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もうキミ以外欲しくない
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「それで、これなんだけど…」
そう言って梓が見せたのは茉季が用意したチョコレートだった。
「仕事とはいえ、一緒に過ごせなくてごめんね。それでも、用意してくれてすごく嬉しい。」
「…梓君はいっぱい貰うだろうから、似たようなものをあげるのもどうかと思ったんだけど…ね。」
「たしかにファンの人達から貰えるのは嬉しいことだけど、茉季さんのは別格でしょ?実は、貰えなかったらどうしようかなってずっと心配してたんだ。」
「そうなの?」
「うん。だから、貰えてほんとに嬉しい。…だけど、やっぱり。」
「…」
「初めてのチョコだから、ちゃんと手渡しでほしいな。」
ずいと紙バッグを茉季の方に押し出しながら梓が見つめてくる。
メッセージまで読んだのに戻されて、茉季は照れくさくなってフイと視線を逸らした。
けれど、茉季もやはり直接渡したかった。
まともに梓の顔を見れなかったが、そっと両手でチョコレートを差し出す。
「…ハッピーバレンタイン。梓君、時間を作ってくれてありがとう。」
「…僕の方こそ、夜遅く押しかけてごめんね。でも、無理言って良かった。だって茉季さんから直接チョコを貰えたんだから。」
二人の間の距離をゼロにしながら梓が嬉しそうに微笑む。
そのまま圧し掛かるように茉季を包み込んだ。
あっという間に組み敷かれ、茉季の視界には天井を背にした梓がいる。
特徴ある瞳が紫水晶のように妖しく光彩を放った。
「…好きだよ、茉季さん。」
「あ、ずさ君…」
「開けてってお願いした僕が言うのもおかしいけど…こんな時間に、不用意に男を部屋に入れちゃダメだよ?」
「あ…あ、の…」
「ふふ。焦ってる顔も可愛い。ねえ、簡単に入れてくれたけど…もしかして僕のこと、草しか食べない動物だとでも思ってる?」
「えっ、あ…そんなことは…ない、けど…」
「…そう。それってさ、『どうなってもいい』ってことかな。」
「…」
「まあ、否定しても止めるつもりはないけどね。」
顔にかかる前髪を邪魔だと言わんばかりに掻きあげながら、梓は瞳に欲を色濃く映す。
次の瞬間には、どこか余裕のない梓が迫ってきた。
「あ、梓…くっ…!?」
「…静かにして。」
柔らかく食む唇から息が洩れる。
舌で誘う梓の艶めかしさに思考がどんどん吹き飛ばされる。
茉季が甘い声で反応すると、梓の体はどんどん熱を帯びていった。
「ごめん。…茉季さんの胸の鼓動が速いことも、身体をかたくしていることにも気付いているんだけど。…やめられないから。許して。」
ギラリと梓の瞳が鋭く光る。
喰われる、と靄がかった中で茉季は確信した。
「…茉季さん、大丈夫?」
「…ん…」
「ごめん。無理させたね。」
「…梓君がロールキャベツだってことが…よく、分かった…」
「ふふ。別に狙ってるわけじゃないけどね。そういうの、女の子は好きなんでしょ?」
ぴたりとくっついている茉季の髪を梳きながら、梓は腕の中にいる愛しい存在の額に唇を寄せる。
「もうっ!そういうところ…」
「茉季さんも嫌いじゃないでしょ?」
「っ…」
「ふふ。可愛い。」
昂りを放った気だるい身体では、反論しようにもいいように取られてしまいそうで。
茉季はきゅっと梓にすり寄ると顔を隠した。
「…眠い?」
「ん…少しだけ。離れた方がいい?」
「ううん、違うよ。僕がもう少し、茉季さんとこうして話していたいんだ。…ダメかな?」
ダメなわけない…。
茉季だって、梓とたくさん話したいのだから。
首を振って同じ気持ちだと示した茉季に、彼女の腰を抱き寄せていた梓の腕に力が込もる。
「それに…。茉季さんに伝えたいことがあるんだ。」
「…なに?」
「…今ね。僕は仕事が楽しいし、とても大切だと思っている。」
新作アニメの仕事の話が出た時、梓と椿に一騒動が起こった。
一時は二人の仲がぎくしゃくして朝日奈家の雰囲気が落ち着かないこともあったが…。
やはりそこは梓と椿。
二人で一緒に悩み、話し合い、互いが納得いく結論を導き出した。
その時に梓は痛感したのだ。
今までは声優という仕事にあまり夢中になれなかった。
それこそ、椿とは正反対なぐらいに。
けれどこの一件で、梓は自分が考えていた以上に仕事が好きなんだと思い知った。
それが分かってからは仕事に対する熱意が変わった。
仕事に前よりも真剣に取り組むようになって、その結果以前にも増して忙しくなった。
「うん。アニメだけに限らず…ゲームにラジオ、洋画の吹き替えからナレーションまであらゆる方面に大忙しだよね。」
「…ありがたいことにね。」
前から人気も実力もあった上に、その本人が更に努力を始めたのだから。
当然と言えば、当然だ。
「お疲れ様、梓君。」
「ありがとう。仕事を大切だと思ってるんだけど…でもね、それ以上にもっと大切だと思っている存在があって。」
「うん?」
「それが…茉季さんだよ。」
「…え?」
「茉季さんが僕にとっての、一番の大切な存在。…茉季さんが好きだよ。」
「嬉しい…。」
「僕の声はみんなのものだけど、僕の気持ちは茉季さんだけのものだから…。それだけは、わかって?」
真剣な声音の梓に、茉季は身体を起こすと自分を見つめる梓の上に重ねた。
「…私の全ては梓君のものだよ。」
「茉季さん…」
「梓君がお仕事を大切に思っているの、分かっているつもり。…だけど、2人の時はその声も…私のものでいい?」
「…もちろん。ふふ、嫉妬?嬉しいな。」
「梓君は余裕だね。」
「余裕そうに見える?好きな人が裸で僕の上に乗ってるのに?…ねえ、誘ってるの?」
「あ、ちが…っ…んぅ…」
「…愛してる、茉季さん。一生かけてきみを愛する。」
「あず、さ…く…」
キスの嵐の合間に甘い声で囁かれ、茉季の下腹部がきゅんと反応する。
色を誘発するような手つきで弱いところを撫でられれば、もう梓の思うがままだ。
桜色に染まった全身をくねらせながらうわ言のように『梓君、好き』と繰り返す茉季を、メチャクチャにしてしまいたい。
「…煽ってるのは茉季さんだからね。今夜は…やめられそうに、ないな。」
赤い華痕をいたるところに散らしながら、梓は再び茉季を組み敷いて貪った。
2017.02.02 UP
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夢幻泡沫