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それは、甘い
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「…えっ!?今の、まりちゃんだよねっ!?」
慶次の言葉に、ようやくみんなが我を取り戻す。
「…だ、な。驚いた。」
「雰囲気が全く違ったぞ。」
「そうだね〜。何かきりっとしてて、侍女頭って感じだった。」
まりが行ってしまった後の玄関の方向を見ながら、慶次と元親がキッチンに寄ってきて興奮したように感想を言い合う。
「すっごい綺麗だったと思わないかい!?」
「いや〜、女の子ってすごいね〜。」
「あれ、化粧してたな。」
「うん。」
「義姉上を思い出したぞ…」
「お、竜の右目の姉上は別嬪さんなのかい?」
「…節操ねえな、風来坊。てめえなんざと近づきになりたくねえぞ。」
「つれないこと言うねー。でもさ、まりちゃんって素顔は可愛らしいのに化粧をすると麗容で…驚いちゃった。」
「やはり、まりはどこかの姫御前ではないのか?」
「くくっ、面白えなあ。いい女だ、ますます気に入った。」
「アンタら…そんな簡単に女に騙されていいの〜?風来坊はともかく、奥州と四国が心配だな〜。」
「武田の忍びはまだそんなこと言ってんのかい?まりちゃん、綺麗だったじゃないか。それに、こんなに俺達によくしてくれてるじゃないか。」
「綺麗だったね〜。ほんと、俺様ビックリ!女の子って化粧一つでああも印象が変わるんだね〜。…一つ賢くなったよ。」
「てめえ…」
「まりちゃんってさ〜、可愛いし綺麗だよね〜。優しいし、賢いし、面倒見いいし、いい女。風采も文句ないし、反応だっていいし…男として見逃すのは惜しいかな〜。」
「猿飛っ!!」
「…冗談だって、鬼の旦那。そんな怖い顔しないでよ〜。」
「…てめえは冗談が過ぎるんだ。いいから朝餉の支度をするぞ。前田と長曾我部は向こうに行ってろ。」
「ちっ…」
「ほら、元親。あっち行こう。朝餉が遅くなっちゃう。」
「…ああ。」
4対の目が獲物を狙う獣のように瞬光を灯す。
どこかピリッとした空気の中、慶次と元親はキッチンからリビングに戻った。
戻る際に残る2人に牽制するような視線を送って。
それを受けて立つようににやりと笑うと、小十郎と佐助も互いに一つ鋭い眼差しを投げて朝食の支度に無言で戻った。
「まえだどの、 さきほどの おなごは まりどので ござろう?」
「ん?そうだよー。女の子って化粧をすると変わるもんだねー。」
「めの まわりが きらきらで ござった。」
「唇にもつやがあったな。」
「化粧も我らの時代とは違うのだな。」
「お、松寿もしっかり見てたのか?お前だけ洗面所に入って行ってたしな。まりの裸も見たか?」
「下世話な話をするでない、馬鹿鬼。」
「馬鹿じゃねえぞ。男としては大事なところだよなあ、梵天丸。」
「…答える必要はない。」
「はっ… は、 はだ…か… はれんちですぞっ、 ちょうそかべどのっ!!」
「ははっ。男ってのはそういうもんじゃねえか。」
「竜の右目の姉上に似てるんだって。そうなのかい、梵天丸?」
「まりと喜多…似てないぞ。」
「あれ?竜の右目と言ってることが違うや。」
「まりの方が若い。まりの方が全てにおいて甘い。まりの方が…きれいだ。」
「…へー、そうなんだ。いいこと聞いた。」
「ぼんてんまるどの! まりどのは あまい かたでは なく、 おやさしいので ござる!」
「…」
弁丸が梵天丸に食ってかかる。
前のめりに抗議をしてくる弁丸をじっと見た後、梵天丸はふいと顔を背けた。
なおも言い募ろうとする弁丸の鼻をいい匂いが刺激した。
「あさげっ!!」
「うわっ、急に立ち上がらないでくれます?こぼしちゃうでしょ、弁丸様。それに鬼の旦那と風来坊、弁丸様に変な事吹き込まないでよね〜。」
「梵天丸様にも、だ。」
両手に皿を持った小十郎と佐助が眉を顰めながらテーブルに朝食を並べていく。
「出来たよ。」
「うむ! さすけ、 それがしも てつだうで ござる。」
「え?いいよ、弁丸様。まりちゃんの手前、黙ってたけどさ〜。弁丸様がそんなことする必要なんかないんだって。」
「いや、 まりどのとの やくそく だからな。 まりどのの おやくに たてることは、 なんでも いたす。 さあ、 しょうじゅまるどの。 はこぶで ござるぞ。」
「我に指図するでない。分かっておるわ。」
「…おれも運ぶ。」
「梵天丸様?」
「あさげの支度を手伝ってないから。」
「おおっ、 ぼんてんまるどのも てつだうので ござるか? では、 まいりましょうぞ。」
「ああ。」
「…は〜、向こうじゃ考えられないことだよね〜。城主様自ら膳を運ぶなんてさ〜。」
「全くだ。」
「アンタらは?手伝わないの?」
「俺の仕事は洗濯だからな。」
「俺は風呂掃除。」
「城主でもないのにいい身分だな。」
「ちょっと待て!俺は城主だぞ、一応。」
「一応、だろう。」
「いいじゃん、いいじゃん。まりちゃんがこっちでは身分なんてないって言ってたもん。」
「都合のいい解釈をするな。」
「全くだよ〜。」
その間にも子供達が朝食をせっせと運び。
「食うか。」
小十郎の一言に弁丸が『いただきますでござる!』と元気に箸を取った。
「…まりどのは いつ おかえりに なるので ごさろう?」
「さっき出てったばかりでしょ、弁丸様。」
「されど…」
「夕餉は必要ねえって言ってたから、それよりは遅いんじゃねえか?」
「なんと! では、 まりどのと ともに ふろへ はいれぬでは ないか!」
「…どらいやーもないのか?」
「梵天丸様、俺が致します故。」
「…お前とまりでは違う。」
「そっかー、まりちゃんのどらいやあはないんだ。残念だなー。」
「ちょっと、みんな!今からそんなんでどうするの!?まだ朝餉だよ?」
「そうだな。梵天丸様、朝餉を終えましたら素読を致しましょう。」
「…」
「あ、右目の旦那!弁丸様も一緒にお願いできる?俺様、その間に片付けとか掃除とかしちゃうから。」
「仕方ねえ。」
「んじゃ、俺達も食ったら働くとするか。」
「だねー、元親。」
まりから頼まれた仕事はしっかりとこなす。
それが今の自分達にできること。
武将達の新しい一日は、こうして始まった。
2018.03.26. UP
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夢幻泡沫