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いつか一緒に

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星奏学院大学の学祭当日。
ホールは空いている席を探すのが難しいぐらいの人で埋まった。
久々に学内コンクールメンバーも勢揃いした。

「楽しみだね〜、月森君も日柳ちゃんも!」
「そうだね、2人とももう海外で活躍しているからね。」
「去年の今頃は一緒に演奏していたなんてさ、ちょっと考えられないって言うか…」
「火原は日柳さんと2人でオープニングを飾ったからね。」
「そうそう、楽しかったなあ。」

昨年の文化祭のことを思い出しながら、柚木と火原はニッコリと笑い合う。

「音羽先輩…学校にあまり来てなかったようなので、心配です…」
「帰国してからは毎日登校してるぞ。今はいなかった間の課題やら提出物やらで、泣きそうになっているけどな。」
「それに…先輩達は受験ですよね…?3人ともどこに行くか決めたんですか?」
「…そうだな…」

土浦は言葉を濁して返事をする。
帰ってきた音羽から、大学について聞いている。

俺はどうすればいいんだ…?
ずっとそのことを考えているのだが、答えが見つからない。
いや、心のどこかでは…

土浦がぼんやりと考えているうちに、会場から拍手が沸き上がった。
月森のカルテットがステージに上がって演奏を始める。
それが終わると、ハープが用意された。
続いて、月森と音羽が出てくる。

「2人の合奏を聴くのも久しぶりだね。」
「うん、丁度1年ぶり…くらいかな。」

ステージで調弦し合っている2人を見ながら、メンバーは懐かしさに目を細める。
月森と音羽は頷き合うと、それぞれの楽器を構えた。
大きく息を吸うと、そっと同時に奏で始める。
ヴァイオリンの哀愁の音と、ハープの清廉な音が絶妙に絡み合う。
『グリーンスリーブス』の変奏曲、ヴァイオリンの巧みな技をいろいろなバリエーションで聴かせる。
耳だけでなく目でも惹きつけるような演奏に、会場は大いに盛り上がった。

「月森君は…またうまくなったね。」
「うん。技術は勿論なんだろうけど、魅せ方がうまくなったよね。音も少し変わったようだし…」
「音羽先輩とのタイミングや掛け合いも…見事でしたね。」

おしみなく賞賛を送るメンバーの言葉に、土浦は一人唖然としていた。

負けたくない、譲れないと思っていたが、今の演奏を聴いてしまうと…
今までにないくらい真剣に向き合っているが…
将来…ピアノで何がしたいのか、明確な道が見えない。
音羽を理由にしてきたが…それでいいのか?

「…浦、土浦!?」

突然肩を揺すられ、土浦は弾かれたように振り向く。

「どうしたの?日柳ちゃんの演奏始まるよ?」
「あ…いえ、別に…」

そう言って視線をステージに向けると、コツンとハープにおでこをつけている音羽が目に入ってきた。
ゆったりとハープを揺らしながら紡がれる音が、会場に響く。

「クラシックじゃない…?これは…」

赤面するくらい甘い音色が客席を包み込む。
言葉の代わりに音楽で、音で訴えかける彼女を、土浦はハッとしたように見つめる。
微笑みを浮かべて演奏をする音羽は、どこか恥ずかしそうな…けれど、幸せそうな顔をしている。
彼女を見ているうちに、土浦の顔も穏やかなものに変わっていった。

そうだよ、いいじゃないか単純で…
考えすぎて一番大事なことを逃してどうするんだ?
後悔はしないと決めたはずだろう?

土浦は口角をキュッとあげると、音羽に熱い視線を送った。



「講堂にいる。」

土浦からメールを受け取ると、音羽は急いで彼のいるところに向かった。
そこまで来て、ふと立ち止まる。

ここが…始まりだった。
いつも思う、あの時リリと出会って…
みんなと、土浦君と出会えて…
ハープを、音楽を取り戻せて…

静かに講堂に入っていくと、微かに音が聴こえる。
重い扉をそっと開けると、ピアノの音が溢れてきた。

「これ…」

心を掴まれたように、音羽は一歩ずつステージにあるピアノに近づいて行く。
ふと顔をあげた土浦は彼女を見つけると優しく目を細めて音羽が来るまで待った。

「…いい曲だよな、これ。」
「知っていた?」
「ああ。お前のように誘えるような音は出せないがな。」
「もう…そうじゃないでしょ?」

ニヤリと笑って言う土浦に、音羽もクスクス笑う。

「…ここでコンクールやってたんだよな。」
「うん。」
「1年前のことなのに、もっと昔に感じるぜ。」
「そう…だね。」
「コンクールがなかったら、きっとお互いのこと知らないまま卒業してたな。」
「…土浦君?」
「そんなことにならなくて、俺は今ほっとしているんだ。」

土浦が何を言いたいのか分からなくて、音羽は首を傾げる。
そんな彼女の頭を、淡く笑いながら軽く撫でる。

「決めたぜ、俺。お前と同じ大学に行くって。」
「え…?」
「一緒に勉強して、一緒に大人になっていって…いつか一緒に演奏できたらって思ったんだ。」
「土浦君…」
「責任とってくれよ?俺を音楽の世界に引き戻したんだからな。」
「…私で…いいの?」
「音羽がいいんだ。」

彼女の顔にある涙の筋を指で拭いながら、土浦は甘く口づける。

「いつか一緒に…約束だぜ?」

濡れている音羽の瞳を覗き込みながら優しく、けれど強い意志を込めて言う。
ただ黙って何度も頷く音羽を満足そうに見つめると、土浦はしっかりと抱きしめた。



どこからかリリの声が聞こえたような気がした。
『お前が音楽を愛する限り、お前に音楽の祝福を与えよう』…


2014.05.15. UP
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夢幻泡沫