な光彩を遠慮がちに見た。

「だ…ダメ、じゃ…ないです…」
「マジで?」
「…でも、椿さんは人気声優で…私は…そこら辺にいる大学生だし…。私なんかで…」
「俺にとっては、一番大切にしたいコだってゆーのが重要でさー。別に立場とか、あんま関係ないっつーか…。」
「でも…」
「汐音はそんな理由じゃ納得できない?汐音が納得するまで、ずっとスキスキ言い続けよっか?」
「だ、大丈夫です!」
「じゃあ、晴れて俺らはコイビトってことでー♪」
「恋人…」
「やべ…俺、今すっげーうれしい、かも。大好き、汐音…」
「椿さん…」
「なあ…これからも、俺の隣で…俺のことだけを見ていて?」
「…はい。ずっと、椿さんのそばにいます。」

はにかむような汐音の笑顔に、椿の笑みが深くなる。
互いの存在を確かめるように重なった唇は、長い間重なったままだった。


2015.11.26. UP




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夢幻泡沫