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con amore

02



「なあ、吉隠。俺はお前さんの音がすごいってことを知ってるんだ。」
「それはどうもありがとうございます。」
「だからな、俺を恨むんじゃないぞ?」
「…は?」

いきなり不穏なことを告げてきたのは、音楽教師の金澤紘人。
学院内で生徒からの人気がダントツな教師だ。
やる気があるようには見えない、教師としてどうなのかという態度を取る金澤がなぜ人気があるのか。
それは、突き放したような接し方をするが一度関わったことは最後まで面倒をみるから。
『面倒くせえ』が口癖なのに、さらりと気を遣ってくれる。
だから『金やん』と呼ばれ、生徒から慕われているのだ。
しかし金澤と静香は接点がほとんどないので、静香は疑問を抱えつつ金澤の次の言葉を待った。

「今度の創立祭で、お前さん演奏してみないか?」
「は…い?」
「いやな、創立祭ってのは…いわゆる学院関係のお偉いサンとかOB・OGなんかが一堂に揃ってな…」
「そんな説明はどうでもいいです。…なぜ私が?」
「それはお前さんの音がすごいからだ。」
「仮に私の音がそうだったとしても、それは理由になっていません。お断りします。」

にべにもなく断った静香に、金澤はガシガシと頭を掻く。

「…お前さんよぉ、教師に花を持たせようって考えたことはないのか?」
「金澤先生は私の担任ではないでしょう。それに、私より適任者はたくさんいます。例えば…」

そう言って思い浮かんだのは、練習室に突撃してきた先輩の顔だった。

「…例えば、土浦先輩とか。」
「土浦は参加決定済みなんだよ。」
「それなら尚更イヤです。」
「そんなこと言わずに頼む!この通りだ!」
「お断りします。」
「…容赦ねえなあ。だが、残念ながらその言葉は通用しないぞ。」

ニヤリと笑った金澤はずいと静香に近寄ると、気味の悪い笑いを振りまいた。

「お前さんと土浦が演奏することは理事会で決定してるんだ。もう一回言うけど、俺を恨むなよ?」
「えっ!?」
「土浦は学内コンクールの実績から。お前さんは入学して半年程度だとは思えない腕前を見込んで。『メランコリック・クイーン』の名を知らしめてやれよ。」
「冗談ですよね?」
「もう一つの理由は今年の要望が『愁情』の曲であること。土浦とお前さんにピッタリだろ?」
「ピッタリって…土浦先輩はそうかもしれませんけど…」
「お前さんにもピッタリだよ。それにな、創立祭で演奏すると少しだけ成績に加味されるぞ。よかったな!と言うわけで頑張れよ、若人。」

はっはっはと楽しそうに笑いながら金澤が去って行く。
その後ろ姿を静香は恨みがましい目で見送った。



「よう。また会ったな。」

後ろから声をかけられ振り返ると、出来れば会いたくない人がそこにいた。

「…こんにちは、土浦先輩。」
「おう。お前、今度の創立祭で演奏するんだろ?俺もなんだ、よろしく。」
「…よろしくお願いします。」

出来ることならば今からでも辞退したい。
でもそれは許されそうもない。

静香はハアと息を吐き出すと、話題から逃げるように遠くを見た。

「そんな嫌そうな顔すんなよ。選ばれるってすげえことなんだろ?」
「どうなんでしょうかね?」
「ま、お手柔らかに頼むさ。曲はもう決まったのか?」
「いえ、まだ…。土浦先輩は決まりましたか?」
「いくつかに絞ってあるくらい、だな。俺はこれから練習室だが、お前はどうするんだ?」
「帰ります。条件にあった楽譜を探そうかと。」
「そうか、お前ならすぐに見つかりそうだな。お互い、いい演奏にしようぜ。」

ニッと笑うと土浦はヒラリと片手を上げて音楽棟へ向かう。
初対面で何となく嫌な印象を受けた静香は、心境の変化に苦笑した。
コンクールは全て鑑賞していたから、彼の音は知っていた。
高度な演奏技術を純粋にすごいと思ったし、解釈も表現もいいなと思っていた。
静香の中では『関わることはないけれど、少し憧れる存在』で終わるはずだった。
それがこの間の一件でデリカシーのない人だと心象が悪くなっていた。
簡単に言えば『人間的に嫌な人』と思ったのだ。
人が練習している時に勝手に入ってきて、一方的にペラペラと喋られればそう思っても仕方ないだろう。
けれども…今日は嫌だとは感じなかった。
彼の言葉を素直に聞くことができた。
現金な自分の心に呆れながら静香は家へ帰った。


2015.08.17. UP




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夢幻泡沫