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con amore

06



…私が慕っていたお姉さん。
それは、暁彦さんのお姉さんだった。
彼女は若くして亡くなった。
綺麗で優しくて明るい美夜ちゃんのようになりたくて、私はピアノを始めた。
美夜ちゃんもピアノから音楽に入ったと聞いたから。
ピアノを弾けるようになるのがとてもとても楽しくて、ヴァイオリンにいこうとは思わなくなったけれど。
彼女のヴァイオリンは彼女そのままに華やかな音を奏でていて、そんな音を出すのは私には無理だったけれど。
『静香ちゃんの音色は心を綺麗にしてくれる。私、大好きよ。』って言ってくれたあの笑顔は忘れられない。
それなのに。
美夜ちゃんは音楽に打ち込み過ぎて何もかもを失くした。
自分の命さえも…
それ以来、吉羅一族は音楽に対してシビアになった。
暁彦さんはヴァイオリンをやめて音楽を敬遠した。
彼の音も美夜ちゃんの音と同じく華やかで、だからこそ暁彦さんは奏でるのをやめてしまったのかもしれない。
演奏するのはいい。
音楽科に進学するのも構わない。
音楽を愛するのも結構。
けれど、音楽で生きていくのは許さない。
元々音楽好きが多い吉羅一族にとっては苦渋の決断。
高校進学の際に、両親と暁彦さんにはっきりと言われた。
こんなに好きなのに。
音楽もピアノも、私は大好きなのに…。
私の道は決まっている。
音大へは進めない。
私が音楽に囲まれていられるのは高校まで。
だからピアノを弾くのは楽しいし嬉しいけど…苦しい。

練習を録音したものを聴き返しながら、静香は緩く息を吐く。
音楽だけを考えていればいい時間は限られている。
だからこそ、進学校でもあり音楽科もある星奏学院を選んだのだ。

美夜ちゃんが通ったこの学院に。
私は幼かったから記憶もおぼろげになってきているが、あの頃の彼女はいつもはじけるように笑っていた気がする。
美夜ちゃんに憧れて、美夜ちゃんに近づきたくて星奏学院の門を潜った。
けれど、失敗だったかも…。

再び瞳を閉じた静香の脳裏には、ぐるぐると渦が巻いていた。



気分転換に森の広場に来てみれば、気になる存在が人目を避けるように座っていた。
耳にイヤホンをしているので、何かを聴いているのだろう。
そこまで親しくはないし声をかけるような状態ではないのに、何故かその場から離れられなかった。
土浦がしばらく様子を窺うように身を潜めていると、俯き加減だった彼女がゆっくりと顔を上げた。
眉はキュッと寄せられていて、惑うように視線を揺らしている。
やがて手を合わせ口の近くに持ってきたかと思うと、そのまま天を仰いだ。
まるで願う…いや、懇願するように。
単純に綺麗だと思った。
同時に辛くなった。
許しを乞うような吉隠の雰囲気に叫びたくなる。
お前を苦しめているものは何なんだ、と。
俺が守ってやるから全部を曝け出せ、と。
そうじゃなきゃ、あいつは壊れてしまうのではないか?
静香のあまりに消えそうな様に、土浦はその場から動けなくなってしまった。
何を願っているのだろうか?
何を思い迷っているのだろうか?
…何を望んでいるのだろうか?
そこまで考えて、土浦はハッと現実に返った。
静香がどこかに向かっている。
追いかけようかやめようか悩んだが、結局は家へ帰ることにした。
追いかけてしまえば、まるっきりストーカーではないか。

「…ヤバいな…くそっ…」

ボソッと独り言のように自分に突っ込むと、土浦はポケットに手を乱暴に突っ込んで静香とは反対の方向へ進んだ。


2015.09.14. UP




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夢幻泡沫