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2人で生きていきたい

02(13)



「要兄さんに先を越されちゃったけど…ありがとう、本当に。」
「…ううん。さっき要さんにも言ったんだけど、私の方こそありがとう。冬花ちゃんのことを想う時間を共有させてくれて。その…祈織くんは、冬花ちゃんのこと…」
「うん。自分では振り切れていたつもりだったんだけど、周りから見ればまだだったんだね。だけど、君の歌声で思い出として切り替えることができたみたいだよ。」
「六花が言っていたけど、冬花ちゃんはきっと祈織くんのことも見守っていてくれていると思うわ。だから…」
「僕はもう大丈夫だよ。汐音…さんのおかげ。」
「…祈織くん?」

少しの間の後にこれまでと呼び方を変えた祈織に、汐音が戸惑う。
彼女の戸惑いを理解しつつも、祈織は真っ直ぐに汐音を見た。

「うん…もう『姉さん』なんて呼ばない。汐音さん、僕のそばにいてくれないかな?ずっと…僕のそばに。」
「祈織くん…私達は…」
「まだ答えはいらないよ。ゆっくり考えてくれればいいから。」

とりあえず今は仲の良い兄弟で良しとするよ、と綺麗な顔で笑う祈織に汐音の心がざわめいた。

「あ、汐音みっけ。」
「…あ…椿さん。司会、お疲れ様です。」
「ちっ、祈織といたのか。」
「椿兄さん?」
「…なんでもねーよ。…あんがと、汐音。かーさんがキミの歌をリクエストしてるぜ。どーする?」
「美和さんがですか?」
「そー。弥が『おねーちゃんってすっごく歌が上手なんだよー!』ってかーさんに言ったみたいでさ、聴きたいって。」
「できれば遠慮したいです。」
「無理だろーなー。ほら、あっち見てみろよ。」
「…すごくいい笑顔ですね。」
「今日の主役からのリクエストだかんなー。諦めたほうがよさそーだぜ。」
「…分かりました。挨拶がてらリクエスト曲を聞いてきます。」
「おっけー★」

ペコリと頭を下げた汐音を椿は笑顔で見送る。
けれど彼女が招待客に紛れるとその笑顔を消し、祈織を挑戦的に見た。

「…負けないぜ。」
「…そう。僕も降りるつもりはないけど。」
「は!言ってくれるじゃねーか。」
「汐音さんのことだけは譲れないからね。例え兄弟でも。」
「へー、兄弟って考えあったんだ。」
「当たり前だよ。…僕、飲み物取ってくる。椿兄さんも何か飲む?」
「…いらねー。」
「そう。それじゃ、司会がんばってね。」

チクチクと嫌味を言う椿だが、祈織はさらりと受け流してその場を離れる。
あまりに慣れた様な対処の仕方に、椿は唇を噛んだ。



「美和さん。本日はおめでとうございます。」
「汐音ちゃん、ありがとう!それはそうと、歌がとっても上手だって弥から聞いたわよ。ぜひ一曲、歌ってほしいわ。」
「椿さんから聞きました。リクエストがあれば…」
「あら、嬉しいわ!そうねえ、それじゃあ…」

そう言って美和が考えていると汐音の後ろから面白がるような声がした。

「母さん、姉さんに歌ってもらうの?それじゃ、僕がギターでも弾いてあげる。」
「あら、ふーちゃん。ふーちゃんが弾いてくれるなんて嬉しいわ。生伴奏ってなかなかないし、汐音ちゃんもそれでいいわよね?」
「え…まあ…」
「悪いけど、始めたばっかだからそんなにレパートリーないんだ。曲は僕が弾けるのでいいよね?」
「ええ、お任せするわ。」
「じゃあ姉さん、あっちに行こうか。軽く打ち合わせした方がいいでしょ?」

ご機嫌な様子で汐音の手を引っ張ると、風斗は会場スタッフにギターを所望した。

「…どういうつもり?」
「別に。素敵なおねーさん達の相手するのも疲れたし、笑顔振りまくのも飽きたし、そしたら母さんが姉さんの歌を聴きたいって言ってるのを聞いたから。ちょっとしたパフォーマンスだよ。」
「私はそんなつもりないんだけど。」
「姉さんはそのつもりなくても僕はあるの。朝倉風斗はギターも弾けます、って分かれば新しいオファーもくるかもしれないでしょ?可愛い弟を立てるのも姉さんの仕事。」
「…曲は?」
「実際のところ、あんまりレパートリーがないのは事実なんだよね。その中で結婚式に合った曲となると…」

うーんと腕を組みながら考えていた風斗が、ニヤリと笑って汐音の顔を覗き込む。

「定番だし、コードもそんなに難しくないし、僕にも姉さんにもちょうど良さそうなキーだし…アレでいいんじゃない?僕が1番を歌うから、姉さんは2番を歌ってよ。大サビは僕が時々ハモりを入れるから姉さんは最後まで歌いきって。」

どこか浮かれた様なスタッフから営業スマイルでギターを受け取ると、風斗はコードを確認する。
その横でマイクスタンドやら、スポットライトやら、仰々しくなっていくセットに汐音は溜息しか出てこない。
司会の椿や梓までもが面白がって過剰に紹介するものだから、招待客は私語をしないで風斗と汐音に釘づけになっていた。

「姉さん、トチらないでよね。」
「…それなら、今から止めても…」
「冗談でしょ。ここまで注目されてるのに止めるなんて、朝倉風斗がヘタレみたいに思われるじゃん。いいから歌うよ。」

生意気に口角をあげると瞬間的に真剣な瞳でもって無言の会話を始める。
タイミングを計り合ったところで、アコースティックの少しだけ擦れた弦の音の伴奏が流れた。
続けて甘く誘うような風斗の歌声が会場を酔わす。
大人数がいるにもかかわらず、美和と麟太郎の招待客だけあって社会的にマナーを守れる大人達のようだ。
風斗の声にうっとりとしているものの、歓声や奇声を発するような人はいなかった。
それが汐音の番になるとザワリと会場が揺れた。
しっとりと優しく澄んだ声で歌う汐音に、招待客達は互いに顔を見合わせ信じられないと言うように小さく首を振る。
そしてまた歌声の主に視線を戻すのだった。
会場が揺れたのは少しの間。
その後は、他の音で汐音が歌い作り出す世界を壊さないように誰もが口を噤んだ。
ギターの音色と汐音の歌声。
2つの音だけが会場を包む。
わずか数分の余興が終わった後は、爆発的な拍手が湧き上がった。
風斗と顔を見合わせれば純粋に嬉しそうに笑う珍しい姿。
新郎新婦も目を潤ませ幸せそうな笑顔。
兄弟達の顔も笑んでいて、汐音はそれで十分満たされた。



だが…この1週間後、彼女は自分の出自を知ってしまった。


2015.08.27. UP




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夢幻泡沫