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いつか一緒に 番外編
愛の夢
「あ、火原先輩。おはようございます。」
「あっ!おはよう、日柳ちゃん。」
「柚木先輩もおはようございます。」
「おはよう、日柳さん。」
朝、校舎に向かう途中で先輩2人を見つけた音羽は嬉しそうに駆け寄る。
並んで歩いていた火原と柚木も立ち止まって彼女に挨拶を返した。
「今朝一番に先輩達に会えて嬉しいです。これ、よかったらもらってくれませんか?」
そう言って出されたものは綺麗にラッピングされた薄い箱。
「ハッピーバレンタインです。」
「うわっ、チョコ!?おれにくれるの!?」
「はい。」
「え〜っ!?嬉しいなぁ!ありがとう!!」
全身で喜びを表す火原の隣で、柚木は少し目を丸くしながら音羽を見た。
「僕にも?」
「はい。」
「ありがとう、嬉しいよ。でも…」
「でも…?渡すのはダメでしたか?」
「いや、ありがたく頂戴するよ。そうではなくて、土浦君はいいのかい?彼に怒られない?」
「土浦君?何で土浦君に怒られるんですか?」
首を傾げて不思議そうに自身を見てくる音羽に、柚木は苦笑を洩らす。
「自分の彼女がこの調子だと、土浦君も苦労するね。」
「え…っと、大丈夫ですよ。志水君にも冬海ちゃんにも蓮にも用意してありますから!」
「…月森君にまでかい?土浦君が不憫だな。」
憐みの目を遠くに向ける柚木だが、受け取ったチョコをカバンにしっかりと入れた。
そのまま雑談をしながら歩いていると、少し離れた校舎からチャイムが聞こえてくる。
反応して焦ったように火原が腕時計を見た。
「予鈴だ!柚木、急がないと!!」
「そうだね、火原。日柳さんももう行ったほうがいいよ。」
「日柳ちゃん!チョコ、どうもありがと〜!!」
かばんを持ち直すとブンブンと手に持ったチョコを振りながら、火原は柚木に促されて音楽棟に向かって行った。
それに手を振り返すと、音羽も教室へ急いだ。
「土浦〜!!」
購買で昼食を手にして上機嫌のところを明るい声が呼び止める。
名前を呼ばれた土浦が声のする方へ視線を流すと、片手をあげた火原がタタッと駆け寄ってきた。
「よう!土浦も購買?」
「こんにちは、火原先輩。そうですよ、弁当だけじゃ足りなくて。」
「おれも!見てよ、カツサンドゲット!!」
「相変わらず好きですね、カツサンド。」
「うん!これは絶品だよ。もうすぐ食べられなくなるのが残念だけどね〜。」
「ときどき差し入れしますよ。」
「ホントっ!?土浦、いいやつ!!」
ホクホクとした笑顔で袋の中を見せた火原だったが、思い出したように土浦を見た。
「土浦さ〜、日柳ちゃんにお礼言っといてよ。」
「音羽に?」
「そう、今日はバレンタインだろ。今朝ね、日柳ちゃんからチョコもらったんだ。我慢できなくて休み時間につまんでみたらすっごくおいしくて!だからお礼言っといてよ。」
「…音羽が火原先輩にチョコをあげたんですか?」
ピクリと土浦の体が反応した。
眉間が深くなった彼に気付かずに火原は更に余計な情報まで与えてしまう。
「おう。柚木ももらってたよ。」
「柚木先輩にまで…!?」
「…僕も、もらいました。」
「うおっ!?」
突然聞こえてきた第三者の声に2人は思いっきり肩を揺らす。
勢いよく振り返れば、同じように袋を持った志水がいつの間にか立っていた。
「こんにちは…火原先輩、土浦先輩。」
「こ…こんにちは、志水君。」
「よ、よう…志水…」
「土浦先輩…僕の分も、お願いします。音羽先輩に、おいしかったって…」
「え〜!やっぱり志水君ももらったの?」
「はい…。そう言えば…冬海さんも、もらっていましたね…。」
「みんなの分を用意してあるって言ってたけど、やっぱりそうだったんだ。」
珍しく微笑みながらお礼の言葉を口にする志水に、火原も嬉しそうに合わせる。
「いいよな〜、土浦は彼女がいて。しかもそれが日柳ちゃんなんてうらやましい!なあ、どんなチョコもらったの?」
「…」
「もったいぶんないで教えてよ!」
「…もらってないですよ。」
「え…っ、ええっ!?」
「土浦先輩…振られましたか?」
「なっ!?縁起でもねえこと言うな!音羽とは今日はまだ会ってないだけだ!」
「…そう、ですか…」
噛みつくように言う土浦に、志水はマイペースにゆっくりと返事をする。
「まあ、いいや…。土浦先輩、音羽先輩への伝言…お願いしますね。」
「そっ、そうだねっ!土浦、頼んだよっ!!」
思いっきり機嫌の悪くなった土浦から逃げるように捲し立てると、火原は脱兎のごとくその場を去った。
志水はゆっくりと頭を下げるとマイペースに歩いて行く。
2人の後ろ姿を気分悪く見送る土浦の口からため息が漏れた。
まだ今日は音羽に会ってすらいない。
それなのに、他のメンバーはもうチョコをもらったというではないか。
しかも、それを嬉しそうに報告してくる。
彼氏という立場にありながら一歩も二歩も出遅れた様な気がして、何とも面白くない。
ガシガシと頭を掻くと、土浦は教室へ戻った。
「あ、土浦君。さっきね、日柳さんが来ていたよ。」
「何っ!?」
教室の扉を開けると、数人で談笑していた女子生徒が土浦に気がついた。
「はい、これ。『今いないよ』って言ったら、渡すように頼まれた。」
そう言ったクラスメイトから受け取ったものは小さめの封筒。
礼を言って中を開ければ、便箋が一枚入っているだけ。
チョコが入っている形跡は全くない。
情けなくなる思いを首を数回振るって払い、土浦は半分に折られた便箋を開いた。
『放課後、練習室に来て下さい』
丁寧な字で書かれたその文字を何度か読み返し、便箋を封筒へ戻す。
午後の授業はまるで身に入らなかった。
そんなそわそわした気持ちのまま練習室を一つ一つのぞいていくと、音羽の腕がピアノの上で滑らかに動いていた。
コン、と軽くノックをすればその腕が止まり、こちらに向いた顔が綻ぶ。
「待たせたか?」
「ううん。ゴメンね、呼び出して。」
「いや、俺も…」
会いたかったと続けようとした土浦だったが、ふと口を噤む。
これを言ってしまえばバレンタインを意識していると思われはしないだろうか。
充分意識はしているのだが…音羽に気付かれてしまうのは恥ずかしいし、なんとなく悔しい。
どう言葉を続けようか悩んでいる土浦を音羽は見上げた。
「俺も?なに?」
「…何でもない。それより、こんなところに呼び出して何かあるのか?」
「うん…少し時間くれる?」
そう言って音羽はまたピアノに向かう。
静かに聴こえてきたのはロマンチックで甘美なメロディ。
ゆったりと囁くように流れてくる音を土浦は彼女のすぐ横で堪能する。
細くしなやかな指から紡ぎ出される波を聴覚のみで感じ取ると、ますます深く響いた。
体に沁み込んで消えていった幸福感に満足して目を開ければ、土浦の方を向いた音羽が恥ずかしそうに微笑んでいた。
「…今日はバレンタインでしょ?だから…」
「ああ、サンキュ。」
「あと…これ…」
かばんを引き寄せ音羽が差し出されたものに土浦の顔が緩む。
「渡すのが遅いんだよ。何で火原先輩や志水の方が先なんだ?」
「え、あぁ…たまたま会ったからだよ。コンクールメンバーの全員には渡したかったから、会った順にどんどん渡してたんだけど…」
「あのなぁ…」
呆れたような声音で息を吐き出すと、土浦はグッと音羽の肩を掴んだ。
「他の奴らに渡したチョコが義理だってのは分かった。だけど、お前は誰の彼女なんだ?」
「…」
途端に赤く染まる愛しい顔に意地悪く口角を上げながら土浦は追いつめる。
こんな可愛らしい反応をされては、逃すはずもないだろう。
「ん?言えよ。」
「…」
「ほら、早く。」
「…土浦君。」
頬に朱を差しながら目を逸らす音羽の顎に指をかけて自身の方に顔を向けさせると、土浦はゆっくりと顔を近づけて言う。
「だろ?それなら、真っ先に俺に渡してくれないか?」
「…ごめんなさい。」
「分かってくれればいいんだ。チョコ、ありがとうな。家でゆっくり食べさせてもらう。」
チュ、と軽くリップ音を立てながら食まれた唇に熱がともる。
手で覆って隠す音羽の頭をポンポンと撫でると、土浦はピアノの椅子に座った。
「今度は俺の番だな。リクエストはあるか?」
「…ノクターン。」
「ショパンか?」
「うん、そう。」
「了解。」
手首と指を解しながらニッと笑うと、そっと囁き返すように土浦はピアノを歌わせる。
いつも以上にあまやかな音色に、音羽もまた瞳を閉じて彼の創り出す世界に酔いしれた。
2014.02.06. UP
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夢幻泡沫