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もうキミ以外欲しくない

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梓は若手イケメン人気声優。
そんなことは充分に分かっている。
だからこそ、世間で甘い匂いが広がるこのシーズンは特に忙しいのかもしれない。
ずっとすれ違った生活をしている恋人を想って茉季は深く息を吐いた。
結局、当日も会えずじまいでそろそろ一日が終わってしまう。
このままだと、今日はもう会えないのだろう。
茉季は少し考えてからメッセージカードに書き込むと、小さな紙バッグを梓の部屋のドアノブにかけた。
女性から男性に贈る愛のプレゼント。
本当は手渡しがよかったけれど、時期外れになるよりはマシだ。

「…届いてね。」

想いを込めるようにポンポンと紙バッグに触れると、茉季はベッドに入った。
まだ寝るには少し早い時間であることもあって、ベッドで本を読む。
夢中になると本の世界に入ってしまう茉季は、時間がだいぶ経っていることに気がつかなかった。
突然スマホが鳴る。
急に意識を引き戻された茉季がビクリとして画面を見れば、そこには『梓君』の文字が浮かんでいた。

「…もしもし。」
「ああ、茉季さん?よかった、繋がって。」
「どうかした?まだお仕事中なの?」
「仕事が終わって帰ってきたところ。今、茉季さんの部屋の前にいるんだ。」
「部屋の…前っ!?」
「うん、僕の玄関のドアに可愛いバッグが掛かっていてね。メッセージカードに書いてあったんだ…『I send my special love to you.』って。ありがとう、茉季さん。」
「…ちゃんと受け取ってもらえて良かった。」
「でもね、悪いけど…これは受け取れないかな。」
「え…?」
「ちゃんと手渡しでほしい。ねえ茉季さん、もう寝てた?」
「あ、ううん。ベッドには入っていたけど、本を読んでいたから…」
「そう。それなら遅い時間に悪いけど、玄関を開けてもらえると嬉しいな。」
「えっ、あっ…ちょ、ちょっと待ってくれる!?もうスッピンになっているし、ルームウェア着ているし、身支度整えてから…」
「そのままでいいよ。ね、お願い。」

スマホ越しに甘い声でねだられる。
茉季はどうしようか迷ったが、寒い中で外にいさせるのも…と躊躇いながら玄関を開けた。
少しだけ鼻の頭を赤くした梓が待ってましたというように微笑む。
それから目を柔らかく細めて茉季を舐めるように見た。

「…可愛い。」
「え?あ…え!?」
「ふふ。スッピンもリラックスした姿も、とっても可愛い。」
「あ…ありがとう。寒いし、上がって?」
「うん、お邪魔します。」

軽くパニックになっている茉季にクスクス笑いながら、梓は彼女の部屋にあがった。



「…あ、これ。」

何気なく部屋の中にあった写真立てを見て、梓が思わず反応する。

「え?」
「この写真…あの時の?」
「うん。」

それは茉季がマンションに暫く戻らなかった時のもの。
梓達が彼女の仕事場に乗りこんで、度肝を抜かれた時のもの。
茉季のからかいを逆手にとって、一緒に撮影をしたもの。

「すごいな、雑誌から切り抜いたみたい。」
「この写真、本当はサイトのトップページに載せたかったんだって。だけど梓君に了承をもらってないし、梓君は有名人だし。だから泣く泣くお蔵入りしたみたい。とっても綺麗に撮ってくれるよね?さすが、プロのカメラマンは違うなあっていつも思っているの。」

梓と茉季が寄り添って互いを見つめている写真。
距離がぐっと近く、互いが恥じらうように淡く笑う顔が幸せそうで…。

「茉季さん、すごく綺麗だよ。」
「…梓君もとっても格好いい。」
「ありがとう。いいな、この写真。僕も部屋に飾りたいな。」
「…」
「茉季さん?」
「…実は、写真を預かっているの。」
「え?」
「少し前にね、梓君に渡しておいてって何枚か預かったんだけど…」

飲み物を用意してから茉季は本棚から封筒を取り出した。
それを梓の前で広げる。

「私も一緒に写っているのがあるからなんだか恥ずかしくて。今更だけど…いる?」
「もちろん。」

何枚かある写真をじっくりと見ながら梓が答える。

「…ねえ。これ、ほとんどが僕だけど茉季さんのってないの?」
「な…ない、よ…?」
「あるんだね?見せてほしいな。」

言い澱んだ茉季に意地悪く笑うと、梓は写真を強請る。

「茉季さんだけの写真はお店のサイトに載ってるんでしょ?いま隠してもどうせ見ちゃうし、だったらここで見せてほしいな。」
「…」

ねえ、茉季さん?
そう言いながらじりじりと近寄ってくる梓に、茉季の顔が熟れていく。
観念したようにアルバムを取り出すと、中からあの時の写真を抜き取って梓に見せた。

「…どれもほんとに綺麗。ねえ、これとこれ。欲しいな。」
「え!?いるの…?」
「うん、欲しい。僕の部屋に飾りたいから。」

梓が手に取ったのは、全身が写っているものと上半身をアップで撮ったもの。
それと、自分と一緒に写っている3枚。

「大切にするからね。」

ブロマイドのようなそれらがとても煌めいていて、梓の瞳を捕らえた。


2017.01.26. UP




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夢幻泡沫