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いつか一緒に 番外編

 最悪の出会い 



しまった、と思った時はもう遅かった。
軽くぶつかっただけのはずの相手が、いとも簡単にバランスを崩す。

「…っ、おいっ!!」

思わず叫んで伸ばした手は、空を切った。
重力に逆らわない身体が鈍い音を立てながら踊り場に倒れる。
慌ててそのそばに駆け寄る。
動かないそいつの顔を見て、一瞬で意識を奪い取られた。

…こいつ、日柳音羽だ。
俺と同学年の有名人。
これまで遠目でしか見たことがなかったが、確かに美人だ。
しかも、超が付くくらい。
部活の仲間やクラスの連中、学院中のあちこちで男がしょっちゅう騒ぐのも分かる。

「…おい、土浦。大丈夫そうか?」

2、3段上から覗き込むようにして様子を窺う友達の声に、ハッとして固まっていた自身の体を動かした。

「おい、日柳。大丈夫か?」

土浦は軽く肩を叩いてみるが、ほんの少し眉を寄せただけで音羽の目が開くことはなかった。

「…頭打っているかもしれないから、保健室に連れていく。悪いが、日柳の担任に連絡入れといてくれないか?」
「分かった。揺らさないように気をつけろよ?」
「おう。」

その場を後にする友達に返事をして、土浦はそっと彼女の膝裏と脇下に腕を挿し込む。
野次馬でざわつく周囲が土浦の行動におーっ!という変な感嘆の声をあげた。

うるせえなぁ。
そんな暇があったら、保健の先生を呼ぶとか近くにいる先生を探すとか動けよ。
人が一人、倒れてんだぞ?
何で誰も動かねえんだよ!?

心の中で悪態をつきながら、土浦は両腕に力を入れる。
思った以上にすんなりと持ち上がった身体に、他人事ながらちゃんと飯を食っているのかと心配してしまった。



保健室で事情を話したのが、昼休みの終わり。
気になって5時間目の終わりに様子を見に行ったが、音羽は目を覚ましていなかった。
6時間目も終わり、HRも終わり、取る物とりあえず保健室に直行する。
それでも音羽は目を覚ましていなかった。

「大丈夫よ、土浦君。きみの話ではそんな高いところから落ちたわけでもないし、頭も打っていないようだし。授業、終わったんでしょ?部活は?」
「ありますけど…」
「それなら部活に行きなさい。気になるようなら、部活が終わったら保健室によれば?」
「…そうさせてもらいます。とりあえず、日柳の荷物を取ってきます。」
「あらそう?お願いね。」

あまり深刻にならないような状況に安心しつつも、土浦の心は晴れない。
もやもやした気持ちのまま、音羽の教室へ向かった。
そこにいたサッカー部の仲間に少しだけ遅れると部長に伝えるように頼むと、彼女の荷物を受け取る。

「お前、日柳さんに何て事するんだよ!?」
「俺だって、好きでやったわけじゃねえ。」
「ワザとだったら学院の男を敵に回すぞ?」
「だからワザとじゃねえって!!」

遅れる理由を仲間に言えば、心配されるよりも非難をされてしまった。
責めるような言葉を投げつけながらも、快く伝言を了承した仲間をありがたく思う。
音羽の荷物を抱え直して、土浦は保健室に戻って行った。



ガラリとドアを開けると、壁際の椅子に音羽が座っていた。

「おっ、起きたのか?悪かったな、大丈夫か?」
「あ…はい。」

顔色も悪くなく、しっかりとした声で返してくる音羽に、無意識のうちに力んでいた体が解れる。

「俺、土浦。土浦梁太郎、5組。」
「…日柳音羽、2組です。」
「同学年なんだから、敬語はやめてくれ。」
「分かったわ。」

何故か敬語を使って話す音羽に、土浦はむず痒くなる。
止めてくれと頼めば、ふわりと笑って了承した音羽。

…日柳音羽は美人だ。
今まで日柳のいないところで好き勝手言ってた男達の気持ちが分かる。
こんな美人を隣に連れて歩けたら、自慢どころじゃねえんだろうな。

優しそうなその笑みに、土浦は頬に熱が集まるのが分かった。

「本当に悪かったな。」
「もう大丈夫だから。」
「お前コンクールに出るんだろ?指とか怪我してないか?」
「うん。大丈夫そう。」

後から思いだしたのだが、日柳は確か音楽コンクールとやらに参加するんじゃなかったか?
体はもちろんだが、手…特に指なんかを怪我したら大変なことになっちまう。
そんなことを思っていた土浦は、音羽の返事にはぁーと安堵の溜息を吐き出した。



もう一度無事を確かめるように音羽を見れば、彼女の周りには小さい羽根が生えたものが寄り添うように飛んでいる。
…実は、保健室に入ってきた時から気が付いていた。
けれど、あんなものが現実にいていいわけがない。
あれは虫、あれは虫なんだと土浦は自身に言い聞かせて、その存在を視界から消していたのだ。
それが安心したことで、否が応にも目に入ってきてしまう。
知りたくはないものの、土浦は仕方なく怪訝そうに眉を寄せて音羽の横を指さした。

「…ところで、日柳。その…ちんまいのは何だ?」
「え?」
「お前の横にいる…そのちんまいの。」
「…見える、の?」
「おお!我輩が見えるのか?」
「うおっ!?喋った!!」

喋った!?
あれが喋った!?
虫が!?
…虫じゃないのか?
と言うか、やっぱり日柳には見えているんだ。

「素晴らしいのだ!土浦梁太郎と言ったな。お前、楽器は何をやっている?」
「はあ!?」
「お前もコンクールに参加決定なのだ!」
「おい、ちょっと待てよ!」
「今年は7人か。楽しみだな!!」

ぐふふ…と不敵な笑みを浮かべて消えてしまったそれに唖然とするしかない。
聞けば、日柳もアレに強制参加させられたクチらしい。
アレはリリとか言う名前の音楽の妖精。
音楽の妖精って…
嘘だろ!?
勘弁してくれよ…
でも、決まっちまったものは仕方ない。

「コンクール、よろしくな。気をつけて帰れよ。」

どこか不満そうに見える音羽の頭を、土浦はポンポンと撫でる。
先に保健室を出た土浦は、着替えるために部室に向かいながら自身の手をジッと見つめた。
音楽コンクールに参加させられたことは、限りなく腹立たしい。
俺はもう人前では弾かないと決めたのだから。
それでも、日柳と知り合いになれたのは収穫だったな。
普通科からは俺と日柳しか参加しないようだし、これから先話す機会などいくらでもあるだろう。

もっと知りたい。
あいつのことが…


2013.04.03. UP



『いつか一緒に』03 の土浦視点(のつもり)。




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夢幻泡沫