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それは、甘い

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一週間、という考えがあるとまりに教わった。
平日は働いて、休日は休む。
『休日出勤なんてものもあるけどねぇ…』と、苦笑しながら言ってたが。
かれんだーには規則正しく文字が並んでいて、黒い文字が平日らしい。
青い文字と赤い文字は休日。
今日は横一列に並んでいる黒い文字の最後の日。
明日は青い文字。
まりが休みだといいんだが…。
かれんだーを見ながら考えていると、小さな音が玄関から聞こえた。
まりが帰ってきたんだ。
今日も随分と遅い。
そっと開いた扉に向かい声をかける。

「まり、戻ったか?」
「…元親さん。起きてたの?」

恐る恐るといった感じで扉から覗いてきたまりが、驚いたように声を上げた。
それから他の奴等が寝ているのを思い出したのか、慌てて近寄ってきて小さな声で話し始めた。

「部屋の電気がついているから何だろうって思った。」
「まりが帰ってくるのを待ってた。」
「なに?何かあった?」
「いや、そういうわけじゃねえけど。」
「それなら、明日でもよかったんじゃない?遅いから待たなくていいって言ったのに。いつもなら、この時間はもう寝てるでしょ?」
「まあな。」
「じゃあ、ほら。今日は遅いからもう寝て。」
「まり、夕餉は?片倉達が作ってたぞ。」
「…遅くなるからいらないって言ったのに。」
「食わねえのか?」
「今から食べたら太っちゃうでしょ。残念だけど、食べません!」
「風呂は?」
「今日は入らない。元親さん、寝ないの?」
「ついでだから、お前を待ってようと思って。」
「なに、それ。」

くすくすと小さく笑うと、まりは洗面所へ行った。
後ろ姿を見ながら、深いため息が出る。
まりの奴、随分と疲れてそうだ。
顔色も…化粧で隠しているがよくねえ。
もう一度深く息を吐き出すと、洗面所へ向かう。
入るぞと声をかけて開ければ、まりが驚いたように俺を見た。

「急に開けないでよ。なに?」
「…顔色が悪い。」
「…そんなことないでしょ。」
「少しやつれてる。」
「…まぁ、仕事疲れるからね。」
「風呂に入れば疲れが取れるんだろ?入れよ。」
「もう遅いから…」
「あのなあ、もうずっと入ってねえだろ?」
「大丈夫。会社でシャワー浴びてるから。」
「飯も全然食ってねえ。」
「会社で食べてる。」
「寝てねえ!」
「電車の中で寝てる。」

なんだ、それ!?
そんな言葉、信じられるわけねえだろ!?

「誤魔化すな!そんなんじゃ倒れるぞ!?」
「大丈夫。」
「大丈夫そうに見えねえから言ってんだろ!」
「…だって!」

唇を噛みながらまりが声を荒げる。
きっ!と俺を睨みあげる。
それが、あの時のまりと重なってぞくりとした感覚が背中を伝った。

「何だよ?」
「…」
「言ってみろ。」
「…猿飛佐助がいるんだから、お風呂になんて入れるわけないでしょ!?猿飛佐助が作ったんだから、ご飯なんて食べれるわけない!猿飛佐助がいるんだから、寝れるわけないでしょ!!」
「…」
「レイプされるかもしれない、毒を盛られるかもしれない、殺されるかもしれない!そんな不安の中で生活なんてできるわけない!何で私が我慢しなきゃいけないの!?ここは私の家なのに!!」
「まり…」
「この世界では命のやり取りなんて滅多にないのに!家が一番くつろげる場所のはずなのに!私は平穏に暮らしたいだけなのにっ!!」

…やっぱり考えてた通りだ。
猿飛がまりに不安を与えていた。
それを見せないように、まりは自分を抑えていたんだ。
握りしめた拳が震えている。
俯いた頭も震えている。
俺は怖がらせないように目の前にある小さな頭に手を置いた。
普段は野郎共が相手だから加減が難しいが、出来るだけ柔らかくまりを撫でる。

「…悪かったな。」
「ちがっ…違う、元親さんが悪いんじゃない。」

はっと息をのんだのが聞こえた。
勢い良く上がった顔の、大きな瞳が俺を見上げる。
それから萎れるように垂れ下がった眉が、また俯いた頭で隠れた。

「だがな…」
「…ごめんなさい。八つ当たりした。元親さんは悪くない。」
「…」
「こうなるって覚悟して受け入れたつもりだったんだけど…足りなかったね。」
「…いや。俺達にもまりにも、この状況は不可抗力すぎるだろ。まりがああ思うのも仕方ねえよ。」
「…」
「お前の猿飛に対する態度だって仕方ねえところもある。女には怖えよな?まして、この時代に忍びはいねえんだろ?恐怖だよな。」
「…」
「猿飛を止められねえで悪かった。」
「…元親さん、イケメンすぎる。」

ふっとまりの体から緊張が消えるのが分かった。
俺がまりの頭にまた手を置くと、そのまま困ったように小さく笑って俺を見てくる。

「なあ、風呂入れよ。」
「でも…」
「俺がここで見張っててやる。」
「…」
「猿飛も、もうあんなことしないと思うぞ。」
「…分かった。」

頷いたまりを見て、洗面所を出ていく。
少しでも気持ちが落ち着くといいんだが。
自分の思いを抑えて、自分を誤魔化して。
そんなのは辛いだけじゃねえか。
俺達がここにいるせいだって言うのなら。
俺は…俺が、まりを楽にしてやりてえ。


2018.04.16. UP




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夢幻泡沫