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オマエのことが好きなんだ

08



持っているスーツの中で、一番のものを着込む。
タバコは捨てた。
ヘッドホンもつけていない。
高級な手土産と、内ポケットにはあの小箱。
棗はゴクリとつばを飲み込むと、重厚な門構えのインターフォンを鳴らした。
幼稚園から大学まで碧山学院に通っていただけあって、彩夏の家は大層立派なものだった。
それだけでも緊張する。
ましてや、今回訪れたのは自分が原因なのだから…。
棗の手には汗が滲んでいた。

「…はい?」
「突然訪ねてきて申し訳ありません。朝日奈棗です。」
「あら、棗君。どうかしたのかしら?」
「彩夏さんと話をしたいのですが…」
「娘と?棗君と娘はもう終わったって聞いてるけど?」
「そのことで、もう一度話がしたいんです。」
「話すこと、ねえ…こちら側としては特にないと思うけれど。」
「そこをなんとかっ!」
「そう言われてもねえ。」
「お願いしますっ!」
「…とりあえず、どうぞお入りください。」

最低限の許可は得られた。
棗はふう…と息を吐き出すと、気合を入れ直した。
建物の中に入るための玄関までに少し歩く。
そこにあったインターホンを鳴らすと、ガチャリとドアが開いた。

「お久し振りね、棗君。」
「はい、ご無沙汰しています。」

彩夏の母親はニッコリと笑っていた。
だが…作りものの笑顔だということは棗でも分かった。

「今回の件で、ご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。」
「そうねえ。彩夏には言ったのだけれど、棗君を尋問する権利は私達にはあるわよね?」
「はい。」
「あら、潔い。」
「俺が原因ですから。でも、それが終わったら俺の話も聞いてくれませんか?」

真剣な表情の棗に、彩夏の母親の顔が柔らかくなる。

「分かったわ。私達両親が同席でよければ、彩夏と話してみる?」
「お願いします。」
「それならこちらへどうぞ。」

スリッパを用意し応接室へ案内しがてら、母親は娘に声をかける。
物音がしたので彩夏はいるらしい。
棗はそれにまずは一安心をした。
手土産を渡し、案内されたソファに腰をかけていると聞き慣れた声が棗の鼓膜を通る。

「お母さん、お客様って…」
「彩夏。」
「…棗…」
「棗君、お話があるんだって。」
「…そう。」
「私達も同席して聞くわ。お父さんを呼んでくるから少し待っててちょうだい。」
「…分かった。飲み物、私が用意しておく。」
「ありがとう、助かるわ。」

キッチンを出ていく母親と入れ替わるように彩夏が応接室から出ていった。
棗は視線で彼女を追ったが、彩夏は彼を見ようともしなかった。



彩夏の家族が揃う。
たった一人、彼女達の前で全てを話すのは相当勇気のいることだった。
だが、彩夏を取り戻したい。
棗は孤立無援の状態で当時の状況や気持ちを偽りなく話した。

「…それですべてかい?」
「はい。」
「棗君の言い分は分かった。だが、娘は…言わば、裏切られた…」
「お父さん!」
「…と私達は思っている。」
「申し訳ありません。」
「確認をするが…娘を嫌いになったわけではないんだね?」
「はい。」
「妹さんに気が漫ろになったのも、一時的なものだと。」
「はい。初めての異性の兄弟に舞い上がってしまいました。それだけです。」
「いわゆる恋愛感情はない、と。」
「はい。」

きっぱりと言い切る棗に、彩夏の両親の雰囲気が和らいだ。

「そうか。娘からは『気持ちのすれ違い』としか聞いていなかったものだから…今の話を聞く限りだと、すれ違いと言うよりも…」
「初めに言いましたが、俺が原因です。本当に申し訳ありませんでした。」

ガバリと頭を下げてきゅっと唇を引き結ぶ。
ここからが大切なのだ。
棗はゆっくりと顔を上げると、彩夏を真正面から見た。

「俺が間違っていた。本当に悪かった。もう一度、やり直してほしい。」
「…」
「もう間違わない。他の女を見ることもない。彩夏だけだ。」
「…」
「俺に責任を取らせてほしい。…腹の子、俺の子だろ?」
「な、つめ…どうして…」
「梓から聞いた。」
「私、言ってない。」
「彩夏の親友から聞いたらしい。…頼む、父親にならせてくれ。腹の子も含め、彩夏と幸せになりたい。」
「棗…」
「結婚、してくれないか?」
「…」

疑心が彩夏にはある。
棗はこうやって断言しているが…。
他の女はこの際どうでもいい。
心配な相手は絵麻。
妹なのだから、これから一生付き合いのある相手なのだ。
今後、またこのような問題が起きてしまったら…?

「…絵麻ちゃんは、妹だから…縁は切れないよ。」
「分かってる。だけど、もう気持ちが向くことはない。彩夏が離れてしまってからやっと…大切さに気がついた。」
「…もう苦しい思いをするのは嫌。」
「ああ…そうだな。俺が悪かった。本当にすまない。」
「…」
「彩夏だけだ。今さらかもしれないが…愛してる。」
「っ…棗…親の、前で…」
「分かってる。だけど、苦手とか言ってる場合じゃない。彩夏と結婚したいんだ。だから、何だってする。」
「棗…」

彩夏の肩が震える。
棗の膝の上で握られた手に力が入った。
内ポケットからあの小箱を取り出すと、開けながら彩夏の前に出した。

「…またつけてくれないか?今度こそ結婚しよう。」
「…次は、ないから。」
「当たり前だ。絶対に次はない。」
「…お父さん、お母さん…わ、たし…」
「あなたの好きなようにしなさい。」
「…ありがとう。心配かけてごめんなさい。…私、棗がいい。」
「彩夏…ありがとう。」
「…棗君、娘を頼むよ。」
「はい。必ず幸せにしてみせます。」
「それは違うわ。家族で幸せを作るのよ。」
「…はいっ!」

棗と彩夏の返事が重なる。
2人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑いあった。


2016.11.10. UP



110000HITS記念リクエスト。
いくこ様からの『付き合いの長い彼女。婚約中に棗の気持ちが絵麻に傾いていくのを感じて離れる。離れられてから目が覚める棗がもう一度プロポーズ』です。
初めに断っておきますが、夢沫はなっくん大好きですっ!!
大好きですが…サイテーだな、コイツ…
サイテーになってしまってゴメンよ、なっくん!
でもさ、でもさっ!
妊娠発覚の時期なんかを考えると…ああなるよ、ね?
え?なるよね!?

いくこ様、長らくお待たせいたしました。
リクエスト、どうもありがとうございました。
なっくん像、壊しちゃっていたら申し訳ありません(汗)




(8/8)


夢幻泡沫