
Main
花は輝き月は笑む
06
同じ障子や柱が続くこと、続くこと。
桃花は2、3回曲がった辺りで覚えることを放棄した。
通されたのは長い廊下を何度も折り曲がった先にある、どうやら端の方の部屋。
それはそうだろう。
不審者を人目に晒すのは、あまり得策とは言えない。
私でもそうするな…
など他人事のように考えながら、桃花は猿飛佐助に続いて部屋に入る。
「取りあえずその着物は目立つから、こっちで用意した物に着替えてちょうだい。」
「…これに、ですか?」
中で渡された物を手に取って、桃花は眉を顰めた。
「何?これじゃ不満?」
「あっ、いえ!そうじゃなくて…」
「じゃあ何?」
「…着物、着られないんです。」
「はあっ!?」
申し訳なさそうに言われた言葉に、猿飛佐助は耳を疑った。
けれど、直ぐに納得したように小さく頷く。
「ああ、お姫さんだもんね。」
「やっ…あの…」
「一人では着られないってことでしょ?」
「…はい。」
「う〜ん、でもねぇ…悪いけど手ぇ空いてる侍女、今いないんだよね。」
「それなら…このままで…」
「着付けるの、俺様で我慢してくれる?」
「え…えぇっ!?」
ポンポンと小気味よく一人で話を進めると、猿飛佐助はクルリと後ろを向いた。
「俺様が後ろを向いてる間に、着物を羽織っちゃってよ。それくらいならできるでしょ?」
…ちょっと待て。
男の人の前で着替えろと?
この人が『猿飛佐助』って言うのなら、忍者でしょう?
いくら後ろを向いているからって、見えないとも限らないし。
いやいや、着替えること自体あり得ないから…。
既に終了した内容に納得できない桃花は、面白いように固まった。
「桃花ちゃ〜ん、終わったぁ?」
振り向くよと声をかけたと同時に桃花の方に向き直った猿飛佐助は、ニヤニヤしていた顔を歪ませた。
「…何で羽織ってもいないのさ?」
「…着替える、とは言っていません…」
「別に俺様はそのままでもいいけど、そんな格好でいたら好奇の目で見られるのは桃花ちゃんだよ?それに好奇だけだったらいいけど…ねぇ?」
意味ありげにニヤリと口端を上げると、猿飛佐助は桃花の傍に立った。
「女の子がそんなに足を出していたら、『襲ってください』って言ってるようなもんだし?それに、腕も大胆に見せちゃってさ〜。俺様としては大歓迎なんだけど、旦那に騒がれても困るでしょ?」
「…あぁ、『破廉恥』ですか?」
「そう、あの『破廉恥』だよ。あの人、真田家をどうしたいんだろうね?名のある武家が、嫁さん娶って子を作らないでどうするのって話。」
ふっと遠い目をして障子の先を見やり、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。
「…だからさ、桃花ちゃんも着替えてよ。」
「分かりました。後ろ、向いていて下さい。」
猿飛佐助が後ろを向いたのを確認して、桃花も彼と反対向きになってから出来るだけ早く行動した。
「…はい、出来た。」
「ありがとうございます。」
落ちついた赤紅の着物に袖を通した桃花は、結び終わった細帯をポンと叩く猿飛佐助を見る。
どうやら帯は前で結んで垂らしておけばいいらしい。
衿は抜かなくていいみたいだし、お端折りもない。
これだったら一人でも平気だなぁ。
慣れたらアレンジしちゃおうかしら…。
珍し気に着物や帯を触る桃花に、猿飛佐助は苦笑した。
「悪いね〜。侍女の着物しか用意できなくて。」
「そんな、とんでもない。ありがとうございます、猿飛様。」
「…はっ!?」
「え?」
猿飛佐助が素っ頓狂な声を出して凝視してくる。
おかしなことは言っていない…よね?
お礼を言っただけ、だよね?
そんな態度を取られると思っていなかった桃花は首を傾げた。
2014.02.11. UP
← * →
(6/68)
夢幻泡沫