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2人で生きていきたい

01(12)



「妹ちゃん、ちょっといいかな?」
「…要さん?」
「きみと少し話をしたいんだ。」
「はあ…構いませんけど。」

美和と麟太郎の披露宴の最中に柔らかな笑みを浮かべながら話しかけてきたのは要だった。

「ありがとう。そうだな…あっちに行こうか。」

そう言いながらぬかりなく腰に手を回して押し出した兄に逆らえず、汐音は連行されるように壁際まで移動した。

「…要さん?」
「誤魔化さないで答えてほしい。」
「何を、でしょうか…?」
「きみは…どこまで知っているんだ?」
「…ですから、何を…」
「祈織のことだよ。」

先程までのやわらかい笑みをすっかり隠し、見たこともないような真剣な瞳で正面から切り込む。
要の威圧に汐音の喉がコクリとなった。

「…要、さん…」
「…ごめんね、上から押さえこむような態度を取っていることは分かっているよ。だけど、これは俺にとって最も大事なことなんだ。妹ちゃんの口から本当のことを聞くまで、コレを改めるつもりはないかな。」
「…」
「教えてほしいんだ。…頼むよ。」

痛みに耐えるように眉を下げて汐音を見る要だが、言葉の通り態度を改める様子は見られない。
俯き2、3回ほど視線を揺らした汐音だったが、キュッと唇を噛むと逃してくれそうにない兄を見上げた。

「…祈織くんのことを知っていたわけじゃありません。」
「…本当?」
「はい。祈織くんは私のことを知っていてくれたみたいですけど、私は朝日奈家で初めて祈織くんに会いました。」
「祈織が一方的に知ってたってこと?」
「はい。」
「…そうだね、祈織自身も初めてきみが家に来た時にそう言ってたね。」
「はい。」
「でもまだ納得できないかな。だって、それならさっき見た光景は何?祈織があんなに…何かに縋るような行為をするのは初めて見た。しかもその対象が妹ちゃんだもん。無関係とは思えない。」
「…」
「妹ちゃん?」
「…祈織くんのことは本当に知りませんでした。でも…」
「でも…?」
「…祈織くんの彼女…冬花ちゃんのことは知っています。」
「っ…」

汐音の口から出てきた名前に、要の目が大きく開かれる。
思わず息をのんだ兄に、汐音は悲しそうに眉を寄せた。

「冬花ちゃんのお姉さんと私、仲がいいんです。冬花ちゃんと一緒に遊んだこともあります。だから…冬花ちゃんの事故のことも知っています。でも事故現場を見たわけではないですし、そこまでしか知りません。冬花ちゃんの彼氏が祈織くんだってことも、ごく最近知ったんですから…」
「…それ、本当?」
「はい。」
「それじゃあ、あの光景は?祈織はきみの歌を聴いて肩を震わせていた。きみの歌に跪いていた。いくら聖歌隊で歌ってたからって、いくら本職の声優を驚かせるような歌声だからって、あそこまでできるものなの?」

要の眼光が鋭くなった。
弟を守るためなら、いくらでも自分が悪者になる。
そんな気持ちが汲み取れるような瞳だった。

「以前、祈織くんが話してくれたんです。私の歌を聞いたことがあるのは、彼が中3の時で学校見学の時だったと。それと、高1の時の文化祭だったと。その時に歌った曲をさっき歌いました。祈織くんが反応したのはそのためだと思います。…あの2曲は冬花ちゃんに捧げましたから。」
「そう…」
「私の方が逆に聞きたいです。なぜそこまで祈織くんのことを心配するんですか?人当たりもいいし、品行方正だし、文武両道だし、問題ないじゃないですか。」
「…」
「要さん…?」
「そうだね。祈織は周りの人から見るとそう見えるんだろうね。だけど俺から…いや、俺達家族からすれば…」
「…私は身内ではないですから、分からないって…」
「っ…いや、そうじゃなく…」
「…要さんにしては珍しく失言でしたね。」
「ごめん…」
「いえ、謝ってもらうことではないですが…」
「…俺から見て祈織はまだ立ち直っていないように感じていたんだ。危なっかしいというか、まだどこかで冬花ちゃんのことを…。」
「でも、さっき見た顔はとても落ち着いていたように見えましたが…」
「そうだね…俺がどんなに心を砕いても祈織は…。でもさっきの妹ちゃんの歌で、祈織は振り切れたようだね。正直、複雑な心境だよ。嬉しいのはもちろんだけど、情けないというか悔しいというか…でも本当に嬉しいんだ。…ありがとう、妹ちゃん。」
「…私は何も…歌っただけです。それも冬花ちゃんに向けてであって…」
「でも、ありがとう。祈織の兄として礼を言わせてほしいんだ。」
「要兄さん、彼女が困っているよ。」

頭を下げる要に汐音が対応できないでいると、違う方向から穏やかな声が割って入る。
見れば2人の間で話していた祈織本人がまるで自分が困ってしまっているような微笑みですぐそばに立っていた。

「祈織くんっ…!」
「いお…」
「どうしたの、2人とも。そんなに驚いて。」
「…あの、気配がなかったよ?」
「そう?」
「うん…見事なまでに…」
「いやだな、僕は普通に声をかけただけなのに。それより要兄さん、今度は僕の番だよ。汐音姉さんを…彼女と話がしたいんだ。いいよね?」
「…分かった。俺は母さんに挨拶してくるよ。」

弟にすんなりと場を譲った要は席を外す。
残った祈織は汐音にすっと顔を近づけると笑みを深めた。


2015.08.06. UP




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夢幻泡沫