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それは、甘い

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さて、と。
また1週間が始まるんだなぁ…。
頭痛がするのは気のせいじゃない。
けど、原因は分かっているから。
軽く頭を振って覚醒させると、大きく体を伸ばした。
階下で物音がしてるってことは、今日もみんな起きてるの?
早いことですね。
まだいたら、と思って梵天君達の部屋をノックしても返事がない。

「入りますよ…っと。」

開けてみてもやっぱり2人ともいなかった。
よし、お布団はちゃんと畳んである。
会社へ着ていく服を選び、ストッキングも用意し、気乗りしないまま階段を下りる。

「おはようございます。」
「おっ、今日は早いんだな。」
「おはよう、元親さん。…準備があるからね。小十郎さん、朝ご飯お任せしていいですか?」
「ああ。」
「助かります。あ、これから洗面所を占拠します。」
「は?」
「入ってこないでくださいね。」

マジで。
女の変身中は見るもんじゃない。
呆気にとられているみんなを残し、一人洗面所へ。
顔を洗い、化粧水と乳液を叩き込む。
…なんて時間はないから、オールインワンで時短。
ホント、オールインワン様々だよ。
化粧下地までついてるからね、私が使ってるのは。
それからベースメイク、これはBBクリーム様々。
目指すは仕事のできる女風メイク。
パーツメイクに入るかとポーチをごそごそしていると、ドアが無遠慮に開きかけた。
思わず足をつっかえ棒の代わりに勢いよく出す。

「…何ぞ。」
「松寿!?」
「ああ。手を洗いに来た。入れよ。」
「あのねぇ、入りたい時はノックして。マナーだよ。」
「のっくとは何ぞ?」
「あれ…教えなかった?」
「知らぬ。」
「あぁ、それはごめんね。開ける前に扉をトントンって叩くの。『入ってもいいですか?』の合…」

トントン。

「入れよ。」
「…最後まで言わせてよ。松寿だけ?」
「ああ。」

松寿だけなら、まぁいっか。

「どうぞ。」
「ふん。まり、朝から何を…」
「え?お出かけの準備。松寿は?お日様を詣でてたの?」
「…」
「終わって手を洗いに来たの?偉いね。」
「…」
「松寿?」
「…」

…何で反応がないのよ。
鏡を見ながらの問いかけに返事がなく、しょうがなしに松寿の方を見る。
時間がないって言うのに!
あら、松寿の目がまんまる。

「松寿?」
「…」
「手を洗いに来たんでしょ?」
「…あ…ああ。」
「占領しちゃってごめんね。どうぞ。」

端の方にどきながらお化粧を続けていると、ぎこちない動きで松寿が手を洗い始めた。
子供っていいなぁ。
つるっつるの卵肌だもんね。
これで何にもしてないんでしょ?
ズルい!羨ましい!!
手が自然と松寿の頬を撫でる。

「っ…何ぞ…っ!?」
「いやぁ、つるつるのお肌で羨ましいなぁって思って。」
「…」
「若いっていいよねぇ。特権だよねぇ。大事にするんだよ?」
「…『若い』と言う言葉を使う辺り、貴様は若くないと認めておるのだな。」
「うっ…」
「…」
「ヒドい…ホントのことだけど…っ、ひゃっ!?」
「…まりも滑らかではないか。」
「え?」
「いかほどのものかと思うてみれば。我と大して変わらぬ。」

うわっ、松寿が背伸びしてほっぺたを触ってる!?
ふん、とすぐに離されちゃったけど。
え、これアレだよね!?

「…ごちそう様です。」
「は?何を見当違いな事を申しておる。阿呆か。」
「いやぁ、朝から松寿のデレをいただけるとは。いい事あるかも!」
「…ふん。女子は化粧一つで変わるものなのだな。気をつけねば。」
「松寿?」
「まりよ、時間はよいのか?」
「あっ、そうだよ!松寿、着替えるから出てって!!」
「ふん。忙しのない。」

スピードアップしないと!
洗面台に置かれた時計と睨めっこしながら、着替えて髪を纏めて。
アクセサリーを付けて急いで洗面所から出た。
バタバタと自分の部屋へ戻って、荷物を纏めて慌ただしく階段を下りる。

「小十郎さん!」
「…」
「小十郎さん!?」
「っあ、ああ…何だ?」
「もう行きますね。昨日言ったこと、よろしくお願いします。」
「…朝餉は?」
「要りません。夕飯も遅くなるので要りません。夜遅くなるので、みなさんは先に寝ててください。」

洗面所を出てきた時から感じる視線に、後ろを振り返る。

「分かった?先に寝ててね。」
「…」
「それから、約束守ってね。」
「…」
「ちょっと!聞いてるの!?」
「…」
「あぁ、もうっ!時間がないのに!小十郎さん!あとの事、よろしくお願いします。」
「…ああ。」
「じゃ、いってきます。」

誰に見送られるわけでもなくガチャリと玄関を開ける。
あぁ、とても心配だよ。


2018.03.12. UP




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夢幻泡沫