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2人で生きていきたい
04(15)
「なー、梓。」
「なに、椿?」
「最近さー、祈織と汐音がみょーに仲良くねー?」
「え?…ああ、そういえばそうだね。」
「だよなー。くっそー、祈織のヤツ、ホントに汐音を狙ってんのかー。」
「なにそれ?ほんとに?」
「言ったっしょー、かーさんの結婚式の時に祈織が宣戦布告してきたって。」
「ああ、そう言えば言ってたような。」
しなだれかかるように背中に貼りついてくる椿を剥がしながら、梓は溜息をつく。
「仕方ないんじゃない?汐音はいい子だし可愛いし、だから椿だって好きになったんでしょ?」
「そうだけどー。」
「取られるのが嫌だったら頑張るしかないんじゃないの?」
「梓つめたーい。」
さめざめと泣く真似をする椿に、梓は朝から元気なものだと変な感心すらした。
「いいから上に行こう。今日の現場は早いんだから。」
「…そーだな。梓と一緒の仕事、ちょー楽しみ★」
双子がいつもより早い朝食を取ろうとエレベーターを待っていた時、ガチャと音がして他の部屋が開く音がした。
ドアの場所を確認すれば、そこは汐音の部屋。
朝からラッキー★と椿の目が輝く。
が…出てきた人を見て目を見開いたまま固まった。
「…祈、織…」
「…ああ。椿兄さん、梓兄さん、おはよう。」
「なんで、お前が…そこ、汐音の部屋だろ…?」
「うん、汐音さんの部屋だよ。」
「…どーゆーことだっ!?」
「どう言うことって?椿兄さん、汐音さんがまだ寝てるから静かにしてくれないかな?」
「おまっ…!」
「昨日は汐音さんの部屋に泊ったんだ。」
祈織の言葉に椿が握りしめていた拳をブルブルと震わせる。
それを爆発させないようにギュッと包んでから、静観していた梓は弟を見た。
「椿、落ち着いて。祈織、手に持っているのは勉強道具だよね?受験勉強してたってことだよね?」
「そうだよ。一緒のベッドで寝たけど。」
「祈織っ!!」
「椿!まだみんな起きてもないかもしれないから声を抑えて。…祈織、ずいぶんと慣れてる感じがするけど?」
「別に初めてじゃないし。汐音さんのところに泊まること、これまでに何度もあったから。」
祈織の受験が近づくにつれ、彼が汐音の部屋を訪れる回数は頻繁になった。
遅くまで勉強することも増え、流れで泊まることが何回もあった。
約束通り、祈織は汐音が嫌がることをしなかった。
寝ている彼女に『好きだよ、僕のずっと一緒にいて』とただ囁いているだけで…。
「祈織…お前、自分のしてること分かってんのか?」
「…どう捉えるかは椿兄さんの勝手だけど。僕、椿兄さんに言ったはずだよ。」
「あ?」
「譲れない、って。」
「…」
「部屋に戻る。兄さん達はこれから仕事かな?いってらっしゃい。」
涼しい顔をして通り過ぎた祈織を椿は悔しそうに睨みつける。
震えている彼の肩を、梓は宥めるようにポンポンと叩いた。
「勉強してた…って言ってたでしょ。」
「っ…梓は!梓はっ、祈織の言うことを信じんのか!?」
「椿。まだ朝方だよ。」
「けどっ!こんな時間に女の子の…汐音の部屋から出てくるなんて、そーゆーことだろ!?」
「…ほんとのところはどうだか知らないけど、祈織は基本的に嘘をつかないよ。勉強してたって言うんだから、それは間違いないと思う。ただし…」
「勉強なんかどーでもいいんだよ。問題はその後の言葉なんだからっ!」
「そうだね。そこに関しては…」
「くそっ!!」
壁に行き場のない怒りをぶつけながら椿は歯噛みする。
そんな兄を見ながら梓はスマホを取り出した。
このまま上へ行けば母親的存在の兄に何か感づかれてしまうだろう。
それにプロ意識の高い椿なら大丈夫だと思うが、今のままの精神状態では仕事に支障をきたしてしまうかもしれない。
いったん部屋に戻って気持ちを落ち着かせるのが先だな。
梓は怒りの収まらない椿の手を離さないように握りながら、朝食を準備しているであろう兄に連絡を入れた。
夜遅く、いつものようにバイトから帰ってきた汐音の部屋の前には祈織がいた。
「汐音さん。」
「祈織くん…?」
「おかえり。」
「あ、ただいま。」
「僕が思っていたより遅かったね。心配したよ。」
「え、あ…ごめんなさい。」
「ううん、無事に帰ってきたからもういいんだ。」
「…ねえ、祈織くん。こんな時間まで起きてていいの?受験って明日でしょ?」
祈織の志望校は汐音が在学している大学。
夏休みにそれを知ったので、今年の受験日を汐音は把握していた。
「うん、もう寝なくちゃいけないね。だけど、寝る前に汐音さんの顔を見たかったんだ。ずっと一緒に勉強してきたから、見ないで寝るのって何だか落ち着かなくて。」
ふふ、と照れたように表情を緩める祈織に受験前日の緊張感は見られない。
汐音は彼が変に緊張しないようにできるだけ穏やかな声で話しかけた。
「今まで努力してきた祈織くんにはあまり使いたくない言葉だけど…明日、頑張ってね。祈織くんなら余程のヘマをしない限り、きっと合格すると思うわ。」
「ありがとう、汐音さん。やっぱり汐音さんに励ましてもらうと違うな。うん、明日はこれまでの成果を出せるように全力で臨んでくる。」
「いき過ぎる気負いは禁物だよ?」
「ありがとう。ごめんね、遅くに部屋の前で待つような真似しちゃって。」
「ううん。」
「これで安心して寝られそうだ。」
「よかった、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。明日は僕がうまくいくように祈っててほしいな。」
コクリと頷いた汐音に対して満足そうに微笑むと、祈織はもう一度おやすみと言って部屋に戻って行った。
それを見送って汐音も部屋に入ろうとした時、反対側の方からドアが開く音が聞こえてきた。
「…汐音、ちょっといいかな?」
「…椿さん。すみません、うるさくしましたか?」
「あー…いや、そうじゃなくて。」
「え?」
「ちょっと夜の散歩に付き合ってくんない?」
「お散歩、ですか?」
「うん。もう遅いから近くの公園をグルっとしたらおしまい。どーかな?」
「…分かりました。」
「あんがと★じゃー、行こっか。」
椿は嬉しそうに笑うと汐音の手を握った。
夜の公園にはあまり人がいない。
空には星が瞬いていて、その綺麗さに汐音は思わず立ち止まって見上げた。
隣を歩いていた椿も倣うようにして夜空を見上げる。
「…キレーだね。」
「はい。」
返事をした汐音が視線を椿の方に向ければ、笑っているはずの顔がとても悲しそうに見えた。
「…どうかしましたか?」
「え?」
「…笑い切れてませんよ?」
「…」
「椿さん…?」
汐音の言葉に椿は固くなっている笑顔を崩して大きく一つ息を吐くと、ギュ…と彼女に抱きついた。
「つ、椿さん!?」
「…落ちた。」
「え…?」
「オーディション、落ちちゃった。てゆーか、決め打ちだった。」
「決め打ち…」
「あ、知らねー?初めっからキャストが決まってたってこと。」
「…いえ、知ってます。」
「はは、そーだよな。汐音も同業だもんな、知ってっか。…梓だったよ。」
「…うそ…そん…な…」
「それはいーんだよ。真面目な話、演技は梓の方が上なんだ。」
「…」
「聞かされた時、悔しさやら情けなさやらで頭の中がぐちゃぐちゃになって…。まともに梓の顔、見られなかった…。そんな自分にもすげー腹が立って…それで…」
「そうだったんですか…」
「あ、今は大丈夫だかんな。梓にもおめでとうって言ったし、やるって事務所に電話入れるように言っといたし。梓も最高の芝居するって約束してくれたし。」
「…よかったです。」
「心配してくれんのー?あんがと★でもさー、正直なところ、やっぱ悔しーんだよ。だから残念会って名のお散歩、付き合ってくれてうれしい。」
「私でよければ。」
「優しーのな。」
椿が腕に力を込める。
けれど少し震えているようにも感じ、汐音はどうしていいか分からなかった。
すると突然、汐音に回していた腕を緩めて椿は彼女の二の腕を掴んだ。
直後、自分の唇で汐音のそれを包む。
驚きで目を大きくしている彼女の方に凭れかかるように頭を預けると、はぁーと小さく息を吐いた。
「…ごめん。」
「え…い、え…あの…」
「…俺、汐音のことが好きだよ。『妹』じゃなくて、一人の女の子として。」
「っ…」
「汐音は?俺のこと、好き?」
「えっ…え、え…そう、ですね…」
「…それって男として?それともキョーダイとして?」
肩にかかる重みがなくなったと思ったら、目の前に見たこともないほど真剣な瞳の椿がいた。
再び二の腕を両手で掴まれ、視線を逸らすことを許されない。
汐音は体を動かせないまま椿を凝視した。
「…汐音、無理なら無理ってちゃんと断って。キモいならキモいってはっきり言って。」
「…」
「じゃないと俺…いいように取るよ?」
迂闊に肯定的な返事をしてしまった自分が恨めしい。
椿に好意を寄せているのは事実。
だけど、それが異性としてなのかどうかは…
「…その、椿さんのことは…」
「うん。」
「椿さんのことは…好きです。でも…」
頭の中に浮かんでいるのは…椿ではなかった。
汐音をどん底に落としたあの一件から、気がつけば自然と側にいた穏やかな彼。
それまでは椿との方がよっぽど親密だったと言うのに…。
呆れるような自嘲で口が歪む。
それでも…それでも、椿ではなかった。
「…ごめんなさい。一人の男の人としては見られません。」
「…」
「…すみません…」
「…ん、りょーかい。ちゃんと言ってくれてあんがと★」
少しの沈黙の後、眉を下げた椿が笑って両手を離した。
これ以上謝罪の言葉を重ねるのは相手に対して失礼だ。
だけど、他の言葉が見つからない。
汐音は項垂れて地面を見つめるしかできなかった。
「…アイツに勝てねーなんてな…」
ポツリと椿が零す。
タイミング良く吹いた風に耳を取られ、汐音はうまく聞き取れずにパッと顔をあげた。
「何か言いましたか?」
「ん?…いや、なんも。風が吹いてきたし、そろそろ戻るか。汐音が風邪でもひいたりしたら、俺みんなからドヤされちゃうだろーな。」
冷たくなってしまっている彼女の手を握り込み、椿は歩き出す。
体勢が整わないまま動きだされた汐音は、つんのめるようにして後に続く形となった。
「つ、椿さん…その、手…」
「いいっしょー、こんぐらい。おにーちゃんがかーいい妹の冷たい手を温めてやるくらい★」
離す気はさらさらないようだ。
軽く明るい声だったがどこか悲しさは拭いきれていない。
原因の一端は間違いなく自分にあって…。
汐音はされるがままにマンションまで戻った。
2015.10.08. UP
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夢幻泡沫