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2人で生きていきたい
05(16)
「あ、雪…」
どうりで底冷えすると思った。
窓の外でチラつく白に身を縮める。
あまりマンションにはいたくないが、外へ出るのも億劫だ。
今日は部屋でだらりと過ごそう。
汐音は姿勢を崩しながらクッションに座り、ローテーブルに頭を乗せた。
…この場所は祈織が受験勉強に励んでいたところ。
今頃ほどよい自信を持って試験に臨んでいるはずだ。
帰ってきた彼に会えるだろうか。
…この部屋に寄ってくれるだろうか。
「…バカみたい。自分から会う勇気もないくせに。」
ポツリと呟きテーブルを指でなぞる。
汐音がグズグズとしているところに、不意にケータイが鳴った。
のそりと顔を上げ、着信を確かめると仕事中であるはずの右京からだった。
「もしもし?」
「ああ、つながって良かった。右京です。」
「お疲れ様です。どうかされましたか?」
「はい。急で申し訳ないのですが、今から何か用事はありますか?」
「今からですか?…特にありませんけれど。」
「では、すみませんが一つお願いがあります。城智まで祈織を迎えに行ってくれませんか?」
「迎え…ですか?」
「私が行く予定だったんですが、急用ができてしまって。それでお願いしたいんです。」
「…分かりました。」
「助かります。ありがとう。」
「気にしないでください。正門で待っていればいいですか?」
「いえ、駅で待っていてください。」
被せるような勢いで強く言ってきた右京に、汐音はケータイを耳から離す。
「でも…城智は広いですし、祈織くんがどの駅を使うかも定かではないですし…」
「四谷駅で待っていてくれれば大丈夫です。祈織も帰りには中央線を使うはずですから。」
「…分かりました。」
「すみません。でも引き受けてもらえて、大変助かりました。」
「いえ、気にしないで下さい。行ってきます。」
「ありがとうございます。お気をつけて、よろしくお願いします。」
強い口調だった右京は、最後には申し訳なさそうに通話を切った。
ふと窓の外を見れば、雪の量が確実に増えている。
汐音は身支度を整えると、傘を2本持ってマンションを出た。
四谷駅は電車の遅延のためか人で溢れていた。
右を見ても左を見ても人だらけで、これでは祈織を見つけられるか甚だ疑問だ。
駅で待つように、と右京からは強い口調で言われた。
しかし、会えなかったら元も子もない。
汐音は悩んだ挙句に上智大学まで向かうことにした。
通い慣れた道。
少し歩けば前方に人だかりが見えた。
正門付近で受験生を待つ家族の集団に汐音も加わる。
しばらくすると、正門からキャンパスに向かってまっすぐのびるメインストリートにポツリポツリと人影が現れた。
段々と多くなる受験生の中に汐音は祈織を探す。
だが、なかなか見つけることは出来なかった。
すれ違ってしまったのかも、と若干焦って更にこらした汐音の目がある風景を捕らえた。
受験生を待つ少女。
受験を終えて戻ってくる少年。
学校の正門のそば、雪が降る中で互いに手を振り合う2人。
ハッとした。
…だから右京さんは『駅で待っていてください』と言ったのだ。
いつも冷静な右京さんらしからぬ強い口調で、まるで学校に近づくなといった雰囲気で。
なぜ…なぜ考えもしなかったのだろう。
このままここにいるのは止めたほうがいい。
今から駅に戻って、そこで祈織くんを待っていた方がいい。
後悔が頭を駆け巡る。
唇を噛みしめその場を離れようとした汐音は、まだ祈織がそこにいないことを願ってもう一度メインストリートを見た。
その時、彼女の視線の遠く先で光が瞬いた。
それはやがて細い筋に変わり、汐音に近づくにつれて白い人影へと変わっていく。
同時に、汐音の動きが止まった。
…祈織だった。
「…祈お、り…くん…」
汐音の口から零れた小さな小さな声を聞き取れるはずはない。
けれども、祈織は反応するように彼女の方を見た。
怪訝そうにきょとんとしていた顔が、不意に笑顔に変わる。
汐音の胸がドキンと高鳴った。
なんて笑顔なのだろう。
嬉しさと喜びに溢れている。
かっこいいとか、素敵だとか、そんな次元を超えたカンペキな笑顔だった。
祈織はその笑顔のまま汐音に走り寄った。
肩や髪に積もった雪が辺りに散り、小さなきらめきを生み出す。
綺麗…。
不謹慎ながら汐音は他人事のようにそんな印象を受けたまま動けなかった。
あの笑顔は…私に向けてじゃない。
あれは…
…高鳴った胸が、今は痛い。
間近まで駆け寄ってきた祈織に、汐音は掠れる声で傘を差し出した。
「…お迎えに…きたの。」
その瞬間。
祈織はぴたっと立ち止まった。
汐音を見つめたまま硬直して動かず、手品のようにそれまで浮かんでいた笑顔を消す。
マネキンだってもっと表情があるのでは、と思わせるくらい…何もなかった。
「…違った…」
ほとんど聞き取れないくらいくらいの小さな声で祈織が呟く。
…やっぱり。
あの笑顔は…冬花ちゃんに向けてのものだった。
眉を寄せて俯いてしまった汐音の頭上に、痛々しい声が続く。
「…違う…僕は…」
「…」
「僕は…」
汐音を凝視したままうわ言のように呟く祈織を、汐音は縋るように見上げた。
瞬きをしなかった祈織の目は固く閉じられ、苦しそうな表情だった。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
きっとそれほど経っていないはず。
けれど汐音には永く感じられた。
固く閉じられた祈織の目がゆっくりと開く。
瞳には光が戻ってきていて、それが真っ直ぐに汐音に向けられていた。
「…ただいま、汐音さん。ありがとう、迎えに来てくれて。」
柔らかく温かい微笑みが浮かぶ。
それを見た汐音の目から涙があふれた。
差していた傘が足元に落ちる。
両手で口元を覆い、うまく出てこない言葉を何とか口にしようとしたが出来なかった。
ただ何度も小さく頭を振った。
「…濡れてしまうよ。ほら、傘を差して。」
「…」
「待っていてくれてありがとう。僕はもう…大丈夫。」
「…よか…った…」
2人の距離がなくなる。
汐音がギュ…と祈織にしがみつくと、祈織も汐音のことを愛おしそうに抱きしめた。
きつく…けれど、とても優しく。
「…好きだよ。」
「わ…私も…」
「うん?」
「私も…祈織くんのこと…好き…」
「本当に?」
「うん…好き…」
「ありがとう。ずっと僕の隣にいてくれるよね?」
「うん…」
「ふふ、嬉しいな。」
自分の顔より下にある白い額に唇を寄せると、祈織は汐音の濡れた頬を優しく拭った。
「…さあ、帰ろうか。要兄さんが待っているだろうから。」
「うん。」
スッと手を差し伸べてくる姿は本当にサマになる。
『王子様』らしい動きにクスリと笑いながら、汐音は落とした傘を拾い上げた。
空からは相変わらず冬の花が舞い降りてきている。
それがさっきまでと違ってほんのり温かく感じられた。
2015.10.22. UP
50000HITS記念リクエスト。
聖様からの『椿長編IFで夢主の相手が祈織だったら。』です。
ヤンデレが難しかった…!
すごくすごく難しかったです!!
さすが祈織様。
一筋縄では書かせていただけないのですね…。
少しでも祈織様の雰囲気を出せていればいいなあ。
聖様、長らくお待たせいたしました。
リクエスト、どうもありがとうございました。
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夢幻泡沫