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オマエのことが好きなんだ

07



いつ時間ができるか分からなかったから、連絡なんて入れていない。
椿にも、誰にも何も知らせずに出てきた。
梓は逸る気持ちを押さえてインターフォンを鳴らす。
しばらくすると、ガチャリとドアが開いた。

「…梓。」

不機嫌そうな顔で出た棗が、驚いたように梓を見る。

「久し振りだね、棗。」
「何だ、急に。椿みたいなことするなよ。」
「悪い?とりあえず、中に入れてよ。」
「は?何だよ、藪から棒に。」
「いいから。邪魔するよ。」

脇をすり抜けて入った梓に棗は呆気に取られていたが、諦めたように肩を竦めると玄関を閉めた。

「…随分と部屋がシンプルになったね。」
「まあ、な…」
「棗、このごろマンションに来なくなったね。…さみしがってたよ。」

あえて『誰が』とは言わない。
梓の言葉に棗はピクリと反応したが、目を伏せて自分の世界を狭める。
彩夏が離れていったのが、思った以上に堪えていた。
原因となった自分の気持ちもスッと冷めてしまったようだ。
彩夏が…婚約者が関係の解消を求めるくらい、絵麻に気持ちが揺らいでいたはずなのに…。
いざフリーの身になってみると、ピタリと止まってしまった。
どうしてか分からない。
分からないが、今は後悔ばかりしている。
なぜ、あの時彼女の方を見なかったのか。
なぜ、妹を気にかけるようになってしまったのか。
なぜ、彩夏だけを見ようとしなかったのか。
妹に執着しようとする気力も、新しい彼女を作ろうという気力もなくなった。
何も考えたくなくて、仕事に集中して全てを忘れたかった。
だけど…彩夏を忘れられない。

「…俺、おりるわ。」

やがて聞こえてきたポソリとした声に、梓は棗を見た。

「…それ、本心?」
「ああ。」
「…そう。じゃあ…」

そう言うと、梓は棗の頭を思い切りグーで殴った。

「いっ…てえな!なんだよ、いきなりっ!!」
「そりゃグーだからね。ねえ、棗…彩夏ちゃんと婚約解消した日、ナマでした挙句にナカに出したんだって?」
「っ、ごほっ…ごほ、ごほっ!おっ、オマエっ…何で、それを…」

痛い頭をまぎらすためかカップに口をつけた棗に、梓はオブラートに包まずに聞く。
その内容に思い切り咽た棗は、涙を溜めながら驚いたように目を大きくした。

「…ほんとだったんだ。棗…キミってサイテー。」
「…」
「ちょっと前に同窓会があってね。初めは仕事でダメだったんだけど、都合がついたから行ったんだ。」
「…同窓会…」
「彩夏ちゃんと会った。」
「…そうか。オマエら同級生だったな。彩夏、元気だったか?」
「棗、振られたんでしょ?未練でもあるの?」
「…」
「まあ、いいけど。…調子、あんまり良くなさそうだったよ。」
「は?何で…」
「お酒、飲んでなかった。」
「え…?彩夏、が?」
「そう。それに、彩夏ちゃんの親友がキミのこと恨むって。許さないって息巻いてたよ。」
「…あの彩夏大好き人間か。」
「あのね、そんなことどうでもいいでしょ。ここまで話して分からない?」
「…」
「棗?」
「…薄々は…」

頭を抱えるように項垂れると、棗は大きく息を吐き出した。
覚えはある。
だが、はっきりと知ってしまうのが怖かった。

「薄々、ね。ねえ、はっきり言ってもいい?」
「…」
「それなら、京兄に連絡入れようか?」
「まっ、待てっ!!」
「じゃあ、どうするの?」
「…」
「…彩夏ちゃん、仕事やめたんだって。一人暮らしも。」
「…あ、のバカっ…!なんで話さないんだ…っ!」
「棗がバカだからでしょ。救いようのない大バカ、だから。」

もう一発、兄から拳がとんでくる。
棗は避けることなくそれを受け入れた。

「僕、帰るね。」
「…梓。」
「なに?」
「サンキュー。目が覚めた。」
「…あんまり長引くようなら、京兄に告げ口するから。」

背中越しに梓が脅迫まがいのことを言う。
だが、その声は穏やかなものだった。


2016.10.20. UP




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夢幻泡沫