56.物語は終りを告げず




チュンチュン…

森の木々にとまる小鳥の鳴き声とそよそよと流れる風の音。
そんな長閑な森を駆け抜ける髪を2つ結びにした小さな女の子は、一本の大きな木の上に向かって大きな声を放った。


「ミド!デクの樹サマの子供が生まれたんだって、見に行こうよー!」

「んー」


掛けられた相手は起用にも太い木の枝に座り、頬杖をつきながら森の入り口を眺めていた。
今はいない、ライバルと片思い相手の少女2人の帰りを夢見ながら


活発に活動する火山でも岩のゴロン族が山の監視を、涼やかに流れる川の上流ではゾーラ族が世界中の川の監視をしていた。

そして、ハイラル国を統べる拠点、ハイラル城が聳える活気溢れる城下町にも、午後の始まりを告げる鐘の音が空高く響き渡る。

ハイラルは今日も平和に満ちていた。






物語は終りを告げず






タッタッタ…

広く大きな城下町の中、息を切らす程の速度で駆け抜ける影があった。
忙しなく何度も辺りをきょろきょろと見回している。


「舞〜?おーい舞、何処ーー!?」


緑の衣を身に纏う少年。彼はリンク。この世界を救い、時を廻った『時の勇者』
そして、彼が探すのが…――


「全く、何処に行ったんだろう」

「はーい寄ってって〜、新しいの加わったよー!」

「ん?」


今まで全力で駆け回っていた足が急停止をする。
大声と人がたくさん集まる場所を見つけ、視線をやると、そこには人だかりとその中央にあるお立ち台の上に上る影が…


「今なら1枚たったの50ルピー!これは何処にもない代物ですよ〜」

「あ、舞だ。何やってるんだろ?」


ひらひらと手に持った紙のような物をちらつかせている。商売事(らしきもの)をしている少女に内心首を傾げた。
はて、自分で商売するほどお金に困っていただろうか?

まあいいか、と自分の中で解決して少しその人だかりに駆け寄る。


「舞〜!」

「え?あれ、リンクじゃない」

「やっと見つけたよ〜、ずっと探してたんだ。何してんの?」


好奇心で早足で駆け寄る…、瞬間、人だかりが一気にバッ!!とリンクに振り返った。
それは皆年頃の女性で、心なしかリンクを見る目が輝いている。


「え?あ、あの…どうか、しました?」


思わずリンクも進む足を止めてたじろいだ。此処は度胸で舞の元へ行くべきか…
そう考えている時だった。


「きゃーー!!本物よ〜〜!」
「萌えーーーーー!!!」


「……へ?」

「うんうん、皆『萌え』の発音が良くなってるわね〜」


目をキラキラさせる女性人に引くリンクとは対照的に、舞は後ろでうんうんと満足そうに頷いていた。


「あ、あの舞…」

先生!私たちっ、今心の底から萌えを体験していますわ!」

「これで立派な腐女子になれますか!?」

「ふじょ…?」

「ええ、確かに最初に比べれば発音は良くなりました……けれど!!」


ダンッ!!と強く台を踏みつけた音に一瞬驚く。
だが、当の本人は右手で握り拳を作りながらバックに炎をメラメラと燃え上がらせていた。

…スカートの中身が見えそうで際どい。


「ちょっ…!舞っ、中身見えちゃうって―――」

いいですか皆さん!!先ずスカートの中身が見えそうなだけで狼唄えるこのピュアボーイ!
見つけた時、萌えだけ叫んで実行に移さないとは勿体無いでしょう!!」

「まあ…!さ、流石先生…考えが違うわ!!」

「(Σ先生!?え、って言うか此れしきで狼唄えちゃ駄目なの!?
ってそんなこと言ってる場合じゃなかった!)

ほらっ、もうそろそろ行こうよ。ずっと待たせてあるんだから!」


ね、と言い聞かせ、リンクはパッと舞の手をとる。
有無を言わさない速さで走ると、舞は慌てて首だけ後ろを振り返らせてさっきの女性達に何かを告げている。
恐らく、靴音がバラバラになっているのが聞こえる辺り解散させたのだろう


「いやー、ごめんごめん。教え子の皆さんの成長の様子に感極まっているとあんなことに」

「それはいいんだけど…。教え子って、何を教えてるの?舞、教室なんて開いたっけ?」


通り過ぎる景色は華やかに賑わう城下町の姿と人々の笑顔。
舞とリンクは走る中、彼からの質問に小首を傾げる。


「あれ、言ってなかったっけ?先月辺りから『腐女子講習会』って言うの作ったのよ」

「腐女子講習会!?な、何それ」

「ほら、この世界ってあたしみたいに美形好きやら萌え好きやら知っている人って少ないじゃない?つまり、あたしもそんな仲間がいなくて寂しいのよ」


そうだっけ?と言うよりもそんなこと言われても自分にはサッパリ分からないのだが…
舞のキラキラした目を見ると何も言えなくなった。


「それで、だったら自分が仲間を作ってみようかなー的なノリで作ったのが腐女子講習会!」

「へ、へぇ…。でも結構たくさんいたよね、会員の人達?」

「ええ。それが、軽い気持ちで始めたんだけど結構評判が良くてね。
今じゃ会員メンバー二万人を上回るということに」

Σ二万人ンンン!?え、ちょっと待って!先ず第一にこの城下町にそんなに人いたっけ!?」

「ああ、それはホラ。別村の人とか隣の国の人とかゴロン族やらやらと…

「待って待って待って!!隣の国までは分かるけど、ゴロン族とかゾーラ族にまで影響及んでるのそれ!?」


既に人外ではないか!!リンクの不安を勘違いしたのか、舞は「言っておくけどメスの人達だから!」と間違った付け足しをしてくれた。


「嗚呼、種族を超えた交流って何て素敵なのかしらっ。こうしてハイラルは更なる平和と共存の道を歩むのねっ、リンク!

「へ、平和と共存はいいんだけど…(その理由が不純な気もするなぁ)
じゃあ、さっき持っていた紙みたいなのは何?」

「ああ、あれ?あれはリンクの寝顔やら笑顔やらその他諸々のリンクの写真よ!凄い人気なのよ、流石はリンク!!」

「(あれオレだったんだ……。オレは舞だけで十分なのになァ)」

「因みに今後の傾向方針はコキリ族とゲルド族の勧誘となっています」

「Σオレの仲間を変な道に入れないでよ!?」


舞の言う『腐女子』やら『萌え』やらの意味は分からないが、リンクは直感で危険だと感知した。
どうにか彼女を止められないか、と頭を悩ませていると、当初の目的を思い出した舞は顔を上げた。


「そう言えばリンク、何処に行くの?ずっと待たせてるって言ったけど、誰のこと?」

「え?…あぁ、まだ言ってなかったっけ」


今まで人の波を掻い潜っていたリンクは、角を曲がると人の少なくなる小道へ入る。
それはある場所へ続く道で、舞も気付き、心の中で「ああ、そうか」と納得した。


彼女の予想した場所と、間もなくリンクが答えた場所は一致していた。







***






「快晴な天気ですわね」


バササ、と鳥達が群れとなり空に羽ばたく。
雲ひとつない青空に浮かぶ、黄金に輝く太陽を目指すかのように


「この町は、この世界は、以前に比べて明るくなれました…よね?」


多角形に切り取られた空を見上げながら王女、ゼルダはぽつりと言葉を漏らした。


「こんなに穏やかな気持ち…凄く久しぶりですわ。
ねえ舞、」


庭に咲く花を見ていたあたしを呼びかける彼女へ視線を向ける。
もう二度と、会うことはないと思っていたゼルダへ


「貴方が居なくなったあの日、私の世界は終わったとも思いました。
居なくなってから気付きましたわ、貴方が私の世界なのだと…。後になって、自らの心を隠してまで貫いた愚行を後悔しましたもの」

「そっか…。うん、あたしも、まだ記憶が戻っていない時から辛かったわ」

「? 記憶がないのに…辛かったのですか?」


そう言うと、ゼルダは自分の言った言葉に気付きハッと口を押さえた。
でも、結果が良ければ全て良しがモットーなあたしは今更気にしてなどいない。


「記憶がないからこそ、だったのかもしれない。
いつも思い出そうとする度に何かが邪魔をして、それでまた忘れての繰り返しだった。」


再び戻ってきたハトがゼルダの頭上を飛び、庭に上手く着陸。
それを見ながらあたしは言葉を紡いだ。


「そのもどかしい繰り返しが腹立たしくて、精神が不安定な状況だったの。
きっと、記憶はなくしても、本能は覚えていたんでしょうねェ」

「…怒っていないのですか?その苦しめた原因は、私なのに」

「特に。」


そう言えば、ゼルダの驚いた顔が見つめてきた。
結構百面相の彼女の表情の変化に、思わず口許が弧を描く。


「もういいじゃない、何事も今が大事よゼルダ。あたしは例え美少年の萌えシーンを見過ごしても後悔は…ちょびっとしそうだけど…後で再実行して見られればそれで良しだから、うん!」


変な(あたしにしちゃ普通の)例えを言いながら振り返ると、驚いたままだったゼルダの表情が少し柔らかくなり小さく顎を引いた。


「うん。…ありがとう、舞」


小さくだけど聞こえた御礼にあたしも表情が綻んだ。
この世界でこれから生きていく以上、彼女とずっと仲が険悪のままだなんて嫌だ。
…もしかしたら、ただの自己嫌悪だったのかもしれない。


「(第一、ゼルダと仲違いすればどうなるやら分からない。
…いや、彼女のことは信じてるけどもね!!)」

「舞、」

「うわはい!!」


まさか読み取られた!?と反応したあたしは変な声と一緒に顔を上げる。
どうか何もありませんよう…。そう願うあたしに、ゼルダはにっこりと微笑んだ。


「スーちゃん、転生しましたよ」


……へ?
かけられた言葉は予想していたものと180度違っていて、思わずポカンと呆けてしまう。


「え…、……え?」


ゼルダの言ったことに脳みそが理解できず、上手く言葉が出てこなかった。
その様子を見て、今度はゼルダがクスリ、と笑った。


「賢者の一人、ナボールが魂の賢者だと言うことはご存知ですよね?」

「え、ええ勿論…。それが、何か?」

「全てとは言い切れませんが、あらゆる生き物の魂は、彼女の監視下にあるとも言えます。
勿論、人間も、モンスターも。」


女盗賊の首領にそんなスキルがあるとは。いや、今はもう七賢者の一人か。


「舞が言っていたスーちゃんと言うスタルフォス…。貴方は気絶していたから知りませんが、ガノン城が崩落しかけ、城から抜け出す際に我々はモンスターに行く手を阻まれました。
その時に、そのスタルフォスが身代わりになってくださったのです」


穏やかに語ったゼルダの言葉にあたしの目が驚愕に開いた。
それもその筈、だって、魂の神殿の時に別れたスーちゃんが、まさかあの崩落に巻き込まれていたなんて今の今まで知らなかったのだから。


「な…、どうしてそれをっ」

「今まで言わなかった、ですか?言うのは容易かったのですが、事が安泰に落ち着いた頃言った方が宜しいかと思ったのです。
それに、先ほども言いましたが、彼は無事転生しましたわ。

魂の賢者ナボールの力によって…人間へと戻り、カカリコ村に」

「!」


カカリコ村に?
まさか、偶然かとも思ったけど、ゼルダの悟ったような表情を見る限りそれが意図的なものだと言う事は、直ぐに分かった。


「太古に起きたカカリコ村の騒乱、私も知っていましたわ。
昔のことなので大して気にも留めていなかったのですが…それが間違いだったのです」

「じゃあ、スーちゃんのことも、」

「ええ、調べてみて分かりました。
王家が起こした過ちへの罪滅ぼしではありませんが…、これが彼にとって、最良の方法かと」


ゼルダの言葉を聞くと、今まで張り詰めた空気を溜め息と共に一気に抜き出しながらしゃがみ込んだ。


「は……はぁぁぁ」

「舞…?」


心配してゼルダもしゃがみ込んであたしの肩に手を置いてくる。
あたしはと言うと、情けない顔でゼルダを見上げて安堵の溜め息を吐くだけだった。


「良かったぁ…スーちゃん、またモンスターになるかと思った」

「?」

「いやね、前も人間に殺された怒りでモンスターに変化したって言ってたから…。
あぁぁ、良かったっ。ありがとうゼルダ!」


そしてありがとうナボールさん!と心の中で叫んでおこう。多分、あの人なら勘付いてくれるだろう。
そんなことを思っているあたしを、ゼルダが微笑んで見ていたのが視界の隅で見えた。


すると、中庭に入る入り口で緑色の影が入ってきた。
回りと同化してしまいそうな影は見知った彼


「リンク!」

「ま、待たせてごめんっ!ちょっと兵士さんに止められて…」


駆け足で近づいてくるリンクは少し疲れた顔をしていた。
その彼の様子に思わず苦笑が漏れる。


「それは仕方ないわ。だってリンクは…ねぇ」


隣のゼルダに同意を求めて振り返ると、彼女も頷いて続きを紡いでくれた。


「そうですわ、何しろ貴方は…
――10歳にして、私が直々に選んだ王女騎士長なのですからね」

「うーん、やっぱりオレにはちょっと…騎士なんて慣れないんだけど」


頭を掻きながらリンクは花を踏まないよう慎重にこっちまでやってくる。
――そうなのだ。彼は数ヶ月前、ゼルダを守る騎士の右腕となる『王女騎士長』に命じられた。

最初はお城の人々も驚き反対したものの、子供とて今まで旅した大人時代の戦歴が感覚の中に残っている彼の実力を見ると、徐々に国の人々も認めてくれた。


その国の人々が認めた騎士が、今目の前でへらっと笑っている彼だ。


「兵士さんに断って午後の稽古を抜けてきたんだ。これで此処にゆっくり居られるな!」

「あら、そうでもないですわよ?午後からは此処に謁見を願う人々が来ます。貴方も此処に居れば、質問攻めにでもされるのでは?」

「えぇぇっ!?そ、それホント…?」

「ええ」


にっこりと笑顔で頷くゼルダとは対象にリンクは溜め息を吐いて肩を落とした。
それもそうだ、漸く解放されたと思ったのに…。彼女に一目会いたく遠方から来る人々はたくさんいるのだから(そりゃまあ王女様だしね)大変だろう。
あたしは思わず同情して、無意識に彼の肩に手を置いた。



―――この平穏な日常を漸く手にいれられたと気付いたのも、リンクが王女騎士長に任命された時と同じ、数ヶ月前だったっけ…。

あたしが何よりも望んだこと、旅が終わったあと、こうして皆と共に笑い合える日々が訪れること。
実現された未来に気付いた時、あたしは半分喜び、そして半分悲しかった。


それは、もう二度と、きっと元の世界には戻れないと言う事実。
(まあこれは覚悟の上だから、あまり問題はない)

そして…笑い合う仲間の数が思っていたよりも足りていないこと。


周りを見渡せば、頭上を飛び交い、いつも場を明るくしてくれる妖精の姿も、腕を組み、呆れながらもその瞳に無意識の優しさを含み見つめる彼の姿も…ない。

今この時、この瞬間が心から望んでいたことかと聞かれれば…
肯定とは言えなかった。


気落ちをしていると、入り口に立っている兵士が手にリストのような物を持ってゼルダに声をかけてきた。
「ゼルダ様、午後の謁見に入りたいのですが」と控え目にかけられた言葉にゼルダも首を縦に頷く。

下がる兵士の姿を見てこれからゼルダの謁見が始まるという事が分かった。
あたし達が此処に居ても大丈夫なのか…、と心配していると思い出したようにゼルダが「あ、」と呟く。


「そうだわ、舞とリンクにご報告があるのです」

「え?何?」

「ふふ、実はですね……

私、弟が出来ましたのよ」

「…………へ?」

「お…弟おぉおおぉぉぉ!!?


あたしの大きな声が中庭に響き渡り、ハト達が一斉に飛び立った。
リンクはその光景を「お〜!」と喜びながら見上げているけど、あたしはそれどころではなかった。


「え、ゼルダ、まさかお母さんが…!?」

「いいえ、違います。彼とは血が繋がっていませんもの」

「へ……え?あ、あれ。でもさっき弟って」

「はい、弟です。ただ…スラムで拾った子供、と言うことですわ」


スラム――それは、賑わう城下町の裏側(主に路地裏等)のこと。
そこには家のない子供たちや貧しい老人が居たり、と。現代で言えばホームレスの少し酷いバージョンだ。

ハイラルが平和になってからと言うもの、ゼルダの告知によりスラム街に住む人々の援助に力を入れるようになり、その数は少なくなっている。

だからゼルダの口からスラムの言葉が出るのは可笑しくないけど…
そこから弟、と言うのは理解できなかった。


「どうしてスラム街の子を?スラム街に住む人々には家を与えているんでしょう?」

「ええ、そうなんですけど…彼には少し、他の方とは違うものがあったもので。彼は強い何かを瞳に秘めていましたから。
それに…彼には欠点的に惹きつけるものがあったのです」

「惹きつけるもの?」

「へぇ…何?それ、」


彼、と言うのは間違いなく拾った弟と言う男の子だろう。
ゼルダが自ら王家に引き取った男の子とは一体……。だが、その疑問も懐かしいものを見るように穏やかに瞳を細めるゼルダから発せられた言葉に納得した。


「彼は、自分の故郷も家族も、何も覚えていませんでした。まるで産まれたての赤子のように…何も。
それで、呼ぶ為の名前をどうしようと考えていると、彼は自ら名を名乗ったのです。」



「『僕の名前は、シークだ』、と」


ゼルダの言葉に再び驚かされ、リンクも一緒に眼をパチクリさせた。
ただ一人、ゼルダだけがニコニコと笑っている。


「し、シーク!?そ、それって…」

「シーク!?うわぁ、凄い偶然!何々、その子どんな子!?オレ会ってみたいんだけど!!」


人の言葉を遮り、リンクは瞳を輝かせた。彼の言った『偶然』と言う言葉に、あたしもやはり偶然なのか…と少し気落ちした。


「偶然…果たしてそうなのでしょうか。私にはそうは思えません」


だが、ゼルダはそうではないらしい。
彼女は愁いを帯びた瞳を足下に向けたまま


「シークは…彼は、私の身勝手な行いにより生まれた思念体。ほんの一時しか生きられなかった彼だけど、けれど精神を封印された私にも伝わってきましたわ。
シークの…強い”生きようとする想い”…とても強かった」


それは、あたしも分かるような気がする。
ゼルダに再び目覚める前も、あたしがハイラルに還る前も、どちらのシークも、とても『作られた命』とは思えなかった。


「だから、もしかすれば。天が与えた御命か…魂の賢者の転生か。
どちらにせよ、私は彼の新たな命を”偶然”と言う言葉では片付けたくありません」

「ゼルダ…」

「……とは言え、我が弟となった『シーク』を彼と重ね合わせるつもりはこれ以上ありません。これからは彼を、…新たな一人の『シーク』として見つめなければならないのも又事実。
そうでもしなければ、どちらの『シーク』にも失礼極まりないですもの」


そうでしょう?と問うてくるゼルダの瞳は穏やかに、又少し寂しそうに伏せられた。
きっと生半可な気持ちでその『シーク』を弟にしたのではないだろう。だって、以前までのシークと新しいシークを重ねて見ることは後者の存在を否定していることと同じことだ。

それでも人間は不思議なものでいつの間にか重ね合わせてしまう。
だから辛いと言うのに…


「ゼルダ…頑張ったな」


リンクの言う通りだ。ゼルダはゼルダ也に自分の過ちを受け入れようとしている。
それだけで十分なほどに


「ゼルダ、これから辛いこともあるかもだけど、嬉しい事もある筈よ。
だから、躓きそうな時は…また頼ってね」

「そうそう!オレも力貸すから。王女騎士長だし、ね」

「舞、リンク…ありがとう御座います」


再びゼルダに笑顔が戻り、あたし達も頬が緩む。


「なあ舞、」

「うん?」

「ハイラル、少しずつ平和になってるよな」

「? …どうしたの、突然?」


振り向くと、少し天を仰ぐリンクがその体制のままでいた。
まるで胸いっぱいに新鮮な風を吸い込むように大きく息を吸うと、ゆっくりと顔を下ろす。


「ハイラルの本当の平和って、こういうことを言うんじゃないかって。オレずっと考えてたんだ」

「そうね…確かに、そうかも。」

「でも、オレの戦いはまだ終わってない」

「…?戦いって?」


肩越しに見える中庭に咲く花が風にそよがれる。穏やかな風が吹く中、佇むリンクは瞳を閉じた。


「亡くなっていた人達の死を、乗り越える戦いが待ってる。
例えば…ダークの、とか」

「、」


彼の口から出たまさかの名前にあたしは無意識に眉間に皺が寄った。
それに自分より先に気付いたリンクはふにゃりと眉を垂らして苦笑した。


「ごめん、舞に嫌な思いさせるつもりじゃなかったんだけど…」

「ううん…そんなことないわ。あたしも、受け止める力を持たなくちゃいけないのよ」


そう、ずっとあたしは、あれから人々の死から目を逸らし続けた。
ダークの死も、シークの消失も、全て目を瞑って耳を閉じて何も見えない聞こえない。それを一筋に貫き通した。

けれど、そんなことをすれば彼らが戻ってくるわけでもない。
そしてそれは…意味を持って亡くなった彼らを愚弄する行為だと言う事も気付いた。

だから、あたしが彼らのことを本当に想っているなら


「あたしがやらなくちゃいけないのは、ダーク達の死を受け止めること…。そうよね、」


リンクの名を呼ぶ前に、あたしの頭にポンと手を置かれた。
見上げなくとも、直ぐ見える緑の服を見れば誰のものかは分かる。


「一緒に頑張ろう、舞。オレが挫けそうになったら君を支えて、君が挫けそうになったらオレが支える。
もし二人とも挫けそうになれば…その時は、一緒に支え合おう」

「……、」

「ゼルダもシークのこと、受け止めようと頑張ってるんだ。大丈夫、皆で一緒に頑張ればきっと乗り越えられるよ」


だから、頑張ろう。そう言う彼の後ろには頷くゼルダが視界に入る。
仲間のことを信じるのも、これも又一つの試練。あたしはほんの僅かにだけど、小さく顎を引いた。


「あたしも頑張らないと」

「ああ!きっと、ダークも笑って見てくれてるよっ」

「、うん…。きっとそうね」


笑顔を咲かせて空を見上げるリンクを見習い、あたしも頭上を見上げた。
広がっているのはさっきと変わらない、雲ひとつない快晴な空。
只少し、影のようにダークの皮肉めいた笑顔が見えたような気がする。

例えもう戻ってくることはなくとも…ダーク、貴方には心から感謝してること忘れないから。
そう思いながら、両の手を胸の前で繋げ、もう届かないお礼を唇に乗せて彼に届く事を祈った。


「ダーク…今までずっと、ありがとう。
貴方のこと、忘れないからね…」









「何勝手に人を殺してやがる」








――――え?


ザァ、と風圧が少し大きくなった風と共に届いた声にあたしとリンクは顔を見合わせた。

今の声……今の、声って…


まさか、と喧しいほど響く心音とは裏腹に、静かに草を踏みしめる音が聞こえた。
驚きながら振り返るあたしとリンクと、表情を変えぬまま、穏やかに微笑むゼルダ。


「次の謁見の者、到着しました!」


敬礼をして一歩下がる兵士の影から、謁見の者と呼ばれた人が姿を現せる。
その姿は……リンクと、瓜二つだった。


「謁見の者、ダークリンク!前へ!!」


名前を呼ばれ、ザ、ザ、と草を踏みしめながら出てきた影はゆっくりと伏せていた瞳を開く。
赤い瞳に銀色の髪、そして漆黒の装束を身に纏う彼は、


「よぉ」


紛れもなく、ダークリンク。彼そのものだった


「お待ちしていましたわダーク」

「ああ。ちゃんと順番通り来たぜ」

「う、嘘…。嘘、だろ…?」


まるで幽霊を見たかのようにリンクは魂が抜けた声で呟いた。あたしはと言うと、彼よりも更に魂が抜けていて言葉も出なかった。


「…何だよその間抜け面」


あたし達の反応を見て、ダークは、呆れたように溜め息を吐いた。


「こっちは律儀に謁見の順番待ちしてまで会いに来てやったってのに…ノーリアクションかよ」

「ダーク…貴方、本当に、ダークなの?」


漸く出た言葉に驚いた。信じられないぐらい震えている。
けれどダークはそれを気にする事無く、今までの呆れた表情を緩ませて、口の端をクッと持ち上げた。

旅の頃に見た、あの皮肉めいた余裕の笑みで


「当たり前だろ、馬鹿女」

「―――っ!!」


その笑顔と言葉に涙腺が一気に緩んだ。今ので確実にダークだと本能で分かると、あたしは居ても立っても居られなくなり、彼の元まで駆け寄って……


「ダークぅぅぅ!!」


思いっきり、スカート捲りをした。


Σんだぁああぁぁぁ!!?てっ、テメェこの野郎!再会早々何しやがんだ!!」


勿論それに怒ったダークは鬼のような形相になり全力でスカートを押さえ込む。
けどあたしは構わずにダークのスカートを握ったまま。勿論、捲る気いっぱいで


「会いたかったダーク!凄く嬉しいわっ、再会を祝して今!初のダーク少年スカート捲りを!!

「ふざけんじゃねええ!!再会を祝したスカート捲りなんて聞いたことあるかってのっ、ぶっ殺すぞ!!」

「言ったじゃない元の世界にいる時!次に会ったらスカート捲りするって!!」

あれ本気だったのかよ!?くそっ、放せ馬鹿野郎!いい加減放さねえと殴る ぞ……?」


今まで怒りくらがっていたダークがぎょっと驚いた。
多分、あたしの両頬をぽろぽろと突然伝い始めた涙に驚いたんだろう。

情けないぐらい流れる涙を必死に拭うけど、それは止まる事を知らなかった。
それを見兼ねたダークは少しオロついて肩に手を置いた。


「お、おい…何も泣くことねえだろ?ほら、泣き止めよ。オレが泣かせたみたいだろ」


ぐい、と乱暴に親指で拭うダークはやっぱり少し焦っていた。
自分達と同じく幼くなった彼の顔を見ると、その懐かしさにまた涙がこみ上げてきた。感情の抑え切れなくなったあたしは思い切りそのままダークに抱きつく。


「ダークーーー!!」

「うおぉ!?」


突然飛びついたあたしに怯まず、ダークはしっかりと両足で踏ん張る。
普段なら美形の腕の中でウハウハだけど、今のあたしには嬉しい気持ちしかなくて只管しがみつくだけだった。


「げほっ、げほ…!お、おまっ」

「お、おかえり…!おかえりダーク!!よ、良かった…っ、生きてて、本当に良かった…っ!!」


ダークに拭ってもらった涙も強く目を瞑ると再びぼろぼろと流れて、ダークの服に染みを作っていく。
突き放すか怒鳴るかのどちらかと思ったけど、ダークは以外にも、恐る恐ると言った感じでたどたどしく頭を撫でてぽつりと呟いた。


「……ああ。ただいま、舞」


その言葉に胸いっぱいにダークの存在が埋め付けられて、更に涙の量が増えただけ。
心の中には『良かった』の言葉だけが浮かんでは消えていく。

一通り頭を撫で、ゆっくりと身を放すと、見上げる先にダークの笑顔が広がっていた。
あたしも何とか涙を拭い微笑み返そうとする。


と、


「ダークーーー!!」

「ぶごぁっ」



ドガンッ!…ともの凄い音を立てて、リンクが横からタックルを仕掛けてきた。
これには流石にダークも踏ん張れなかったようで、泣き喚くリンクとは対にピクピクと手足を震わせている。


「うわぁぁん!ダーグッ、おがえりーー!!

「っだぁぁぁ!!男が引っ付くな気色の悪い!オレは男色家じゃねえぞ!?」


どうやらリンクは駄目なようで、さっきのあたしとは対象に泣きつくリンクを剥がそうと必死だ。
生BLが目の前で展開されているのに、それに萌えることも忘れてあたしは呆然と見入っていた。

それを、後ろで見ていたゼルダがくすくすと笑う。


「うふふ、これで舞を狙う輩が消えますわvどうぞ仲良くやって下さいませ

いや違うだろ。
な、何でゼルダ?どうしてダークが此処に…、彼の事何か知ってる?」


まだじゃれ合う(違う)二人を放置して、あたしは段差の上にいる彼女に少し近寄る。
ゼルダはあたしに気付くとこくり、と頷いた。


「勿論です。何しろ、彼は私が保護したのですからね」

「保護…?」

「はい」


下から見上げるとゼルダはさっきの邪の笑みと一転して優しい笑みに戻る。
その笑顔のままあたしの肩越しに争う二人を見つめた。


「数日前、ハイリア湖付近を見回りに行っていた兵士が、湖岸に打ち上げられて気を失っている彼を見つけました。衰弱しきって危険な状態だった彼を保護するよう、私が手配させたのです」

「ハイリア湖の、湖岸に?どうしてそんな所に……。もしかして、あの崩落で死んでなかったの?」

「いいえ。あの崩落の中、無事に生き残れたのは神の力を持ったガノンドロフのみ」


疑問を投げかけるとゼルダは首を横に振った。


「それに、万が一そうだとしても、私は彼をこの時代に戻していません。リンクや舞と同じように還していないのに、もう産みの親であるガノンドロフは存在しない今、彼があの姿で此処に存在するなど不可能なのです」


そう言うゼルダの言葉にあたしはもう一度振り返り、リンクに必死なダークを見つめ直す。
確かに、あの崩落の中生きているならそれなりの傷は避けられないだろう。だけど、ダークの体には一つもそんな痕見当たらない。

それに、時の賢者に目覚めたゼルダがそう言うなら、この7年の時を遡り還ってくるのは無理なんだろう。


「うーん…じゃあ何でダークは今此処に存在できるの?」

「それは分かりません。…けれど、もしかすると、これが三大神の御心ではないでしょうか?」

「三大神の…?」


「はい」と頷くゼルダの表情には何処か自信があった。
彼のブロンドの髪を、柔らかな風が泳がせる。


「世界を救った勇者の影を、もう闇の者と見ず、一人の『勇者』と認めた証…。
だから彼に奇跡を施したのではないでしょうか」

「そう、なのかなぁ…」

「ふふ、それでいいではないですか。真実など無くとも、彼が此処にいれば、それで。」


…ゼルダの言葉は正しい。そうだ、例え真実が見つからなくとも、ダークが此処に存在していることに変わりはないのだから。
そう自分に言い聞かせると頬が緩み、眉間が嬉しさに歪んだ。


形は少し違えど…これが、あたしの望んだ未来の姿。
残るはあと一人、あたし達と共に旅をした、妖精ナビィだけ。

きっとこれから、リンクは旅をすると言うだろう。
新しい旅…。仲間を揃える為の、ナビィを探すための旅を。

そして、あたしもダークもそれに着いて行く。ゼルダはこの国を統べる為に日々忙しくなるかもしれない。
けれど、何かがあった時は力を貸してくれる。そんな気がした。


「(後悔は、していないよ)」


お母さん、お父さん、親孝行の出来ない娘でごめんなさい。
でも、あたしはやっぱり、この世界が一番自分らしいと思う。貴方達のことを、きっと寂しく思うだろう。時々ホームシックになるだろう。
けど…それも大丈夫。寂しくなれば支えてくれる仲間がたくさんいるもの

だから、娘の一世一代の我が儘を、どうか受け止めてあげてください。


「舞ー!」


そんなことを思い微笑んでいると、漸く事が済んだのか、リンクが駆け寄ってきた。
あーぁ、服がボロボロだ…。なんて考えるあたしに、彼は屈託のない笑顔をこっちに向けた。


「なぁ舞!オレ、これからの旅を考えたんだ。折角ダークまで揃ったんだし、皆揃える為にあとは残るナビィを探す旅に行こうよ!皆で!!」


ほら、やっぱり。
単純な発想、だけど彼らしい言葉にあたしは自分の中で最高の笑顔を浮かべた。


「ええ、勿論!
あたしは、リンクに着いて行くから。何処までも一緒に着いて行くわ」


そう言うと、リンクは頬を染めて嬉しそうに笑い、左手であたしの右手を握ってきた。
彼の温もりに浸りながらも、リンクはダークの名を呼び、あたしは段上に居るゼルダも呼んで手を伸ばす。
その顔は至福に満ち溢れていた。


四人の影が楽しげに繋がり、今までの長い旅と苦労の末に満ちた幸福が胸いっぱいに広がった。
幸せに触れ涙が無意識に頬を伝った時、

呼応するかのように、リンクのトライフォースとあたしのトライフォースが僅かに輝いた。


そして、『この』物語の終わりと新たな旅路を告げるように
白いハトが大勢で一斉に大空へ翼を広げ飛び立っていき、

教会の鐘の音が今高々と
ハイラルの空へと響き渡った―――――。














…タッタッタッ



―――そして、それから千年後




「おーい!いるか〜〜!?」


長い月日が訪れ、世界は再び変わっていく



「あぁうん、直ぐ行くよ。大丈夫間に合うから……、あ!もう遅いよー!」


輝かしい黄金時代は過ぎ去り、



「ん…?チャド!どうしたんだ?」

「ああっ、また山羊達が逃げ出したんだ!だからまたお願いしたくてさぁ、な?」


暗黒の世界が再び広がる。



「ご、ごめん。遅くなった…」

「もうっ、今日はいいけど次からは気をつけてよね!」



『トライフォース』と『選ばれし者達』
そして 空が『黄昏時』に染まる時、




「頼むよ、リンク!」

「さ、行きましょう舞!」


伝説の物語が再び



「ああ!今行く!!」
「ええ、行きましょう!」



幕を、上げる。







The legend of ZELDA
Ocarina Of Time

The END.