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花は輝き月は笑む

01



ここはどこ…?
既に見慣れない風景の中を歩き回った足は、とてつもなく疲労している。
肩から提げられた荷物は、進む度に負荷を加えてきていて。

「…うん、限界。」

周りに誰もいないのに出てくる、泣きたくなるような己の声がなんと情けないことか。
ガサリと膝の高さほど伸びている草を掻き分けて見れば、目の前に広がるのはどこでも穏やかな日本の原風景。
本当にここはどこなの…?



春原桃花、大学受験を控える高校生。
都心の女子校に通っていて、人工物ばかりの中で暮らしてきた。
習い事や塾で忙しく、都会の交通の利便さを駆使して生活していた…はずだ。

「…だから…ここはどこ?」

茫然と立ち尽くして辺りを見ると、ぜんまいが切れかけているおもちゃのように不器用に前へ進んだ。
舗装されていない地面。
鬱蒼と茂る草。
手を加えられていない河原。
汚れを知らない川。
近所では見かけない光景に、桃花は頭を悩ます。
目の前には抜群の透明度を誇らしげに見せつける流れがある。
キラキラと頭上にある輝きを反射させて美しい。
歩き疲れて汚れてしまった足から余計なものを取り除くと、桃花は綺麗な水にチャポンと入れた。

「…うわぁ、気持ちいい。」

疲れを蓄積した足がゆっくりと冷やされる。
同時に気持ちまで落ち着いてきた。

冷静になろう。
私は家を出て習い事に向かった。
もうすぐ発表会だなぁ、発表会の服装どうしようかなぁ…なんてことをツラツラ考えていて。
まだまだ練習が足りないなぁ、終わったら受験に専念かなぁ…なんてちょっと凹みながら。
いつもの道を歩いて、歩いて…
どうしてここに辿り着いた?

腕にはめてある時計を見ても大して時間は経っていない。

…迷子?
いやいや…確かに方向音痴ではあるけど、十何年も通った道を間違えるはずない。
大体アスファルトもなければ堤防もないなんてところ、知っている範囲ではないし。
歩いているだけでこんなありのままの自然に巡り合える場所も知らないし。

「…なんか一気に疲れた。」

桃花はポツリと言うと、荷物を枕にコロンとその場に寝そべった。
太陽が穏やかに微笑む。
風が優しく撫でる。
鳥が静かに歌う。
殺伐とした日常からは考えられない程ゆったりとした時の流れに、桃花の瞼は少しずつ重くなった。



「旦那、真田の旦那。この辺で少し休んだら?」
「む?某はまだまだ大丈夫でござるが…」
「旦那がよくても、馬が…ね。」
「そうか?なれば佐助の言う通りにしよう。」
「うん、そうしてよ。この近くには川もあるし、そこで一息入れよう。」
「あい分かった。」

疾走する馬に並走する迷彩を纏った影に、馬上の少年とも青年ともとれる人物が頷く。
影の言う川に着くと赤で身を固めたその人はヒラリと飛び降り、愛馬の鼻面を撫でて労わる。
一つ嘶いて、馬は川の水を飲み始めた。
その隣でザブリと顔を乱暴に洗うと、差し出された布に見向きもしないでブルブルと顔を動かす。

「気持ちがいいでござるな。」
「…旦那ぁ〜。顔ぐらい拭きなさいって。」

呆れた口調で更に差し出してきた迷彩の手から布を取る。
いいではないかと屈託なく笑う赤い人に、影もつられて笑った。

「城までもう一息でござる。」
「そうだね。」
「どこも異常がなくて安心し申した。」
「帰ったら大将に報告しときますよ。」
「よろしく頼む。」

ふうと息をはいて座った赤の横で、つき従う影が周囲の状況をさり気なく確認する。

「佐助、このような場で気を張らずとも…」
「何かあってからじゃ遅いからね。…ってか、遅いかも。」

そう言って鋭くなった視線の先に、微かに動くものを捉えた。

「…ここで待ってて。」

短く伝えると、シュッと消える。
すると瞬きするか否かの間に、見つけた不審なものの傍に立っていた。
緩く纏められた黒髪。
端正に整った寝顔。
あまり日を浴びてなさそうな白い肌。
見たこともない着物。
惜しげもなく曝された細い腕や足。
一瞬『行き倒れ』の言葉が頭をよぎったが、胸元を見れば規則正しく動いていた。
緊張が心なし解けたところで、今度はあり得ないことに呆気にとられる。

…ええと、この子は何者?
こんなところで何を呑気に寝ているの?

「佐助ぇー!いかがしたー!!」
「…旦那ぁ、女の子が寝てるよ〜。」

主の大きな声に、影は思わずありのままを大声で返してしまった。


2014.01.06. UP




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夢幻泡沫