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それは、甘い

番外編



「長!今までどこに行っていたのですか!?」

風に揺られるようにふらりと戻った佐助に、忍隊の者が慌てて駆けつける。

「…ん〜、ちょっとね。弁丸様、いる?」
「弁丸、様…」
「…あ〜、ごめんごめん。真田の旦那はどこ?」
「幸村様でしたら執務室におられますが…」
『了〜解』と返事をしてまたふらりと揺れた佐助に、忍隊の眉間が険しくなった。

いつもの隊長とはどこか違う。
あれはもしかして…と密かに後をつけようとしたところで、くるりと振り返られ体が固まった。

「…心配しなくても、俺様だよ。己の任務を遂行しろ。」
「…は。」

低くなった佐助の声音に姿勢を正すと、その姿は一瞬で掻き消える。
それを見届けて、佐助は己が主がいる部屋へと向かった。

「…だ〜んな、猿飛佐助、ただ今帰参致しましたってね。」
「っ、佐助!?お主、今まで便りもなくどこで何をしておったのだ!?
 もしや、危うい目にでも遭うておったのか!?」
「落ち着いて、旦那。大丈夫、全然危なくなかったから。」
「なれば…」
「…まりちゃんに会ってた。」
「っ…!」

己の忍びが無事であることに安堵していた顔が、驚きに染まる。
それからゆっくりと笑んだ。

「…そうか。ご健勝であられたか?」
「うん。旦那のこと、猫っ可愛がりしてたよ。」
「まり殿はお優しい方ゆえ。」
「旦那が幼い頃、まりちゃんの話を俺様だけに話してくれてたの…やっと理解した。」
「そうであろう?お主は夢だの御伽だのと散々小馬鹿にしておったがな。」
「だって仕方ないでしょ〜、信じられなかったんだから。」

そう言って懐から取り出した紙に目を細める佐助に、横から覗き見て幸村の目もまた細まる。

「…楽しかったね。」
「ああ。…お主、今日は休め。」
「な〜に言ってんの!充分ゆっくり休んできたんだから、ばりばり働きますって。
 これ以上減給にされてたまるかっての!」
「ふっ。なれば、この地へ赴き…」

ねえ、まりちゃん。
弁丸様はこんなに立派になったよ。



「梵天丸様!この小十郎、死をもってお詫び申し上げたく!」
「…Hey, 俺は餓鬼じゃねえぞ。」

突然部屋にやってきたかと思ったら。
低頭して穏やかではないことを口にする小十郎に、政宗は眉を顰めてその頭を見つめた。

「…取りあえず、頭を上げろ。」
「…」
「どうしたんだよ、急に。『梵天丸』なんていつ以来だ?」
「…申し訳ございませぬ。」
「そもそもお前、急に姿を眩ましたらしいじぇねえか。珍しく喜多が慌てて
 報告に来て、今の小十郎みてえに腹を切ってお詫びするとか騒いでたぞ。」
「…」
「喜多を怒らすなよ、怖えんだから。」
「…申し訳ございませぬ。義姉上には、既に…」
「Ha, 説教は喰らって来たかってか?」
「はい。」
「『急に姿を眩ました』、『なかなか戻ってこない』、『梵天丸』…
 考えられるのは一つだ。まりに会ってきたな?」
「はい。」
「いい女だったろ?」
「はい。」
「あいつがいたから、今の俺があるんだ。まりと龍になる約束をしているからな。」
「…政宗様がお小さい頃、ある日を境に何事においても前向きに捉えられる
 ようになったこと…疑問に思っておりましたが、ようやく答えを得ました。」

懐から紙を取り出し少し見つめた後、政宗の方へ見せるように置いた小十郎の顔は穏やかだった。
それを持ち上げじっと見る政宗の顔も、また同じく。

「…So beautiful.」
「は…?」
「綺麗だって言ったんだよ。幼心に『こいつの期待を裏切っちゃいけねえ』と覚悟を決めたもんだ。」
「はっ。」
「…なあ、小十郎。俺は龍になったか?」
「…まだまだにございますぞ、政宗様。奥州に留まらず天下を統一し、善政を布いてこそ…
 それがまりの望む龍でありましょう。今の政宗様は、まだ滝を前にしている鯉にございます。」
「Ha, 上等だ。小十郎、北を制圧するぞ。支度にかかれ。」
「はっ!」

なあ、まり。
梵天丸様はこんなに逞しくなられたぞ。



「兄貴!どこへ行ってやした!?」
「悪いな、野郎共。四国はどうなってる?」
「何とか保っておりやす。」
「そうか、上出来だ。松寿…毛利の野郎は?」
「それが不思議でさあ。兄貴が不在だと知られた途端、一度は瀬戸内を渡って
 来やしたんですがね。何があったのか、何もしかけずに安芸へ帰って行きやした。」
「…そうか。」

あいつにも人の情ってもんがあったんだな。
安芸の方向を眺めてそんな事を思ってから、元親は懐から取り出した紙をしみじみと眺める。
その柔らかい表情に、家臣の一人が戸惑いながらも聞いた。

「…兄貴、それは?」
「ん?そうだなあ…鬼の宝ってとこだな。」
「宝、でやすか…?」
「ああ。大切な宝だ。」

ふっと口角を上げた元親はまた懐にそれをしまうと、だんっと足を鳴らして立ち上がる。

「野郎共!」
「おおっ!」
「毛利の野郎に挨拶に行くぜっ!」
「っ、兄貴ー!!」
「派手にかますぞ、準備をしろっ!!」
「兄貴ーっ!!」

なあ、まり。
松寿がお前の言葉を覚えていたぜ。



「お、慶ちゃん。久し振りだねー。」
「うん、おっちゃん。久し振りー!」
「京から離れてどこへ行ってたんだい?」
「…祭りを見に行ってたんだ。華やかで、勇ましくて、すっげー楽しい祭り。」
「ほーっ、京の祭り以外にもそんなのがあるのかい!?」
「京の祭りに負けてなかったよ。すっげー楽しかった!」
「そりゃ、こっちも負けてられないなー。どうだい、慶ちゃん。また近々祭りをしようじゃないか。」
「うんっ。俺、準備から張り切っちゃうぜ!」

その日の夜、宿屋で懐から取り出したのは…あの世界から戻る瞬間にとっさに掴んだ紙。

ねえ、まりちゃん。
俺、戻ってきたよ。
竜の右目も、佐助も、元親も。
弁丸だって、梵天丸だって、松寿丸だって。
きっとこの紙を…しゃしんを持って戻ってきている。
まりちゃんを想う。
その大切な証として…。


2026.08.03. UP




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夢幻泡沫