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それは、甘い
37
朝一番に動き出すのは、俺様か右目の旦那。
俺様は身支度を整えて、必ず褥からはみ出している弁丸様を戻して。
厨へ行き、れいぞうこの中を確認する。
それが、ここに来てからの日課になった。
「まりのやつ、また食ってねえのか。」
右目の旦那の独り言に、俺様も小さく息を吐く。
らっぷをかけてれいぞうこに入れとけば、一日ぐらいはもつ。
そう教えられた通りにしてある皿を載せた盆は、俺様が入れといた昨日のままの状態でそこにある。
丁寧な文字の手紙が添えられてるんだけど、用意しておいた夕餉に手をつけた形跡は一切ない。
『用意してくれてありがとうございます。帰りが遅くなったので、食べずに寝ます。せっかく作ってくれたのに、すみません。 まり』
てさ、毎日同じ短い文。
そりゃ〜、遅くなってるのは知ってるよ?
たぶん俺様だけじゃなくて、右目の旦那も、鬼の旦那も、風来坊も。
仕事に行くようになってから、まりちゃんは家で全く食べなくなってしまった。
朝早くから夜遅くまでの仕事って、一体なんなの?
この世界の女は、みんなそんなに働いてるの?
『夕飯は要らない』って言われてるから、作らなくてもいいんだろうけど。
もし早く帰ってきた時にまりちゃんの分だけないってのも、ねえ?
一応、俺様達はこの家に置いてもらってるわけだし。
一文も払わずに生活させてもらってるわけだし。
子供達もすっごい懐いてるわけだし。
弁丸様はともかく、あのクセ者揃いの子供達に言うこと聞かせるってすごいよね。
あっちの世界に戻れるまでに盗んでおかなきゃ。
そんなこんなだから、俺様なりに譲歩して愛想よく接してあげてるのに。
まりちゃんの態度は俺様にだけ違う。
最初に首を絞めたから?
れいぷとやらをしそうになったから?
そんなの、しょうがないじゃん。
俺様、忍びなんだよ。
弁丸様を守る為なら何だってするのが、俺様の仕事でしょ。
「まりちゃんさー、風呂にも入ってないよね?」
あ、やっぱり気がついてる。
どんなに深く眠っていても、物音がしたり動く気配を感じたりすれば意識をそっちに向けてしまう。
俺様達はそういう世界で生きてきたから。
風来坊の言葉に、鬼の旦那が俺様をじろりと睨んだ。
うわ〜っ、恐ろしい。
「…いい加減にしたらどうだ?」
「何のこと〜?」
「まりのこと、疑ったままだろ?」
「え?佐助まだ疑ってんの!?」
「ちょっと!それ、ずっと気になってたんだけどさ〜。風来坊に『佐助』なんて呼ばれたくない!」
「いいじゃん、今さらだろ?細かいことは気にすんなって!」
「まったく、調子のいい…」
「なあ、猿飛。こんだけよくしてもらってるんだ。そろそろ気ぃ許してもいい頃合いだろ?」
「そうは言ってもさ〜、俺様忍びだし。身に染みついちゃってるものは中々ね〜。」
「…猿飛。」
「ん〜?なに、右目の旦那?」
「まりが仕事に行っている時に、好きなだけ家捜ししたんだろう?怪しいもんはあったか?」
「…」
「猿飛。」
「…なかったね。」
「…それなら、まりに対する態度を改めろ。子供達は気付いてねえだろうが、てめえとまりの間は殺伐としてるぞ。」
「それ、俺様が出してるんじゃないし〜。」
「お前が原因だろうがっ!まりがどんだけ気ぃ遣ってるか、分かんねえのか!?」
「まりちゃん、いい娘じゃん。それは佐助だって認めてるんだろ?」
「まあね〜。」
「なら、もっと仲良くすればいいのに。『命短し。人よ、恋せよ』ってねー!」
「ふ〜ん?俺様が落としてもいいんだ?」
ま〜、確かに。
化粧してなくても可愛かったし。
化粧すれば綺麗だったし。
風呂場では嬌姿も見たし。
アレは是非とも続きをシたいね〜。
俺様以外に対する態度を見てても、きつそうなところはないし。
弁丸様や子供達に気付かせないように、俺様とも他のヤツらと変わらない程度に話してるし。
そこに気を許したような雑談がないだけ。
打ち解けたら案外可愛く思えるかも。
「お前っ…」
「…それを決めるのはまりだろう?言っておくが、この中じゃ一番てめえがあり得ねえからな。」
「へ〜。右目の旦那も気になってんだ?」
「てめえには関係ねえ。」
「おっ、いいねー。恋の花が咲くかい?」
「風来坊は少し黙ってろ。」
あら、右目の旦那ってば。
ちょっと焦ってんじゃない?
「とにかく、まりは食ってねえ。それから…おそらく寝てねえだろう?」
「…ああ。」
へ〜、そこも気付いてたんだ。
アンタらみんな、まりちゃんのこと気に入ってんだね。
首を縦に振った鬼の旦那と風来坊に軽く目を瞠る。
だって、まりちゃんの部屋はちゃんと電気が消えてるから。
物音もほとんどたってないから。
それなのに気付くって。
よっぽどじゃない?
「食わねえ、寝ねえ…となると、いつ倒れてもおかしくねえぞ。」
「それに加えて、まりちゃん働いてるしね。」
「…何が言いたいのさ。」
「お前のその態度をどうにかしろって言ってんだ!」
「俺様は仲良く過ごしてもいいんだけどね〜。まりちゃんが嫌なんじゃないの?」
…なんて、強がりを言ってみるけど。
ほんとは後悔してる。
あんなに脅さなきゃよかったって。
次々と打ち解けてくアンタらを見てると、俺様バカみたいじゃん。
一人だけ強情張ってるみたいで。
納得いくまで疑うべき。
でも、まりちゃんの笑顔を向けてほしいって思うことも…。
…あ〜あ。
こんなに自分の気持ちを持て余すなんて想像もしなかった。
忍びは情を捨て去らなきゃいけないのに。
「…俺様、忍び失格かも。」
「ん?何か言ったかい?」
「…いや。何でもないよ。」
この世界はほんとに平和で…
嫌になる。
2018.04.09. UP
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夢幻泡沫