「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり…か。」
執務室にて筆を取っている幸村様を少し離れた所から見ながら思う。
幸村様は信玄様を敬愛している。
だからその行動や政策の取られ方は、信玄様を模しているのだなと随所で思う。
信玄様が甲斐の人々を大切にしているように、幸村様も上田の人々を大切にしている。
お城にいる人間はもちろんだが、たまに佐助さんの目を盗んで城下まで足を運ばれることもあるのだとか。
…まあ、佐助さんは知っていて目を瞑っている節はありそうだけれど。
帰ってきてから話してくれるのはお団子屋さんのことだけだが、きっと幸村様自身で己の領地を見て回られているのだと思う。
そうでなければ…私は今、このお城にいることはできていないのだから。
「何か申されたか?」
「あ、いえ。政務の邪魔をしてしまい、すみません。」
「気になさらずに。…何やらお館様が以前に仰られたことを口にされていたようでござるが?」
「幸村様を見ていると、信玄様の教えの素晴らしさが分かるな…と思ったのです。堅固な城を建てるよりも、強い武士を育て戦う集団を作ることの方が大切だということ。石垣を造るように、多様な人材を採用したり育成したりして適材適所に配置すること。人は情けをかければ味方になるけれど恨みを持たれれば敵になり、権力で抑えつければ家臣は離れていき敵になることもある。信玄様が自らを律して国を治められているように、幸村様も任された地を信玄様のように纏めあげられています。見事ですね。」
「某などまだまだ、お館様の足元にも及ばぬ。されど、桃殿はよく存ぜられておるのだな。」
「何をですか?」
「お館様の教えにござる。先程の言葉、それに以前は武田の旗もきっちりと読まれておった。」
「…風林火山ですか?あれは確か孫子でしたよね?」
「風林火山?」
「え、違いますか?孫子の一節から取ったとされていると聞いたのですが…」
「そうでござる。孫子の軍争からお館様が取られたのだが、桃殿のいたところではそう呼ばれていたのでござるか?兵法など女子はなかなか読まぬものであるのに、博識でおられるな。」
「詳しくは分かりませんが…其疾如風(其の疾(はや)きこと風の如く)、其徐如林(其の徐(しずか)なること林の如く)、侵掠如火(侵掠すること火の如く)、不動如山(動かざること山の如く)、でしたよね?」
「ほお…続きは知っておられるか?」
「難知如陰(知り難きこと陰の如く)、動如雷震(動くこと雷の震うが如く)…ええ、と…掠郷分衆(郷を掠(かす)むるには衆を分かち)、廓地分利(地を廓(ひろ)むるには利を分かち)…懸権而動(権を懸けて而して動く)…え、と…」
「先知迂直之計者勝(迂直の計を先知する者は勝つ)、此軍争之法也(これ軍争の法なり)…でござるな。よう覚えておられる。」
「意味は…」
「だ〜んな。桃姫ちゃん相手になに兵法なんか語っちゃってるの?」
「む、佐助。」
「佐助さん、こんにちは。」
「はいは〜い。今日も綺麗だね、桃姫ちゃん。旦那になんか付き合わなくていいのに。俺様とお茶でもどう?」
「佐助っ!!」
「いえ、私が聞いたのです。幸村様、意味を教えてください。」
「軍は風のように迅速に進み、林のように静かに徐々に進み、火が燃えるように一挙に侵略し、山のようにどっしりと構えて動かず、暗闇のようにその存在を知ることができず、雷のように激しく攻撃し、郷村を掠奪する時には軍を分散し、土地を略奪して領土を拡大する時には味方に利益を配分し、利害得失を計算してから動いていく。回り道を近道に変えるような計略を知っている者が勝つのだ。これが、軍争の原則である。…でござるな。」
「…戦わずして勝つ、弱を持って強に勝つ…戦は嫌いですが、常に被害を最小限に抑えようとされている信玄様は立派だと思います。」
「おおっ、桃殿もそう思われるか!?」
「はい、未熟者が何を言っているのだと言われそうですが…。でもそういう信玄様だからこそ、甲斐の人々を思い善政を布かれているのでしょうね。」
「まさしく言われる通りでござる。この幸村、お館様を師と仰ぎ、少しでもお館様のお力になれるよう努める所存。」
「上田の人々も良き領主様に恵まれましたね。」
「なんの、まだまだにござる!」
「にしてもさ〜、桃姫ちゃんってば急にどうしたの?政に関心でも持ったの?」
「いえ、関心と言うか…」
関心を持ったわけではない。
ただ知りたくなったのだ。
信玄様がどんな国政を布いていられるのか。
幸村様は信玄様のどこを見習っているのか。
「違うの?それなら、なんでそんなこと聞いたの?」
それは…
私がいた世界では、今日が二月十一日だから。
『建国記念の日』という特別な日だから…。
「信玄様は素晴らしいことをたくさん言われていますよね。『為せば成る、為さねば成らぬ、成る業を成らぬと捨つる人のはかなさ』ですとか、『我、人を使うにあらず。その業を使うにあり。』ですとか、『信頼してこそ、人尽くしてくれるもの』ですとか…」
「ま、大将らいしいよね〜。その点、うちの旦那ときたらさ。」
「なんだと、佐助っ!?某もお館様のように一つや二つ…」
「ふ〜ん?じゃあ言ってみてよ。」
「ぬ…」
「ほらほら〜!」
「は…」
「は?」
「花より団子…」
「旦那…それ違うから。それに、旦那の言葉じゃないし…」
2015.02.01. UPIT
2017.02.11. EDIT