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chanson du thème

 Je voudrais crier pour vous aimer. 



「三井!」

体育館でバスケットゴールを揺らしていると、明るく高い声が俺を呼んだ。

「おつかれ。」
「おう、遅くまで残ってるんだな。」
「それを言うなら三井こそ。最後まで頑張ってるじゃん。」

入口から手を上げている姿にドキッとする。
いつからコイツのことが気になりはじめたんだっけか。
気が付けば、俺の視線はコイツのことばかり追っていた。

「大会が近いからな。今までの分のツケが結構溜まってるんだよ。」
「三井、不良だったからねー。」
「うっせえ。お前の方こそどうなんだよ。」
「私?バッチリに決まってるでしょ!」
「ハイハイ、よかったな。」
「もうっ、心が込もってない。」
「込めてるよ、バーカ!」

汗を拭きながら自然と緩む頬を隠せば、タオルの向こうにふくれっ面が見える。
だけどすぐに小さく笑うと、手に持っていたペットボトルを高く放り投げた。

「ぅおっ!」
「バスケ部でしょ?それぐらいキャッチキャッチ!」
「何だよ!?その『バスケ部でしょ?』って理屈はっ!」

描かれている放物線の先を予測してしっかりとキャッチすれば、『さすが』なんてのんきな感想を言われる。

「危ねーだろ。」
「余裕そうに見えたんですけど?差し入れ、頑張ってね。」
「…おう。」
「明日、学校に遅刻しちゃダメだよ?」
「分かってる。」
「サボりもダメだからね?」
「わーってる!さっさと帰れよ、もう遅いんだから。」
「あははっ、三井もいいところで切り上げるんだよ?試合前に体を壊しちゃ、元も子もないんだから。それじゃ、お先。」

楽しそうにケラケラと笑うと、一つに高く結んだ髪を揺らしてアイツは踵を返した。



江川舞は俺のことを恐いと思ってないらしい。
自分で言うのもなんだがちょっと前まで徳男達とつるんでいた俺は、学校からも目をつけられているようないわゆる不良ってヤツだった。
それなのに、江川は他のヤツらと同様に俺に接してきた。
アイツは風紀委員長をやっていて校則違反ばっかやってた俺に、やれ髪を切れだの、やれ毎日学校に来いだの、タバコはやめろ(断じて俺は吸ってない!)、ケンカをするなと顔を合わせるたびにやかましく注意していた。
江川じゃなきゃとっくにキレて手を出していただろう。
それなのに、なぜかアイツに手を出す気にはならなかった。
だが少しぐらいは仕返しをしてやろうと、密かにチャンスを窺っていたことがある。
アイツのことを慕って人が集まるのか、江川はだいたい誰かと一緒に行動することが多い。
だから、一人になったところをちょっと絡んで恐い思いをさせてやればいい。
そう思っていた。
ある日、江川が一人で歩いているところを見かけた。
チャンスだとばかりに少し離れてついて行くと、フラフラと何かを探しているようだった。
すれ違う友達に声をかけられると、元気に手を上げて応える。
けれど、周りに誰もいなくなると眉が下がった。
そんなことをしているうちに、体育小屋の裏にふらりと入って行った。
誰もいないのなら好都合。
足音をたてないようにそっと近づいた俺は、江川を見た瞬間に動けなくなった。
あの江川が泣いていた。
声を出すわけでもなく、ただひっそりと涙を流していた。
そこで何で俺も泣きたくなったんだろうな。
結局俺は何にもせず、何とも言えない気持ちで踵を返した。
後からの噂で聞いたところによると、練習試合の成績があまりよくなかったらしい。
だが、それでからかう気もバカにする気も起きなかった。
それから少しして、俺はバスケ部に復帰した。



「おはよ、三井。間にあうじゃん、エライエライ。」
「っせーな。毎日同じことばっか言いやがって。ちゃんと来てるだろ。」
「ふーん…数週間前のキミに聞かせたいセリフだねぇ。」
「…モウシワケアリマセンデシタ。」
「なに、その片言。」

学校へ行くのはバスケをするため。
それまでの授業はかったるい。
革靴を引きずるように歩いていた俺の肩が熱を帯びる。
振り返らなくても分かる、俺なんかよりもずっと高い声。
肩に触れた俺なんかよりもずっと小さい手。
からかうような褒められ方に思わず悪態をつけば、逆らえないような一言が切り返される。
物怖じしない明るさが好きだ。
誰にも負けない強さが嫌いだ。
こっそりと泣く弱さが好きだ。
少し意地悪なところが嫌いだ。
ちょっとした優しさが好きだ。
他の男と平等な態度が嫌いだ。
…なんでこんなに江川のことばかり考えてしまうのか分からない。
大体、コイツは俺のことをどう思ってるんだ!?
だって、ほら。
自分から声をかけてきたくせに、俺が捕まえる前に先に行っちまうんだぜ。
思わず伸ばした手はアイツの腕には届かない。

「三井、また教室でね。」
「…おう。」
「今日、数学で当たるでしょ?後で答え合わせしよう。」
「げっ…」
「…忘れたの?じゃあいいや、他の子とするから。」
「いやいや、そこで俺を見捨てる意味が分かんねえ。」
「言葉は正しく使った方がいいですよ、三井クン?」
「…」
「ふーん?まあ、いいけど。それじゃ。」
「…ノートを見せてください、江川舞サマ。」
「素直でよろしい。」

あははっと弾けるような笑い声が眩しい。
俺が目を細めて立ち止まると、江川は後でねとアイツの友達の方へ走って行ってしまった。



午前の授業がようやく終わって、待望の昼休み。
昼休みも練習をしたくて弁当を片手に体育館へ行く。
チーッスと声を出しながら中に入れば、赤木と江川が話していた。
真面目な瞳で互いに納得したように頷き合っている姿に、チリチリと胸が焦げる。

「…あ、三井も来たな。」
「んだよ、来ちゃ悪いのかよ。」
「いや、大会前なんだ。俺も練習をした方がいいと思ってさ。それに…俺や赤木だけじゃないけどな。」

木暮が視線を動かした方を見ると、宮城や桜木がステージで飯を食っていた。
フロアでは既に流川が自主練を始めている。

「お、三井。」
「よう。」
「お前も来たか。」
「悪いかよ。…それより、江川と何を話していたんだ?」
「ああ、コートの話だ。女子バドミントン部も大会前だとかで、昼休みに練習をしたいそうだ。こっちも向こうも部員が全員来るわけじゃないから、半分ずつ使おうってことになった。」
「ふーん…」
「そんなことより早く飯を食え。練習する時間がなくなるぞ。」
「分かってる。」

赤木に急かされるようにステージに上がれば、宮城や桜木が汚い挨拶をしてくる。

「…口ん中のモンがなくなってからしゃべれよ。」
「細けーなー。んなことよりミッチー、あっちのコート見てみろよ。女バドだぞ。」
「ああ、みたいだな。」
「三井サン、なにスカしてんすか。女バドって言えば、美人ぞろいじゃないっすか。」
「あ?」
「特にスタメンだろ、リョーチン?ちなみにリョーチンの好みはどれだ?アヤコさん以外で。」
「バドミントン部にスタメンなんてねえだろ。レギュラーって言えよ。」
「リョーチンも細けーなー。ほれ、いいから言いなって。」
「…江川センパイ。」
「おっ、リョーチンもか!」
「ってことは、花道もか!」

宮城と桜木は顔を見合わせると、スクラムを組みそうな勢いでにいっと笑い合った。

「江川センパイを見てると元気になるんだよなー。」
「すっげーかわいーしな。」
「風紀で引っ掛かっても、こっちの話をちゃんと聞いてくれるし。」
「見ろよ、あの脚。たまんねーな。」
「おい、花道…。変態になってるぞ。」
「そー思うだろ、リョーチン?」
「たまんねーな!」

ギャハハと下品に笑う2人に呆れるが、気持ちは分からないでもない。
練習をしてから昼飯にするつもりなのか、安全対策の境界ネットの向こうで江川達は練習をしていた。
江川は個人種目で関東大会の常連らしい。
ラケットを振るたびにビュンビュンと空気を切る音が聞こえてくる。
シャトルのスピードも目で追いかけるのが大変なぐらいだ。
トレードマークの一つに結ばれている髪も踊るように揺れていて、真剣な目は鋭い。
あんな真面目な顔は初めて見たかもしれない。

「三井サン、手が止まってるっすよ。」
「なんだ、ミッチーも江川センパイ狙いか。」
「…うっせー。さっさと飯食って練習すんぞ。」

ニヤニヤしている2人に突っ込まれ、俺は江川から視線を外すと飯をかき込んだ。



「あ、三井。これから練習するの?」
「ああ。」
「食べたあとなのに?すごいね、頑張って。」
「おう。お前はもう食ったのか?」
「これから。バスケ部の勇姿を見ながらランチとしゃれこむよ。」
「邪魔すんなよ。」
「するわけないでしょ。あ、シュート外したらヤジ飛ばすかも。」
「それが邪魔なんだよ。」
「外さなきゃいいじゃん。」

相変わらずの明るい声で笑いながら、女バドの仲間達と舞台へ行く江川とすれ違う。
俺達にとっちゃ何でもない会話も、女バドの他のヤツらには驚きだったみたいだ。
あの三井君とよく話せるねとか、恐くないの?とか…まあ、当然の反応が小さく聞こえてきた。
それに対してあっけらかんと笑いながら、恐い?何で?と答えるアイツに、自然と口の端が上がる。
俺達が練習を始めたら、本当に見てきやがった。
きっと江川は何気なく見てるんだろうが、その視線の先が気になる。
俺を見てるのか、他のヤツを見てるのか…。
俺がシュートを決めれば、『ナイッシュー!』と高い掛け声が飛ぶ。
他のヤツが決めても高い声は飛んでくる。
俺だけが一喜一憂してバカみたいだ。
アイツは…江川は俺のこと、どう思ってんだろうか…

「すごかったねえ、三井。シュート全部入ってた!」
「…たまたまだろ。」
「違うでしょ。放課後練習の賜物でしょ。スタメンが自信持たなくてどうするの?」
「…」

コイツのこういうところが好きだ。
試合前にナーバスになってる時にこういうことを言われたら、誰だって気持ちが軽くなるだろ?

「大会、週末って赤木君から聞いたよ。今度はどことなの?」
「翔陽。」
「翔陽?」
「去年の神奈川ナンバー2だよ。」
「…ご愁傷さま。」
「てめっ!負けるとか決めつけんなっ!!」
「冗談よ、冗談。ごめんね。頑張れ!」

軽口をたたき合える関係が楽しい。
でも、この関係を壊してしまいたい。



翔陽には勝った。
だが、その先のリーグ戦で神奈川ナンバー1…いや、全国強豪の海南に敗れた。
その上、赤木が足を負傷してしまった。
崖っぷちってヤツだ。
一週間後に待っている陵南戦に向けて必要以上に気負ってしまっている。
上手く入らないシュート練習にイライラしながらも、何もしないわけにもいかずにボールを放ち続ける。
…悪循環だ。
だが、どうすりゃいい!?
自棄になって投げ捨てるように打ったシュートは、やはり不快な音を残して床に落ちていった。

「大丈夫?」

転がるボールを拾い上げたのは江川だった。
珍しく表情が曇っている。

「…何だよ。」
「不安定になってる。…自分で分かってるでしょ?」
「だから何だってんだよ!?俺はやらなきゃいけねえんだ!邪魔すんな!!」
「そんな状態で練習したっていい結果は出ないよ。三井なら分かるでしょ。」
「うるせえっ!!」
「…少し休んだら?はい、差し入れ。」
「…いらねえよ。」
「じゃあここに置いておく。…怪我、しないようにね。」

何て言おうか迷ったのか、少し躊躇った後で江川がポソリと言った。
アイツらしくねえ。
どんな時でもはっきり言うヤツが…。
てか…八つ当たりするなんてサイテーだな、俺。

「三井の気持ち…分かるつもり。先に進まなきゃいけないのに、状態がよくなくて。だけどじっとしていられないし、かと言って焦るだけで…。スポーツやっている人なら、大小の差はあるだろうけど絶対に経験したことあるだろうから。でも、無理しないで。」
「…」
「三井、深呼吸。」
「…」
「ほら、一休憩。」
「…悪い。」
「いいの。気にしないで。」

ニッコリと笑ってペットボトルを差し出す江川に、俺は首の後ろに手をやりながら受け取った。
江川は俺を見るわけでもなく、体育館の入り口に座って空を見上げている。
会話はなかったが、俺にはそれがありがたかった。

「…俺、もう少し練習してくわ。」
「うん。リラックス、ね?」
「おう。」

ムリヤリ止めないのは、きっと江川もスポーツをやっているから。
『勝ちたい』と言う気持ちが分かるから。
だから、代わりに深呼吸だの、休憩だの、リラックスだの…気分転換を口にしたんだろう。
…俺に気を遣っているのか。
そんなことしてもらえる立場じゃねえのにな。
散々面倒かけて、さっきは八つ当たりまでしちまったんだから。
でも…嬉しい。
照れくさいが、嬉しい。
そんな江川が好きだ。
言ってしまいたい。
自分の気持ちを。
俺の気持ちを受け止めてほしい。
見つめるだけの毎日なんてもうゴメンだ。

「…江川。」
「なに?」
「陵南に勝ったら…全国が決まったらお前に言いたいことがある。」
「いま言えば?」
「いや…今はまだ言えねえ。」
「…なんなの?」
「まだ言えねえんだって。なあ…試合、見に来ねえか?」
「試合?」
「ああ、陵南戦。今週末にあるんだ。」
「三井はスタメン?」
「ああ。」
「活躍する?」
「ああ、絶対に!」
「…分かった。だけど、無様な姿を見たらすぐに帰るからね?」
「大丈夫だ、お前は最後までいることになるぜ。」
「うわっ、自信過剰。」
「見てろよ、最後までしっかりと。そんでもって、その後で俺の話を聞け。」

ニヤリと笑いながら言えば、江川も朗らかに笑う。
ホント、見てろよ!
ぜってー俺の気持ちを届けてみせてやるっ!!


2015.04.02. UP




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夢幻泡沫