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それは、甘い
96
夏休明け。
ありがたくも社会復帰をすれば、早々に残業続きの毎日で。
今日も今日とて遅くなってしまった帰路に溜息をつきつつ。
家に近づくにつれ、違和感を覚えた。
玄関前でそれは強くなり…。
だって、灯りがついていない。
鍵を回して玄関に入っても、そこは暗闇で。
いつもだったらガチャリと鳴った音に誰かしら反応して玄関まで出迎えてくれるのに、それもなく。
「ただいまぁ。」
声を掛けても反応はない。
と言うか、自分の声が小さく反響したのにビクリと肩が震えた。
「…みんな、いないの?」
みんなで買い物?
それともどこか行った?
…こんな遅くまで?
玄関の電気をつければ、そこには7組の靴が綺麗に並べられていて。
それは違うと教えてくれた。
…だったら、もう寝てるの?
珍しい事もあるものだ。
そう思って音を立てないように気をつけながらリビングに入っていく。
みんなで囲んでいるテーブルには、故郷で撮った写真を整理したアルバムが広げた状態で置かれていて。
更に首を捻った。
だって、小十郎さんや佐助さんが出しっ放しをスルーするなんて。
冷蔵庫を開ければ、私の分の夕飯は用意されていなく。
いや、そもそも夕飯を作った形跡がない。
じゃあ、一体…?
静かに階段を上り切ったところで唖然とした。
部屋の扉はどこも開いているのに、武将ズの姿がない。
上がってきた時とは逆にダダダッと音が出るのも構わず駆け下り、リビングの窓から庭に飛び出ても誰もいなく。
「え、ウソ…みんな、どこに…?」
サッと頭を過ぎった考えに、冷たい汗が背中を流れた。
…落ち着け。
状況をしっかり整理しろ。
靴はあるから外出をしているわけではない。
家の中にも庭にもいない。
何者かと争った様な形跡もない。
どこかに隠れている…わけでもない。
しらみつぶしに一部屋ずつ、それこそクローゼットや押し入れの中まで確認をしたが。
「…と、なる…と…やっ、ぱり…?」
どこか確信をしていた考えがどんどん脳内を支配していく。
彼らは、突然やってきた。
と言うことは、当然いなくなることもあるだろう。
…突然に。
戻ったのではないのか、武将ズの世界へ。
「…ホント、に?」
にわかに信じられなくて、家の中を何度も探し回る。
一人ずつ名前を呼んで。
『ここだよ』って返事を期待して。
…だけど、いくら呼んでも返ってこなかった。
喉が痛くて、足も疲れて、一息入れようとキッチンで水を飲む。
何の気なしにリビングに目をやって、視界に入ってきたのは隅に畳まれていた彼らの服。
ついでだし、各部屋に置いておくかとまた階段を上る。
部屋ごとに分けたところで、元親の洋服が散らばっているのが気になってさっと纏めれば…。
…なかった。
彼らが初めに着ていた着物が。
慌てて他の人の洋服もチェックする。
が、やはり着物だけなかった。
すとん…と胸に何かが落ちる。
帰ったのだ、元の世界に。
よかったではないか。
武将ズは早く戻りたいと願っていたし、私も平穏に暮らしたいと願っていたのだから。
「ふふ…」
小さく乾いた笑いが零れる。
呆気ないなぁ。
まるで夢を見ていたみたい。
随分と長かったけど。
そうだよね、パラレル的な逆トリなんてあり得ないもんね。
その割には随分とリアルだったけど。
ふらりと立ち上がって洗面所へ行く。
そこからはいつも通りのルーティーンだった。
メイクを落として、部屋着に着替えて、シャワーを浴びて。
何かを食べる気にはなれず、そのままベッドに入って目を閉じた。
朝起きて、会社へ行き、スーパーのお総菜を夕飯に食べ、ベッドで眠る。
変わり映えのしない毎日を無為に過ごしていたある日、実家から厚い封筒が送られてきた。
中身を確認すると、お祭りの写真がたくさん入っていて。
アルバムに足さなきゃ、とリビングに置きっ放しだったアルバムを開いた。
余っているポケットにどんどん入れていき、埋まっていく空白がなくなったところで。
今まで見向きもしなかったアルバムを最初のページから見ようと思った。
数ページめくったところで、不自然に空いている個所を見つける。
これは私のスマホのデータを印刷したものだから、とスマホの画像と見比べながらチェックしていって。
…視界がぼやけた。
不自然に抜け落ちたそこは、7枚分。
一人ずつ2ショットを収めた部分だった。
「な、んで…」
どうしてそれだけ綺麗になくなっているのだろう。
他の写真は残っているのに。
画像だって残っているのに。
実家のデジカメにだって残っているのに。
あぁ、でも…。
「夢…じゃ、ない。夢じゃなかった。いたんだよね…弁も、梵も、松寿も…元親も、慶次も、小十郎さんも、佐助さんも…。」
一緒に過ごしていた。
戸惑いもあったし、諍いもあったし、信用されてもいなかったけど。
戻りたいと願い、帰ってほしいと願っていたけど。
一緒に過ごしていたんだ。
涙は止まらず、写真を濡らさないようにするのが難しい。
だけど、不思議と口角は上がっていて。
「ふふ…現実は小説よりも奇なり、か…」
彼らは元気でいるのだろうか。
協定は結ばれたままなのだろうか。
それとも、覇権争いでしのぎを削り合っているのだろうか。
「…生きているよね、きっと。」
たったひと夏の思い出。
それは、甘い。
けれど、苦しい。
今の私には…何かが足りない。
だけど、胸には温かいものが溢れている。
2025.08.04. UP
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夢幻泡沫