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花は輝き月は笑む
08
通せ、の言葉に佐助が襖を開ける。
時代劇で見た場面のように頭を下げて待っていた桃花に、面を上げよと声がかかった。
一回目で頭を上げていいんだっけ?
あれ、ダメだっけ?
悶々と考え込んでいると、再び声がかかった。
「苦しゅうない、こちらへ参れ。」
「…失礼致します。」
ゆっくりと立ち上がり歩き出した桃花の姿に、上座の人物と幸村が目を瞠った。
「おぉ、春原殿!着物がよう似合うているでござる!!」
「ありがとうございます。猿飛様に…」
「佐助!って言ったでしょ!?」
主である真田幸村の前なので、桃花はあえて佐助のことを『猿飛様』と呼んだ。
それに対して間髪いれずに彼から訂正が入る。
佐助を見ると、本気で嫌そうに顔を歪めていた。
「…佐助さんに着替えさせてもらいました。用意してくれてありがとうございます。」
仕方なく訂正すれば、今度は真田幸村から物言いが飛ぶ。
「お主、いつの間に?卑怯だぞ、佐助!!」
「はっ!?…なら、旦那も呼んでもらえばいいじゃん。」
「そうだな!春原殿!!某のことも幸村とお呼び下され。」
「え…でも…ご城主様なんですよね?」
「構いませぬ。どうぞ、幸村と。」
「…では、私のことも桃と呼んで下さい。」
「うっ…あっ…いや、そのっ…桃殿、でござるな。」
「はい。ありがとうございます、幸村様。」
幸村は、顔を真っ赤にしながらもにっこりと笑う。
ずっと思っていたのだが、幸村も佐助も間違いなくイケメンだ。
幸村など、某美少年アイドル軍団でもトップクラスに入ることは確実だろう。
そんな彼が赤い顔でにっこり笑うのは、ある意味で武器になる。
頬を染め俯きながら、桃花は小さな声でお礼を言った。
「ほう…。幸村も中々やりおるわい。初めて会うた娘に、そのような顔をさせるとは。」
桃花の目の前にいる大きな人物は、厳つい顔で穏やかに笑う。
坊主頭に黒々とした口髭、顎髭。
一般的な袴姿だが、後ろに置いてある武具には風林火山の文字がある。
兜にも立派な角が二本も生えていて。
赤報隊や幕末の薩長指揮官を彷彿とさせる赤い毛皮らしきものは…相手を威嚇するためだっけ?
想像通りの人物に、桃花は確信の眼差しをその人物に向けた。
「そのほう、春原桃花と申したか?」
「はい、お初にお目にかかります。…武田信玄様、で間違いありませんか?」
「いかにも。儂も信玄と呼んでくれて構わぬぞ?」
「そんなっ、滅相もない!」
「なに、構わぬ。」
「…では、ありがたく。信玄様と呼ばせて頂きます。」
「うむ。佐助の申す通り美しい娘だのう。幸村が娘を連れて帰ると聞いた時には驚いたものだが…幸村ぁ!」
「何で御座いましょうかっ、お館様ぁ!!」
信玄の声かけに、控えていた真田幸村が元気よく応える。
「とうとう嫁御を娶る気になったか。よい、よい!見れば健やかそうであるし、立派な和子も生まれよう!」
「なっ…破廉恥でござるっ!!」
「何を申しておる。跡継ぎを作るのも武将の役目ぞ、幸村ぁっ!!」
「お館様ぁーっ!!」
「ぃいゆ幸村ぁああっ!!」
「ぅううお館さまぁあああっ!!」
直ぐ横で始まった突然の殴り合いに、桃花はなす術なく茫然としてしまう。
佐助はのんびりと見物を決め込み、手招きをして彼女を呼んだ。
「桃姫ちゃん、桃姫ちゃん。こっちにおいで?」
「あの、桃姫って…」
「アンタがそう呼べって言ったでしょ?」
「桃でいいです。」
「桃姫ちゃん。」
「桃で…」
「桃姫ちゃん。俺様も立場ってものがあるからね〜。」
己の時の仕返しなのか、ニヤニヤと笑いながら佐助は桃花の訂正を受け入れなかった。
「まあ、いいからこっちにおいで。そこだと巻き込まれて危ないよ。」
「…はい。」
桃花は疲れたように重い足取りで下がると、佐助の傍まで来て交互に彼等を見た。
「…止めなくていいんですか?」
「あれ、暫く終わらないよ。止めに入って怪我するの嫌だし。」
「でも、殴り合いは…」
「違う、違う。殴り『合い』じゃなくて、殴り『愛』。旦那曰く、あれで主従の信頼関係を深めてるんだって。放っておいてあげて。」
「…そう、ですか…。」
あは〜と力なく笑って明後日のほうを向いた彼に、何だか同情の念が湧いてくる。
そのうち両者の身体が吹き飛ぶくらいの激しさになり、障子戸や柱が壊れて始めた。
あれ直すの、俺様なんだよね〜…
そう呟いた佐助に、桃花の口から自然に『お疲れ様です』が零れた。
2014.02.24. UP
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夢幻泡沫