
Main
con amore
05
「と、言うわけでだな。お前さんも文化祭で演奏してくれ。頼んだぞ?」
「…またですか。お断りしたいんですけど。」
「まあ、そう言いなさんなって。」
げんなりとした静香を金澤は宥めに入った。
「仮にも吉隠は音楽科だろ?人前で演奏してなんぼだと思うんだがなあ。」
「音楽科の全員がそうとは限らないです。私はただピアノを弾くのが好きなだけで…」
「だろ?それを人に聴かせたくならないか?」
「なりません。」
「…吉隠、お前さん…」
すっぱりと否定され頭を抱えたくなった。
そんな金澤を黙殺しながら一礼をして音楽準備室を出ようとした静香は、ドアを開けようと手をかける。
けれど、彼女が指に力を入れる前にガラリと開いた。
「金澤さん、少しいいですか?」
「おう、吉羅。」
「失礼、生徒がいたんで…静香ではないか。」
「…暁彦さん。」
「なんだ。お前さん達、やっぱり知り合いなのか?」
「…静香は吉羅一族ですよ。叔父さんと叔母さんは元気かい?」
「はい。」
「そうか、それは上々。」
「ありがとう、暁彦さん。それじゃ、私はこれで失礼します。」
「おっと!ちょっと待つんだ、吉隠。なあ、吉羅。お前さんからも言ってくれないか?」
「何をです?」
「文化祭のことだよ。コイツ、微塵もなく断ってな…」
「そうなのか?」
無言で頷いた静香に吉羅はふむと考えると、じっくりと彼女を見た。
「…暁彦さん?」
「なぜ出ないのだ?」
「暁彦さんがそれを言いますか?知っているのに…私が人前で演奏することが好きじゃないって。」
「そうだったな。だが、それならば音楽科に入らなくてもよかったのではないか?」
「今更それですか?音楽のことを勉強するのは好き。ピアノを弾くのも好き。だけど、人前は…」
眉を寄せて主張する彼女を制止するために軽く掌を向ける。
そして少し圧力をかけながら吉羅は言った。
「静香、理事会からの要望だ。…きみなら分かるな?」
「…どうしても?」
「ああ。」
「…」
「静香。」
「…分かりました。」
いずれ吉羅一族を統率するであろう彼に言われてしまえば、静香も従わざるを得ない。
…そうじゃなくても、暁彦さんはドライな素振りを見せて年下には優しい。
厳しいけれど、何かと面倒を見てくれるし。
それに、彼には経営不振な星奏学院を建て直すという重い役目もある。
私だけが我が儘を通すわけ位はいかない、よね…
長い長い溜息と共に承諾した静香の肩に吉羅は手を置いた。
それからふと彼女の顔を穏やかな表情で見る。
「…いい機会だ。久しぶりに静香のピアノを聴きたい。」
「え?暁彦さんが音楽を聴きたいなんて珍しいですね。」
「どうかね?」
「まあ…はい。」
「そうか。それじゃ、行こうか。」
「おっ、弾くのか?それじゃあ俺もいいだろ?」
便乗した金澤も連れ立って、3人は吉羅の車で移動した。
そこは街中の小さな教会。
教会にあるのはパイプオルガン。
それだけでなく、ここはピアノも舞台の端に置かれている。
真ん中ではなく端。
その位置が私は好きだ。
そしてこの教会の雰囲気も好き。
更に言うならば、ここは…
「…この曲をこんな風に弾くヤツは他にいねえよな。」
眉を寄せながら金澤が言う。
「そうですね。だからこそ、ここで聴きたい曲です。」
「ああ。…思い出すな…美夜を。」
「…姉さんが好きでしたからね、この曲は。」
「吉隠は美夜のことを知っているのか?」
「ええ、小さい頃に『美夜ちゃん、美夜ちゃん』と随分と懐いていましてね。静香も幼いながらに姉さんのことを覚えているのでしょう。」
仄かに笑みを浮かべながら弾いている静香を見ながら金澤は小さく息を洩らす。
「普段はこんな曲調を選びもしないのに、ここでは必ず弾く辺り…静香も分かっていると思いますよ。」
何を、と金澤は聞き返さない。
いま2人が思い出しているのは、明るく朗らかで音楽が大好きだった少女のこと。
彼女が愛した音楽は明るく、華やかなものだった。
静香が彼女を想って鎮魂するように弾いている曲は、同じ曲なはずなのにこうも違う。
「ピアノは専門外だが、吉隠の音は…抜け出せないな。『メランコリック・クイーン』と呼ばれているのにも納得するさ。」
故人を偲ぶ音は胸を苦しくさせるが、辛くはさせない。
むしろ、昇華させるような心に響く音なのだ。
「聞いたことのある呼び名ですが、それは静香のでしたか。静香の音は確かにいつまでも聴いていたくなる。…でも私は嫌いだ。この音を聴いていると、音楽のことを…赦しそうになってしまう。」
「いいじゃないか。」
金澤の苦笑に吉羅は答えなかった。
目を閉じ耳を傾けて静香の音を頭の中にしまい込むと、吉羅はまたいつもの無表情に戻ってしまった。
2015.09.07. UP
← * →
(5/42)
夢幻泡沫