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con amore

01



音楽の妖精と波長が合ったとか何とかで、半ば強引に参加する羽目になった学内コンクール。
正直、楽しかった。
参加してよかったと思える。
自分から避けて拒んで…逃げていた俺が、音楽の道に戻ることもできた。
けれど、どこか物足りないのも否めなくて。
そんな時に聴いたのが、あいつの音だった。
静かで、深くて、哀調を帯びていて、少し息苦しかった。
フォルテッシモで押していても壊れそうで消えそうな脆い音を奏でていて、俺の好みとよくマッチしていた。
音楽科にも普通科にも顔が利く天羽に聞けば、どうやら彼女は有名人らしい。
またあの音を聴きたいと願った。
だから次にあいつの音と出会った時、体が勝手に動いてしまっていた。



「お前の演奏、苦しいな。」

急に入ってきた先輩にズバリ言われた。
先輩だと分かったのは、タイの色。
臙脂色は2年生、一つ上の学年。
それと…この人は今や学院内では有名人の一人だ。
普通科から学内コンクールに参加して、総合3位を勝ち取ったツワモノ。

「…なにかご用でしょうか、土浦先輩。」
「いや、急に悪い。すげぇいい音なのにそんな演奏する奴の顔を見たくなったんだ。噂に聞いていてずっと気になってはいたんだが、お前が『メランコリック・クイーン』だろ?1年で『クイーン』なんてやるな。」
「…そんな演奏、ですみません。ここは今日一日、私が練習用に抑えている場所ですが?」
「悪かったって。もう出ていくから。」

苦笑を浮かべながら頭を掻き、土浦先輩は扉を開けた。

「…よかったらまた聴かせてくれないか?お前の音、嫌いじゃないぜ。」

そう言って去っていった背中を、静香は呆然と眺めた。



私の演奏を聴きたいと望む人はあまりいない。
曰く、胸が苦しくなるのだと。
失恋したり、何かに行き詰ってどうしようもなくなったりした時に聴きたい音だ、と。
よくそう例えられていた。
自分でも分かっているつもりだ。
長調よりも短調の方が好きだし、聴いていて落ち着くのはやはりおセンチな気分になれるような解釈だった。
それが自分で奏でられているのならばいいではないか。
弾いていて落ち着けるなんて願ったりではないか。
静香はド短調なものを選ぶと、思い切り感情を込めて弾き始めた。

ピアノは好き。
弾けるだけで幸せ。
他人の評価なんていらない。

自分の世界に入ってしまうと、静香は弾き終わるまで現実に戻ることはなかった。
それが一層彼女の音を切なくし、聴く人を捕らえてしまっていることを静香は知らない。
それが故、聴きたいと望まない。
聴いてしまえば逃れられなくなるから。
また聴きたい、もう一度聴きたい…と、中毒のように静香の音を求めてしまうから。
音楽科1年B組、吉隠静香。
彼女は1年にして『メランコリック・クイーン』と渾名されていた。


2015.08.10. UP




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夢幻泡沫