
Main
それは、甘い
54
あいつ等の中から俺を選んでくれたことが妙に嬉しかった。
まりに言われた通り、指定された時間に以前着物を買った店へ行く。
鈴沢様からお話は聞いています、と近寄ってきた店員にすべてを任せれば…。
頭までいじられ、全身を鏡にうつされ。
いつもと違う自分にむず痒かったが、そのままでんしゃに乗って待ち合わせの駅まで行った。
改札で待っていてください。
まりの言葉通り、その場で待つ。
そんなに時間は経たなかった。
まりが向こうから近付いてきたが、その格好に目を瞠った。
朝の支度とは違う。
今まで見たことねえ華やかな格好だった。
肌の露出が気にはなったが、いやらしさは微塵も感じず。
周囲にいた男共がまりを見ている。
いや、女もだ。
それほど、まりは綺麗だった。
なぜか途中で止まってしまったまりに近づいていけば、あちこちで聞こえる溜息の数々。
「小十郎さんが素敵だからですよ。」
違うだろう?
まりに見惚れているんだ。
何故わからない。
目が離せなくて、側から離れたくなくて、手を繋ぐ。
でんしゃの中では腰を引き寄せた。
照れている顔も可愛くて、少しからかってやればむきになる顔も可愛くて。
腕を差し出せば、自然に絡めてくる。
…随分と男慣れしてやがるな。
一体どれだけの男を虜にしてきたんだか…。
楽しみにしていたと言うこんさあとの時は、俺が隣にいるのを忘れたかのように前だけを見ていた。
真剣に聴いている横顔が、きらきらとした瞳が、美しかった。
二人だけの時間をもっと過ごしたくて、夕餉の誘いに乗る。
料理も酒も美味い。
だが、まりといる時間の方が貴重だと思った。
俺が何で長曾我部との共寝を止めろと言ったか分かるか?
てめえが他の男と寝ているのが気に食わなかったんだ。
しかも安心できるって、俺以外の男に心を落ち着けるなんざ許さねえ。
猿飛にきつく言っておくか。
腹ん中でそんな事を考えていると、まりがぐらりと揺れた。
「おい、大丈夫か?」
「うふふっ、大丈夫ですよぉ。」
「…少し酒が過ぎたんじゃねえか?」
「そんなことないですよぉ。今、すごく気分いいんです!」
それを過ぎたって言うんだろうが。
「もうやめておけ。」
「イヤですよぅ。小十郎さんとサシで飲むなんて久し振りじゃないですかぁ。小十郎さんも飲んでください。」
「おい!酒がこぼれる。勿体ねえ。」
「じゃあ、そんな遠くにいないで側に来てくださぁい。」
力を入れてない手つきで隣をぺしりと叩くまりに軽く息を吐く。
向かい合わせに座っていたが、この分だといつ倒れるか分かったもんじゃねえ。
まりの隣に座り直すと、『はい、どぉぞ』と舌ったらずな喋り方で酌をされた。
「今日はいっぱい飲んでも大丈夫なんですから、楽しみましょ?」
「…まあな。」
「私、梵があんなに元気な子だって思いませんでした。」
「梵天丸様が仰っていた。『おれはりゅうになる』と。てめえと約束したらしいじゃねえか。」
「おっ、梵てば覚えててくれたんだぁ。」
「何の話をしたんだ?」
「あれ?聞かないんじゃなかったんでしたっけ?」
「…」
「あははっ、拗ねないでください。」
「…拗ねてねえ。」
こくりとまりの喉が鳴る。
ぐらすを空にしたまりは、それを弄ぶように机の上でくるくると回した。
「鯉の滝登りの話をしたんですよ。」
「…登竜門か?」
「はい。梵にも言ったんですけど、周りの厳しい環境に負けないで頑張る鯉が梵みたいだなって思うんです。」
「そうか。」
「梵なら大成してくれそうじゃないですか?梵はデキる子だと思うんですよねぇ。」
徳利からぐらすに酒を注いで、まりがまた口に含む。
…何度か晩酌を付き合って思ったが、こいつ強いな。
今だって、一体どれくらい空けているんだ?
呆れ半分で俺もぐらすを空にすると、まりがすかさず注いでくる。
それを一口飲んだのを見て、まりが俺に寄りかかってきた。
「…おい。」
「ふふっ。小十郎さん、逞しい。」
まりの体から力が抜けているのが分かった。
いい仲でもない男の前でそんなに無防備になるんじゃねえ。
避けたら寝そべってしまうであろうまりに、仕方なく脇から腕を回す。
「優しいなぁ、小十郎さん。」
「支えなければ倒れるんだろう?」
「そうですねぇ。もう、力はいんないや。」
くすくすと笑っているまりの体が温かい。
酒が入っているせいだと分かっていても、俺の体が反応しそうで酒を呷って誤魔化す。
「…家に来た子達はいい子ばかりですよね。梵も弁も松寿も。このまま大きくなってほしいなぁ。」
「…」
「小十郎さんはみんなが大きくなった姿を知ってるんですよね?知りたいような、知りたくないような…」
ふわりとまりが笑う。
体は完全に俺に預けた状態だ。
「…うん、やっぱ知らなくていいや。どんな大人になっても、あの子達はあの子達のままだし。」
「どいつも立派にやってる。…特に政宗様は、な。」
「ふふっ、小十郎さんは子煩悩ですねぇ。」
「っ…俺が主と認めるのは、政宗様だけだ。」
「うんうん、そうですねぇ。」
「てめえ、馬鹿にしているだろう!?」
「してませんよぉ?麗しい主従関係だなぁって感心してるんですぅ。」
「それが馬鹿にしてるって言うんだ。」
呆れながら吐いた俺の言葉に、先程から笑いっぱなしのまりが笑みを一層深める。
笑い上戸なのか?
だが初めの頃の無理を重ねた顔より、今の方がいい。
まりは笑った顔が似合う。
「梵にも言ったんですけど、小十郎さんもここではただの男ですからね。武人とか、従者だとか関係なく、一人の男として生活してください。」
「…」
「ここは命のやり取りをしないでも生きられるんです。向こうに戻ったらこっちみたいに気楽にできないでしょう?だから、ここにいる間は肩の力を抜いてこっちの生活を楽しんでほしいなぁ。」
「…ただの男としてか?」
「そう。」
「一人の男として…」
「はい。」
…それなら。
男としててめえに接していいなら。
寄りかかっているまりの顎を掬い、唇を重ねる。
何度か重ねてから舌で誘うと、すんなりと応えてきた。
2018.08.06. UP
← * →
(54/96)
夢幻泡沫