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可愛くしてあげる

06



やだなあ…。
家に帰りたくないなあ…。

そんな私の気持ちを映したのか、次の朝はどんよりとした雲が空を覆っていた。
学校が休みなのに、なぜ制服を着なければならないのだろう。
…いや、何も持たずに飛び出した私が悪いんだけど。
お世話になった円香一家にお礼を言って、重い足取りで駅へ向かう。
電車に乗り最寄りの駅で降りて、俯き加減で改札を出たところで声を掛けられた。

「絵乃ちゃん。おかえり。」
「…っ…琉生、さん…」
「うん。おかえり。」
「…」
「おかえり、絵乃ちゃん。」
「…た…ただいま…」
「うん、おかえり。」

見たかったような、見たくなかったようなほんわかな笑顔。
改札の前に琉生さんが立っていた。

「絵乃ちゃん、待ってた。一緒に、行こう?」
「…行く?」
「僕のお店。気分転換、しよう?」
「気分…転換ですか?」
「そう。可愛くしてあげる。任せて。」

ゆっくりと寄ってきて、琉生さんは私の手を掴んだ。
…ううん、握った。

「行こう。」

手が離されることはなかった。
琉生さんのお店へ入ると、まずは洋服と大きな鏡の前でレースがたくさん使われた可愛らしいワンピースを体の前に当てられた。
お店のスタッフさんや琉生さんから似合うと絶賛され、ブースで着替えるように言われる。
何でここまでしてもらえるのか分からなかったが、琉生さんの言葉に素直に従い着替えればもう一度絶賛された。
琉生さんのお店は人気店で、琉生さんはそこのカリスマ美容師で。
休日はお店も琉生さんも忙しいはず。
それなのに、着替え終わった私はすんなりとスタイリングチェアに通された。



鏡越しの琉生さんはとても真剣な顔つきだ。
それでも『楽しい』『嬉しい』という雰囲気が感じられ、強張っていた私の気持ちも解されていく。

「…すみませんでした。」
「え?なにが…?」
「昨日の、朝の…ことです…」
「ああ…僕、いなかったから…よく、分からない。いやなこと、あったの?」
「…」
「絵乃ちゃん?」
「いや、と言うか…何と言うか…」
「…よく、分からない?」
「いえ、分かっているんですけど…うまく言葉にできなくて…」
「それなら、話さなくていい。この話は、おしまい。気分、変えよう?気分変えて、家に戻ろう?」
「…はい。」
「うん。」

ニコリと笑ってまた髪に集中する琉生さんにみとれる。
その手つきも、言葉も、気持ちも…

「…好きです。」
「え…?」
「あ、いえっ…何でも…ない…っ!」
「…そう?」

無意識にこぼれてしまった思いに、自分が一番焦る。
あたふたと手を振った勢いで、首まで振ってしまったみたいだ。
琉生さんに両手で柔らかく頭を挟まれて止められる。

「ダメ、動いちゃ。」
「あっ…すみません。」
「もう少しで、終わるから。」
「はい。」

丁寧にブローを始めた琉生さんに任せて目を閉じる。
彼の優しい手に全てを任せれば、次に目を開けた時は違う私が鏡に映るのだろう。
ドギマギとした心を落ち着けるように、何も考えないように努めた。



「はい、できた。目、開けて?」

しばらく経ってから琉生さんの声が頭の上から聞こえてきた。

「うそ…」

琉生さんの言葉にゆっくりと目を開けると、鏡には今まで挑戦したことのない私がいた。

「うん、可愛い。絵乃ちゃん、そういうデザインも合うね。」
「…琉生さんのセンスがいいんですよ。」
「ありがとう。」

嬉しそうに微笑んだ琉生さんはスッと顔を私の顔の横に並べた。
鏡に映った彼の瞳とぶつかる。

「本当に、可愛い。」
「ありがとう、ございます。…あの、さっき言ったことは…」
「…僕も、好きだよ。」
「えっ…!?」
「絵乃ちゃんのこと、好き。…でも、絵乃ちゃんは家族。」

『好き』のフレーズにドキンと心臓が跳ねる。
『家族』のフレーズにドクンと心臓が落ちる。
縫い取られたように動けなくなった視線は、ずっと琉生さんを見たままだった。

「…あ…」
「…今は、ね。」

知らない間に息を詰めていたらしい。
苦しくなった呼吸の合間に聞こえた『今は』のフレーズにバッと琉生さんの方を見れば、困ったように笑っていた。

「でも、絵乃ちゃんは女の子だから。」
「…」
「僕、お兄ちゃんじゃなくなるかも。」
「え…どういう…」

自分の鼓動がうるさい。
バクバクと騒がしい心臓が邪魔。
かろうじて出た疑問に、琉生さんは珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「絵乃ちゃん、女の子。僕…男。家族だけど、家族じゃない。…ね?」
「…あ、の…」

混乱する頭は正常に働いてくれていない。
完璧に動けなくなった私にクスリと笑うと、琉生さんはスタイリングチェアをクルリと回して手を差し出してきた。

「さ、家に帰ろう。みんな、心配してる。右京兄さん、怖いよ?」
「…えー…怖いの、嫌です…」
「大丈夫。僕、隣にいるから。」

…今はまだこのままでいい。
だけど、少しでも希望があるのなら。
琉生さんが言ってくれたことが本当なら。
私は…頑張れそう。


2015.07.09. UP



45000番リクエスト。
匿名希望様より『絵麻妹で、姉と朝日奈家全員に対し少し苦手意識を持っている子。切甘のお相手は、光か琉生』とのことで…
るいるいに挑戦させていただきました。
夢沫では考えられなかったお題に、悩みましたがわりあいしっくりと書けたような気がします。

匿名希望様、お待たせいたしました。
リクエストをどうもありがとうございます。
ご希望通りのお話となっているでしょうか…?




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夢幻泡沫