幸村よ、桃を連れて甲斐へ参れ。
そう下知を受けたとかで、私は幸村様と佐助さんと一緒に上田を出た。
「お館様ぁあ!」
「幸村よ、来たか。」
「ここにっ!桃殿をお連れ申したでござる!!」
「うむ。」
躑躅ヶ崎の館に着くなり、幸村様は目を輝かせ走り出す。
佐助さんに抱えられるようにして後を追えば、信玄様と幸村様は広い庭で恒例の殴り愛を既に始めていた。
…この師弟愛を佐助さんが嘆くのもよく分かる。
ようやく腰を落ち着けてから必要以上に大きな声で挨拶をする幸村様の傍らで、私は佐助さんと共に苦笑していた。
「久しいのう、桃。」
「お久し振りにございます。」
健勝そうでなりよりじゃ、と優しく目を細める信玄様は私の後ろ盾となってくれている。
「急に呼び立ててすまぬ。もうすぐで新年になるからのう。少しばかり早いが新年の祝いじゃ、受け取ってはくれぬか。」
「そんなっ!過分です!」
「贈らせてはくれぬのか?」
「…ですが…」
「男子であるならば太刀の一振りでも授けるのだが、そなたは女子。扇でも…と思うたが、それでは町民と変わらぬ。武田の姫なのだから、これぐらいはと思うてな。儂の楽しみと思うて、受け取ってくれ。」
「お館様がここまで仰せなのです、ありがたく頂戴しては如何か?」
「そうだよ〜。桃姫ちゃんが受け取ってあげないと、大将だって落ち込んじゃうよ。」
「…でも…」
信玄様の傍らにあるのは、布がかけられているお盆のようなもの。
中身は見えないが、信玄様が用意したとなるとそれこそ値が張るものではないだろうか?
そう簡単には受け取れない。
「私、上田のお城に置いていただいているだけでも申し訳ないぐらいなので…」
「イイ子だね、桃姫ちゃん。だけど、今はその謙虚さは必要ないかな〜。」
「佐助の申す通りじゃ。桃よ、受け取ってくれ。」
「うー…では…ありがたく、頂戴いたします。」
散々渋ってから受け取った私に、信玄様は嬉しそうな瞳を向けてきた。
幸村様が間に入り、お盆のようなものを私の前に差し出してくれる。
布を外すと、牡丹色の愛らしい着物が目に飛び込んだ。
「わぁ、可愛い…綺麗…」
「桃によう似合うと思ったのじゃ。それを着て、新年の宴に参加するとよい。」
「え…宴、ですか?」
「そうじゃ、武田の主だった者達が集まって新年を祝うのだ。そこにいる幸村も宴の席につく。佐助とて、この日は大忙しじゃ。」
「この日も、でしょ!?と言うか俺様、準備もするんですけど。戦忍のはずなのに…あはっ、おっかしいなあ…目が霞んできた…。」
「はっはっは。頼むぞ、佐助。桃には侍女を付ける。存分に着飾るがよい。」
豪快に笑う信玄様に、佐助さんは大きな大きなため息をついた。
大広間の襖を取り除いて出来ただだっ広い空間に、正装をした男性が整然と並び座る。
その筆頭に座ったのは鮮やかな赤を身に纏った幸村様だった。
「皆の者、今年も武田のためによろしく頼むぞ。」
「もちろんにございます、お館様!!某をはじめ家臣一同、武田が天下を取るべくこの命を賭してお館様について参る所存にございます!!」
「よくぞ申した、幸村よ!今宵は無礼講じゃ!皆、ゆるりと楽しむがよい。」
信玄様の言葉に、盃が高々と持ち上げられる。
それから程なくして、大広間は賑やかな喜びに包まれた。
信玄様の計らいにより彼の斜め左下に用意してもらった席で、私は目の前にある正月料理を楽しむ。
一番近いのは幸村様だったが、家臣の方々との挨拶で忙しそうだった。
けれど、それは当然のこと。
雰囲気だけでもお正月を楽しむことができて、私は満足していた。
「…楽しまれているでござるか?」
「幸村様…。はい、とても楽しいですよ。」
「なかなか挨拶ができず、申し訳なかったでござる。」
「いえ、どうぞ気になさらずに。他の方々とのご挨拶が先です。」
「忝い。おおかた終わらせ申した。されば…某の一献、お飲み下され。」
「お酒ですか…飲んだことないのですが…」
「なんと!?このように美味なるものを飲んだことがないとは、勿体ない!さあ、飲んでみられよ。」
「…いえ、あの…」
「さあ、さあ!」
未成年なので飲めません、と断ることができなかった。
幸村様は強引に盃を渡してくると、銚子から透明な液体を一気に注ぐ。
戸惑いからすぐに口を付けることはできなかったが、覚悟を決めてそれを含んでみるとくらりと頭が揺れた様な気がした。
「如何でござろうか?」
「…よく分かりませんが、体が温まりそうですね。」
「おお、なればもう一献。」
「ありがとうございます。幸村様もどうぞ。」
己の前にある使っていない盃を幸村様に渡し、お互いにお酌をして飲み重ねる。
そのうちにふわふわした感覚が全身を支配した。
「…ふふ、いい気持ち。幸村様、お心遣い感謝します。とても楽しいです。」
「大丈夫でござるか?顔が赤くなっておるが…」
「そうですか?大丈夫ですよ。お料理はおいしいですし、綺麗な着物もいただけたし、幸村様の格好いい姿も見られたし…」
「っ!?」
「幸村様。私、幸村様と毎日いられてとても嬉しいんです。ありがとうございます。」
「…俺もだ。桃殿と共に過ごす毎日が楽しくてならぬ。」
「本当ですか?」
「ああ。」
「嬉しい…ありがとうございます。…幸村様、す…」
私の気持ちはきちんと届いただろうか。
重くなる頭と瞼を持て余し、体がゆっくりと傾いだところまでしか記憶に残らなかった。
お正月は特別。
その中でも今年は特別。
それは、きっと…
「あら、旦那。いい思いしているね〜。」
「佐助か。…少しばかり飲ませ過ぎたやもしれぬ。」
「あはっ、かっわいい寝顔。幸せそうな笑みだな〜。無防備に寝ちゃってさ!旦那の膝を枕にするなんて、桃姫ちゃんにしかできないよね。」
「そのようにまじまじと女子を見るでない。」
「女子じゃなくて…桃姫ちゃんを、でしょ。なに、嫉妬?それとも独占欲?」
「…部屋に連れ申す。おぬしは給仕をしておれ。」
「ちょっと旦那〜!?俺様、下郎じゃないんですけど?」
「邪魔するでないぞ。」
2015.01.01. UPIT
2017.01.05. EDIT