Main



本当にほしいと思うもの

01



少し前までは可愛らしい少年の顔立ちをしていて、お茶の間に笑顔を振りまいていた。
年上のお姉様方に好かれる天真爛漫キャラで、所属するグループ内でも確かな人気をモノにしていて。
成長した今は女性の目を惹きつける魅惑の大人びた表情をするようになり。
だけど本人はアイドルよりも役者を目指していて、演技について独学で勉強している努力家。
それがfortteの朝倉風斗。
つまり、朝日奈家12男の朝日奈風斗である。
チラリとバックミラーを見れば、眼鏡越しに閉じられた瞼が見える。
もちろん眼鏡はダテである。
それに加え、車内だと言うのに帽子にマスク。
どれだけ周囲に気を配ればいいのか。
絵美は胸の中で『お疲れ様』と護衛対象を労った。



実は2人は同じ家に住む。
と言うのも、風斗の母親と絵美の父親が再婚したからだ。
風斗はたくさんいる男兄弟の中に2人の姉妹が増え。
絵美はたった一人の妹だけだったのに13人も兄弟が増え。
多少の戸惑いもあったが、2人はあまり家に帰らない仕事をしているので気にも留めなかった。
それよりも、別の場所での出会いの方が驚いた。
風斗が所属しているジェイムズ・エンターテインメント社に呼び出されてみれば、そこに見知った顔があった。

「…何でアンタがここにいんの?」
「仕事よ、ふーたん。」
「ちょっ!?アンタ、バカなの!?こんなとこでチビみたいな呼び方しないでよ!」

焦る風斗の前で声を出さずに笑う絵美に、風斗の機嫌が一気に悪くなる。

「…てか、何?全員呼び出すなんて。」
「お前達の新しいボディーガードを紹介する。」
「は?」
「今までいたうちの一人が契約満了で交代する事になった。朝日奈絵美さんだ。」
「朝日奈絵美と申します。よろしくお願い致します。」
「朝日奈…」

fortteのリーダーの呟きに、マネジャーが反応する。

「そうだ、赤星。名前の通り、風斗のお姉さんに当たる。」

軽く頭を下げながら、絵美も赤星をはじめメンバーをぐるりと見て言う。

「弟がいつもお世話になっております。こちらのグループに身内はいますが、仕事には関係ありません。みなさんもどうぞそのつもりで接して下さい。」
「とまあ、しっかりしている方でな。経歴も中々のものだ。これまで以上に安心できると思う。」
「誠意を持って、務めさせていただきます。」

こうして絵美と風斗の奇妙な関係が出来上がった。
義姉と義弟。
ボディーガードとアイドル。
クライアント側のジェイムズ・エンターテインメント社にしてみれば、こんなに都合のよい人材はいない。
おはようからおやすみまで、24時間体制で側にいても何ら問題がないのだから。
自然な流れで、絵美はソロ活動をする際は風斗の専属となった。



「風斗、着いたよ。」
「…ああ、姉さんの運転は揺れないからつい寝ちゃうね。」
「日本は平和だから、無謀な運転をする必要がないもん。お疲れ様。」
「姉さんも御苦労様。リビングで待ってる。」
「ハイハイ。リクエストは?」
「雑穀の雑炊。カロリー控えめで。」
「了解。うがい、手洗い、しっかりね。」
「僕、コドモじゃないんだけど。」

帽子を深くかぶり直してチラリと辺りを確認すると、風斗は素早くマンションに消える。
それをしっかりと見送って、絵美も車を少し離れた駐車場に移動させた。
足早にマンションに入り、リビングに顔を出せば…。

「たかだか10分ちょっとで、何でそんなに機嫌が悪くなってるの?」
「…別に。」
「風斗は俺がいるから気に食わないんだよな。」
「うるさい。オカマはオカマらしく、女装でもして『ワタシ』とか言ってればあ?」
「風斗。ひかるんも久し振りに帰ってきたんだから、そんなこと言わないの。」

生意気な口をきく義弟を咎めると、機嫌がさらに悪化する。

「ひかるん、久し振り。珍しいね、マンションに来るなんて。」
「ちょっと思い立ってな。京兄に急に来るなって嫌な顔をされた。」
「どうせまた右京さんをからかったんでしょ。」
「ご明察。」
「ちょっと姉さん!オカマなんてどうでもいいから早く作ってよ。ほんとは夜遅くになんか食べたくないんだから。」
「ハイハイ。ちょっと待っててね。」

絵美はジャケットを脱いでキッチンに行き、冷蔵庫の中を確認する。
冷凍しておいた雑穀米、数種類の野菜やキノコ類、卵に調味料を取り出すと、袖をまくって準備を始めた。

「絵美ってボディーガードだよな?」
「うん。」
「ボディーガードって料理までするもんなの?」
「いや?あんまりしないんじゃないかな?」
「じゃあ風斗の我が儘になんか付き合うなよ。」
「オカマには関係ないでしょ。」

キッチンを覗き込んできた光が呆れたように肩を竦めて言えば、風斗がすかさずピシャリと口を挟む。

「まあ…別に料理は嫌いじゃないし、体型を気にしている人の側にいたからその手の料理も知ってるし、風斗はカワイイ弟だし?あ、ひかるんも食べる?」
「お。それならご相伴に預かろうかな。」
「畏まりました、なんてね。向こうで座ってれば?」
「いや、綺麗なお姉様を口説こうかと思って。」
「そう言うのはかなかなの専売特許でしょ。」
「そうでもないぜ。俺、イタリアによく行くし、ノワール作家だし。」
「関係ない事ばっか。」
「男女のアレコレも要に負けないと思うけど?」
「他の男と比べている時点でアウト。」

くつりと笑う絵美に合わせて光も笑う。
それを疎ましげに見ていた風斗は、視界を遮るように目を閉じた。


2017.04.17. UP




(1/6)


夢幻泡沫