Main



もうキミ以外欲しくない

01



今日の夜、時間はあるかい?
父親からそう呼びだされて向かった先は、なかなかに立派な和食屋だった。

「ああ、茉季。こっちだよ。」
「おとうさん。待たせちゃった?」
「いや、時間どおりだよ。さ、座りなさい。」

手を上げて場所を示した父親の座席に向かえば、彼の奥には見知らぬ女性が座っていた。
その人に会釈をしながら向かい側に座る。
2人はどう見てもそれなりの関係だと思われた。

「…おとうさん、こちらは?」
「そうだね、紹介するよ。こちらは朝日奈美和さんだよ。」
「初めまして。朝日奈美和と申します。」
「こちらこそ初めまして、茉季と申します。…なに、おとうさん?この方とお付き合いでもしているの?」
「えっ!?あ、ああ…そうなんだ。」
「そう。」
「それでな…実は、再婚しようと思っているんだ。」
「ふうん、おめでとう。」
「えっ!?いいのかい?」
「良いも悪いも、お互いにいい大人なんだから。おとうさんのことを信じているし、そのおとうさんが選んだ方なら大丈夫でしょう?」
「あら、嬉しいわ。ありがとう、茉季ちゃん。それにしてもとても綺麗な子ね。あ、これはお世辞抜きよ。私の会社のモデルになってほしいぐらいだわ。」
「…そんなことないです。あの、『私の会社』と言われたということは…美和さんは社長さん、なんですか?」
「ええ、アパレルメーカーを経営しているの。」
「すごいですね。」
「私にも子供がいるんだけど、なんでだか息子しかいないの。だから娘ができるのがとても嬉しいのよ。しかもこんなに綺麗な子だなんて。りんくん、茉季ちゃんと会わせてくれてありがとう。」

料理をテキパキと取り分けながらにっこりと笑う女性は、明るくて華やかでできる人のようだ。
父親がいい人と巡り合ったことに、茉季は安心する。

「2人は一緒に住むの?」
「そうだね。茉季と一緒に住んでいるマンションに美和さんを呼ぼうかと思うんだけど。」
「へえ、いいんじゃない?」
「ありがとう。」
「それなら、私は出ていくわ。いい加減、私もいい年齢だし1人で暮らしても問題ないでしょう?」
「茉季!?」

茉季の発言に麟太郎が焦る。
それが原因で咽てしまった彼の背中を摩りながら、美和が茉季にある提案をした。

「ちょっと待って、茉季ちゃん。それなら私のマンションに来たらどうかしら?」
「え?」
「吉祥寺にあるのだけど、私の息子達と暮らすのはどう?茉季ちゃんこんなに綺麗だから、一人暮らしは心配だわ。」
「え…と、それは…」
「ああ、そうだね。それなら僕も安心だ。」
「えっ…ちょっと、おとうさん!?」
「茉季は無茶するところがあるからね。僕が言えたことじゃないけど、1人で暮らしたら自分のことをほったらかしにしそうで心配だよ。誰かが一緒にいれば、茉季のことを見てくれるだろうし。」
「りんくんも賛成していることだし、決まりね。茉季ちゃん、うちの息子達をよろしくね。」
「いえ、あの…」
「サンライズ・レジデンス…マンションの名前よ、そこにいてくれれば私もいつでも茉季ちゃんに会えるわね。」
「あの…美和さん。私、在宅の仕事をしているんです。部屋を借りるにしても2部屋以上ないと困るので…。」
「あら、丁度よかったわ!部屋は2つ空いているのよ。問題ないわね。」

ニコニコと嬉しそうに笑顔を振りまく美和に、茉季は頭を抱えた。
20代半ば、いつまでも親や家族と暮らしている年齢でもないのだ。
そろそろ1人で自由に暮らしたい。
麟太郎の再婚がいい切欠になりそうなだけに、茉季も引き下がりたくない。

「ええと…1人暮らしにしても美和さんのマンションに住むにしても、家賃は自分で出すつもりです。そうなると、正直…吉祥寺の物件は厳しいと思うので、やっぱり自分で探したいです。」
「なに言ってるのよ!そんな他人行儀なこと言わないでちょうだい。りんくんの娘さんは私の娘にもなるのよ。家賃なんて…」
「…おとうさん、もしかして言っていないの?」

息巻くような美和の言葉に、茉季が首を傾げて麟太郎を見る。

「え、あ…ああ。まだ茉季の気持ちも聞いてなかったし、その…仮に反対された時のことを考えたら、ね。」

彼は苦く笑って小さく頷いた。

「反対なんてするわけないのに…。おとうさん、こういうことは先に言っておいた方がいいと思うわ。後から『聞いていません』って拗れるかもしれないでしょ?」
「でもな、茉季…」

渋る麟太郎に、茉季は息を吐く。
隠す程でもないのだ。
彼女の中ではとっくに整理がついていることなのだから。

「分かった、私から言うから。…美和さん、驚かれるかもしれませんが聞いていただけますか?」
「ええ、なにかしら?」
「私、おとうさんの本当の娘ではないんです。」
「えっ!?」
「本当の両親は、私が小学生の頃にいなくなりました。両親と仲の良かったおとうさん…麟太郎さんが施設へ行くはずだった私と一緒に住んでくれたんです。だから、血の上でも戸籍上も私と麟太郎さんは他人です。」
「でもね、茉季。僕は茉季のことを本当の娘のようにかわいいし、大事に思っているからね。」
「知っているわ。ありがとう、おとうさん。」
「…そうやって、お互いに思い合っているなら問題ないじゃない。」

茉季の突然の告白に驚いて言葉を失っていた美和が、ニコリとしながら茉季を見る。

「りんくんが娘だと思っているなら、やっぱり茉季ちゃんは私の娘になる子だわ。娘なら1人暮らしは心配だし、娘から家賃を取るわけにもいかないわね。部屋は使っていないと逆に傷むものだから、私としても茉季ちゃんに入ってくれるのが嬉しいんだけれど。どうかしら?」
「ありがとうございます、美和さん。ですが、やっぱり…」
「茉季。マンションに住んでくれる方が僕も嬉しいな。どうかな、マンションに住んでみたら。」
「おとうさんまで…分かりました。お邪魔します。」
「『お邪魔』じゃないわ。堂々と『主』になってね。」

美和はなるほど、社長というだけある。
温和な言い方だが、断れない何かが醸し出されていた。
茉季が折れて首を縦に振ると、美和と麟太郎は嬉しそうに顔を見合わせて笑い合った。


2016.04.07. UP




(1/25)


夢幻泡沫